やさしいきもののお話

厳しい残暑がようやく過ぎ去り、 秋らしい風が心地よく、過ごしやすい季節になりました。
着物を着るのが一層楽しくなる季節です。
これを読んでいる方の中にも「秋から着物を始めてみようかしらん」と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?
着物っていうと「高価なんでしょ?」とか「着るの難しそう!」とか ちょっと近寄りがたい雰囲気がありますよね。 確かにTPOなどややこしいルールが沢山あったり、世には「着物警察」なんて言葉も飛び交っているようです。 成人式や大学の卒業式以来着物を着たことがないっていう人は、 「めっちゃしんどかった!」っていう思い出しかないなんて言う言葉も聞きます。
でもね、着物ってね、とってもすごくて、とっても優しいのです。
今回は小難しいお作法の話は置いておいて、 わたしが着物を着る生活のなかで感じてきた 「やさしいきもの」のお話をしようと思います。

 

ふしぎなかたち

着物っていうと、皆さんはどんな形を想像しますか?
衿が交差していて、寸胴で、お腹周りに太いベルトみたいな帯があって、袖が大きい。 そんなイメージでしょうか。
海外の人に良く訊かれます。 「どうしてみんな同じ形なの?」 「どうしてこんなに袖が大きいの?」
不思議ですよね。 こんなに大きい面積は必要そうにないし 帯だってなんだか苦しそうだし動きにくそう。
どうしてこんな形をしているんでしょう?
じつは、ここに日本人が長年培ってきた暮らしの知恵が詰まっているんです。

 

まっすぐの布をまっすぐに繋いで

古代より、人々は自然のものを原料として布にしました。 麻や木綿、お蚕さんからもらった繭など。 植物や動物などから得た材料を、手間と時間をかけて繊維を取り出し 道具を使って一本一本織り上げてゆく。
着物はそうして織った長い長い布を使います。 着物(長着)に使う布の長さは10〜12メートル程で、男性も女性でも基本的には同じです。
着物1着作れる長さの単位を一反二反と数えるので、仕立てる前の生地を「反物」と言います。
妖怪の「一反木綿」は「着物一着分の長さがある木綿」ということなので、そう考えてみるととんでもなく長いですね。

それを4つのパーツ(袖・見頃・衿・おくみ)と 真っ直ぐに裁って、直線で縫ってしまえば出来上がり。 つまり、四角い布を組み合わせただけなんです。
なんて簡単!わんだほーです。

反物の幅は1尺約38センチ。 布地としては狭いんじゃない?と思うかもしれませんが、 手を前に出してみた時の幅が大体40センチ。この中で作業するのが効率よく、 ちょうど織りやすい幅だったのだと思います。
反物の幅をそのまま繋げればちょうど男性の腕いっぱいの幅になります。 女性モノを作る場合は、余分な部分は自分の寸法に合わせて折り返して縫い込んでしまいます。

和裁を突き詰めるととても奥が深いのですが、基本的なところは単純明快。
まっすぐに縫い繋いで、余った部分は捨てずに隠してしまう。
そうして四角い形で構成された着物は、大きな布に戻ることもできるんです。 糸を解いてしまえば元通り。ちゃんと反物に戻ります。 サイズを変えて仕立て替えたり、 シミがある部分を隠したり。 生地によっては、膝やお尻が擦れてきたら表裏をひっくり返してまた仕立て直すことも出来ます。

また、着物に仕立て替える以外にも布団や座布団に生地を転用することも可能です。 生地がいよいよダメになってきたら雑巾に。 そして最後は燃やして灰にします。 灰は、染の材料に使ったり、肥料や洗剤代わりに使ったりと、最後の最後まで活用法が沢山ありました。
身の回りのものを家庭の中で拵えていたそのむかし。 材料も限られ、一つのものを作るのに大変な手間と時間がかかっていた、そんな時代。 人々は無理なく、無駄なく暮らしを工夫して、自然と調和しながら生活していたのです。

