桜の贈りもの。~京都さくら巡り 亀岡編~

「刹那に散りゆく運命と知って」
森山直太朗氏の名曲「さくら」の一節です。サクラ舞い散る季節になると、この歌とともに私の瞼には亀岡の桜が鮮やかに甦ります。

京都府亀岡市。「保津川下り」「湯の花温泉」などの観光名所を有する「京の奥座敷」として有名な京丹波の都市です。また、明智光秀が本能寺に向かって陣を敷いた地であるとともに、作家・堺屋太一氏が「日本を創った12人」の1人にあげた心学者・石田梅岩を輩出するなど、歴史的意義のある都市としても知られています。しかし、意外と知られていないのが、桜の絶景がそこかしこに見られることです。光秀が築いた亀山城のお堀に沿って50本の桜が並ぶ「南郷公園」、縁結びの神様で名を馳せる「出雲大神宮」、1kmにもわたる桜並木が連なる「和らぎの道」などお花見スポットには事欠きません。

でも、私にとって亀岡の桜は、「勇気を与えてくれた花」として心に刻まれています。いったい桜が何をしてくれたのか。しばしの間、私の思い出話におつきあいください。

亀岡のイベンター

京都市に住む私にとって、亀岡は「お隣さん」であるとともに、非常に思い入れのある町でもあります。というのも、この亀岡の地でこれまでに大小10以上のイベントに携わってきたからです。中国との友好を築くための式典や、21世紀に時代が移り変わるその瞬間をカウントダウンで迎えるなど、思い出は枚挙にいとまがありません。

ところで、イベントの仕事というと一見華やかなイメージがありますが、それは本番当日だけのこと。そこに至るまでには数ヶ月から長ければ1年近くもの間、地道な作業のくり返しが続きます。また、イベントには多くの関係者の想い、思惑、そして利害がいり交じり、その人間模様に頭を痛めることになります。それらを乗り越えた先にある結晶がイベントのステージであり、それがイベントという仕事の醍醐味でもあります。

とはいえ、その紆余曲折はやはり辛いもの。「利害関係×人間関係」のタテヨコの糸が、私をがんじがらめの状態に追いこみます。そう、あれは20年以上も前のことでした。亀岡総合運動公園で「ヒュー」という風音とともに途方に暮れて立ち尽くしている私がいました。とあるイベントで、関係者の要望、予算、スケジュールが何ひとつかみ合わず、さらには会場規約の問題で、そもそも実現できない提案をしてしまったことが発覚するなど、にっちもさっちも行かない状況です。会社に帰って上司に何と報告するか、協力会社とどう交渉するのか。私の胃袋は「キリキリ」どころではなく、雑巾を絞るかのごとく強烈な力で締めあげられながら車を運転していました。

と、その時です。
ヒラヒラと舞い踊る花びらがフロントガラスに落ちてきたのは。


 

桜がもたらした不思議

「そうか、桜か…」
心が閉ざされていた私は、桜咲く季節となっていたことなど、すっかり忘れていました。ふと見やれば、誇らしげに花開いた桜が、並木を連ねています。あたかも桜のプロムナードのように私を誘っているかのようでした。吸いこまれるように車を降りて歩を進め、咲きこぼれる桜を眺めているうちに、いつの間にか視線が空に向いている自分に気づきました。考えてみれば思い悩むあまり、ずっと下を向いてばかりの日々でした。「見上げる」という動作自体が久しぶりの感覚です。同時に1本の光が差したかのように、視界がパッと開かれました。「グズグズと悩んでいても仕方ない。今、自分にできる最善を尽くすしかないよな」と自分に言い聞かせたのです。

人間とは不思議な生き物。視線が上を向くと、心も前を向き、さらには頭も回りだすようです。八方ふさがりと思いこんでいた状況にも打開策を見つかり、無事にイベントの醍醐味を味わうことができました。桜は人に笑みをもたらすとともに、心を開かせる不思議な力を持っている。この時、それを知りました。こうして、桜は私にとっての恩人となったのです。

イベントが終わり一息ついたある日、桜についての本を読んでみたところ、「桜とはパッと咲いて、サッと散るもの。その潔さが武士道と結びつき、日本人の心の拠りどころとなった」という一文に心を奪われました。冒頭に述べた名曲「さくら」で「刹那に散りゆく宿命と知って」と綴られた、まさにその精神です。「人事を尽くして天命を待つ」と肚をくくれるかどうか。桜は私に生き様をも教えてくれたように思います。

あれから20年余り。
今、また思い悩む日々が続き、うつむきがちな毎日を送る私がいます。人間とは、かくも弱いもの。特に私はそのようで、潔い勇気を忘れてしまったようです。もう一度、あの日の心をとり戻し、上を向いて歩けるように、「七谷川和らぎの道」の桜に会いに行ってきます。

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この記事を書いたライター

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

|八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員|戦国/西陣/祇園祭/紅葉/パン/スタバ