
平日10時過ぎの地下鉄はゆったりとした時間が流れている。出勤もひと段落し、忙しそうな人もなく、老人が多い。そんな私も老人であるのだが、そこでの会話である。
「こないだおうたとき、お風邪や言うてはったけど、今はどうどす」「へぇ、おーきに、熱も『すっくり』のうなって、……」というような会話であった。続いて、「ところで、お孫さん、〇〇ちゃん、大きならはったやろね」という会話の返事に「もう中学生どっせ。『たんと』食べて、『えずくろしい』なって……」と孫が大きくなったことを「たんと」と「えずくろしい」ということばで話している。忘れかけていた「すっくり」や「たんと」、「えずくろしい」ということばを久しぶりに耳にした。
「すっかり」or「すっくり」
この「すっくり」、意味としては「全部」ということになるが、「すっかり」ではない。その使い方は難しい。自然さを織りなすことばであるといえよう。例えば、お金が全部なくなる場合を考えてみると、賭け事をしてお金をすべてなくした場合は、「全部なくした」「すっかりなくした」というが、何か自然に、思いもよらず意図せずにといったことでお金をすべてなくした場合、例えば、「スーパーで、あれもこれもとかごに入れてたら、お金『すっくり』のうなって、……」とか言い、嫌味がない。ところが、賭け事でお金をすったり、贅沢三昧でお金がなくなったりすることは、他人が聞いていてもしっくりしない。その納得感のない場合は、「すっくり」は使えない。人の心を波立たせる状況では使えない。京ことばには、それを聞いた人が納得しなければ、存在しえないことばもある。

「ぎょうさん」「ようけ」とはどう違う?「たんと」のニュアンス
先に挙げた「たんと」ということば、ここでは「『たんと』食べて」と言っているが、「たんと」とは「たくさん」という意味である。京ことばでは、この「たくさん」という意味で使う京ことばは他にもある。それは、「ぎょうさん」「ようけ」である。しかし、その微妙なニュアンスによる使い分けとなるとなかなか難しい。ところで、この三語の中でも、「たんと」は、京ことばらしい京ことばといえる。それは「ぎょうさん」も「ようけ」も、関西圏の広域で使われていて、今も若い人でもまだ使っているいるが、「たんと」ということば、今の若い人からはほとんど聞かれなくなったからである。
「たんと」は、ここでも使われているように、どちらかというと量的な多さに使う場合が多い。それに対して、「ぎょうさん」は、意味としては「数多き」で、漢字で書けば「仰山」となる。その「ぎょうさん」には、「これぐらいのことで、『ぎょうさん』とは言うな」という用例がある。「これぐらいのことで、大袈裟に言うな」である。ゆえに、大袈裟気味の多さの程度を表しているのではないかと思う。しかも数がわかるようなものに使う。例えば、「ぎょうさん」の人、「ぎょうさん」のりんご、とかのように使う。また、「ようけ」は、漢字で表すと「余計」となり、必要以上に有り余るさまとなる。
この三語、共通語では、「たくさん」であるが、量の多さで「たんと」を、数の多さで「ぎょうさん」を、そして、有り余る過多を「ようけ」として使い分けている。これらのことばのあとにどのようなことばが付いてくるかを、ちょっと気を付けて、耳を傾てみて欲しい。
吐き気を催す「えずく」からきている「えずくろしい」
最後の「えずくろしい」ということば、「標準より度を越している、くどくどしい、毒々しい」といった意味である。ここでの使い方のように、身内の中で話されることはあまり聞かなくなった京ことばである。なぜあまり聞かなくなったかというと、このことば、子どもに対してとはいえ、あまり美しいことばではないからである。しかも最近は核家族となり、老人は孫や嫁とも暮さず、このことばの使い手が断絶される。また、家庭では、母親も働きに出るため、子どもたちとの接点も少なくなってきているからである。子どもは中学生ぐらいから体が大きくなって、今まではそばに寄られてても、そんなに気にもならなかったのに、ある時、知らぬ間に隣り合わせになった時などに、子どもに対して急に圧迫感を覚えたりすると、「あんた、急に『えずくろしい』なって」とついことばをこぼしてしまう。かさが大きく、ちょっと圧迫を感じる存在となる。このことばを境に、子どもたちは、母親をうとんじるようになる。ただ、発した母親も、内心「あんた知らん間に大っきなって」と喜ぶ気持ちも含まれているように思う。このことばを言うと同時に、子どもをちょっと冗談気味にたたくことなども多く、そんなことからもその気持ちが伺える。そして、子どもの自立が始まる。
このような身近での「えずくろしい」とは別に、こんな使い方もされる。きれいに色ずくはずだった紅葉が濃い色づきとなった時など、「お日いさんも通らんようなどす黒い紅葉は『えずくろし』おすな」などと言う。また、けばけばしい何とも言えない色の服装を見ると、「『えずくろしい』恰好して、どこ行くの」などと言う。また毒々しい化粧なら「えずくろしい」化粧、聞くに絶えないような話やしつこい繰り言などは、「えずくろしい」話などとなる。「えずく」という吐き気を催すことばからきている。その度合いは、「えずくろしい」から「えずくるしい」「えぞくるしい」とだんだん強くなる。