日本の風土ときもののかたち

四角い布を組み合わせて作る着物は、全国津々浦々の家庭でも作れる共通の簡単レシピ。 フォーマットが決まっているので、覚えてしまえば応用もたくさん出来ます。

一枚で縫えば単衣、裏地を付ければ袷、綿を入れれば綿入れに。 同じ形で暑い時も寒い時も春夏秋冬1年中賄えるオールマイティ設計です。
夏は日差しから肌を守りつつ、大きく開いた袖口や衿から風を取り込み 冬は重ね着して空気の層を作り身体を温めます。
西洋では隣り合う国々の隆盛の移り変わりによって、時代と共に形を変化させていきました。 パターンが作られ、可動する人間の身体に合わせていろいろな形が考案されました。 日本は奈良時代に着物の原型ができて、そこから少しずつ形を変えますが 基本的にはあまり変わり有りません。 大きい布を纏い、腰あたりで締めて着る。それだけです。 大きい袖も、ビッタリとして形にしてしまうより遊びを持たせることで 腕を自由に動かすことが出来ますし、高温多湿な日本の風土に良く合います。
職業や身分によって布の面積が変わることはありましたが、 四角い布をつなぎ合わせると言う基本原則はそのままです。 それはまた解いて違う物に作り変えることを前提にしていたのだと思います。

 

つくり方にもやさしさを

外部から皮膚を守り、暑さ寒さから身を守る衣類はとても貴重で大事なものでした。
生地が傷まないように、長く大事に使えるようにと 細やかな工夫がされているのを現代の着物でもみることが出来ます。 もし手元に着物があったら是非みてみてください。
 
①袖口や裾から見える裏地
八掛と呼ばれる裏地が袖口、裾、衿先についています。 表地とは違った色味を選んだりして、チラッと見えるのがお洒落なのですが この、チラッと見えるのがミソ。 わざと見えるようにしているのは、擦れたり汚れたりしやすい部分を守ってくれているからなんです。
擦れて破れてしまっても、位置をずらして縫い直せばまた綺麗な姿に元通り!

②布地を守る「キセ」
お洋服などは布の継ぎ目を左右に割るのですが、着物の場合は左右どちらかに倒して、縫い目にほんの少し布が被る形になっています。 この部分を「キセ」と言って、着物独特の手法なのです。 縫い目を隠すという理由もありますが、これが良いクッションになります。 引っ張られた時にかかる負荷を和らげたり、もし強い力で引っ張られても布より先に糸が切れるようになっています。

③手縫いだからこそ出来ること
ミシンが無い時代だったから手縫いで仕立てていたんでしょう?と思われるかもしれませんが 手縫いってすごいんです。 ミシンで縫うと糸が布地に対して垂直に貫通して行きますが、手縫いは斜めに入って斜めに出ていく。 これだけで、布が引っ張られた時に多少の遊びが出来るんですね。 また、着物は解いて作り直すことを前提にしているので、木綿など単衣の着物では 縫い止めるだけの場所はざっくりとした縫い目になっていることもあります。 解きやすいように、と言う配慮と「止まるところが止まっていたら大丈夫」という大らかさがあるのです。

数えあげるとキリが無い「きもののやさしさ」
美しい見た目の中に、思いやりと知恵がたくさん詰まっていたのです。

布を大事に、何世代後もこの布が活躍してくれますようにとの願いを込められて 着物は長い年月を経て知恵を吸収し、今の形になりました。
「解けばまた何にでも作り替えることが出来る」 これが着物の本質だと思います。 現代のように物が充実していなかった時代に、みんなで支え合ったやさしい知恵です。

直すことを前提に作られた衣服、それが着物です。 何度でも蘇る逞しさと、全ての人を包み込むやさしさを美しさの中にそっと携えています。

安く衣類が手に入り、毎シーズン新しく買い替えては古いものを処分してしまったり。 ブームが来てはすぐさま消える、何かとサイクルの早い現代ですが わたしは着物に袖を通す度、ゆったりとした時間の流れと深い思いやりを感じます。
「エコ」や「SDGs」なんて言葉がなくっても、 自然と共存し、ものを大事にすることが当たり前な社会の方が本当に豊かな社会だと思います。 この先、人や自然が無理なく無駄なく生きられる知恵として、着物が持つやさしさがもっと注目されると良いなと思っています。

是非、着物を手に取って そのやさしさに触れ、体に纏ってみてください。
肌にかかる柔らかい温もりと一緒に、心もふっと温かく感じることと思います。

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この記事を書いたライター

京都市右京区生まれ。
奈良大学史学科(西洋史専攻)卒業。

23歳の時から着物に興味を持ち、意匠や細工の美麗さだけでなく、さまざまな姿に変え生活着として大切に利用されてきた着物という衣服に感銘を受け普段着として楽しむ日々が始まる。

「日常の和の暮らし」を題材にイラストを交えたコラムも執筆する傍ら、元時代劇スタッフである結髪師の友人と共に日本髪女性の撮影を行なっている(「和顔美人づかん」)。

2011年よりYouTube番組「京都きものTV」出演・撮影・ディレクション等、番組スタート時よりメインメンバーとして参加。番組は現在月イチペースで更新中。

|イラストレーター|着物