床の間だけじゃない掛軸【京都で伝活!~私たち伝統産業を愛する活動はじめました~】

実家のお正月準備。仏さん、神さんのお飾り、おせち、お雑煮の材料の買い出し、あっ、お餅屋さんにお鏡さんの注文するのを忘れてた…あれやこれやとひと通りの準備を慌ただしく済ませて、もう一つ、ある掛軸を床の間に掛けてお祀りするのが昔からの習慣です。

ご先祖さんの絵が描かれた掛軸

大昔は染屋をしていたと言う実家。いつからはじめたのか、屋号はなんだったのか、詳細は今に伝わらずさっぱりわからないのですが、江戸後期に描かれただろう、このご先祖様の肖像画だけが代々大事に受け継がれています。次世代の甥っ子たち、よろしくね。
 

京表具の成り立ち

掛軸は飛鳥時代、仏教が伝来してきた時に仏画や経典などとして伝わってきました。書や絵などを紙や布で裏打ちして補強し、周りの裂(きれ)の文様や色、格式などを調和させて掛軸に仕立てられます。それを表具・表装と言います。

表具・表装は掛軸以外に、部屋の間仕切りとして使われた「屏風」「衝立」「襖」や物語が描かれた「絵巻物」、現代で言うスクラップブック的な「手鑑(てかがみ)」などを含む総称です。

これらの表具・表装は皇室や寺社、茶道の家元からの受注も多く、上質な織物や和紙などの材料が調達しやすく、さらに盆地故の寒暖の差が大きく風が少ない気候が、京表具を発展させたと言われているんだそうです。
 

掛軸のいろいろ

今回は表具・表装の中から、掛軸についてご紹介します。

掛軸を作る際に必要な材料は大きく分けて3つ。
①真ん中に貼る絵や書(本紙といいます)を補強する裏打ちや、装飾に使う「和紙」。
②絵や書などを引き立てる表装用の「裂」。
③その紙や布を貼る「糊」で構成されています。

その他、掛軸を巻く・広げる際に持つ、掛軸の最下部にある「軸先」、掛軸を掛けるための紐「掛緒(かけお)」・巻くための紐「巻緒(まきお)」などそれぞれの部品に名称があります。

掛軸の部位名

とても面白いエピソードを持っている部位が、掛軸の上部に2本垂れ下がっている「風帯(ふうたい)」。かつて中国では野外で掛軸を掛ける習慣があったんだそう。外だと鳥(燕)が寄ってきてフンで掛軸を汚さないように、パタパタと風で揺らして鳥を追い払う役目で付いているんだとか。中国では「驚燕(きょうえん)」や「払燕(ふつえん)」と呼ばれていたそう。(読んで字の如しですね)
日本に伝わった後は形式化して、ただの飾りになっています。
この垂れ下がった「垂風帯」以外にも掛軸に貼り付けてある「貼風帯」、アウトラインで風帯を表す「筋風帯」などもあります。

掛軸を巻く時には、この風帯を上軸の部分に畳んでから巻きます。その昔、垂らしたままで巻いてしまい、風帯もくるくるロール状にしてしまったのは…私です。


掛軸の様式も色々とあり、本紙の格式にあわせて決まりがあります。
仏教画や神画などの信仰の対象になる絵や書は、最も格式高い「真」、絵画や和歌など一般的なものは「行」に、お茶席にかけられる禅語などは「草」で作成されます。さらに「真・行」は3段階、「草」は2段階に分類されます。

様式のいろいろ

裂の使い方、パーツの有無など、とても細かく分かれていてすべてを把握するのはむずかしいですが、仏様の絵だから「真」なんだな…など、用途によって仕上げ方が違うと言うことだけでも知っておくと、美術館や博物館で鑑賞するポイントにもなりそうですね。
 

掛軸の制作工程

掛軸を作るのに使う道具(一部)

①取り合わせ…本紙を引き立てる最善の組み合わせを決める重要な工程です。和歌の本紙なら、その歌に込められた季節感やキーワードを元に裂や紙を選びます。

②裏打ち…各パーツの裂と、裏打ちに使う紙を裁断し、貼って補強します(肌裏)。使う糊は紙用と裂用とで濃さを変えます。肌裏した後、本紙と裂の厚みを均一にするために、もう一度裏打ちをします(増裏)。

③本紙と裂を継ぐ…付け廻しと言われる作業です。細かく分かれたパーツを決められた順番に糊で継いでいきます。継ぎ目は金槌で叩いてしっかり付け、一枚物に組み立てます。

④総裏を打つ…一枚物になった掛軸の裏に、補強のためにさらに和紙を打ちます。一晩乾燥させたあと全体に霧吹きをして、仮張りと言われる板に表向きに貼り、約10日立てて乾かします(表張り)。乾燥後、竹べらで剥がして裏向けにし、巻きやすくするためにイボタ蝋をすり込みます。次に渦状にした数珠を転がし裏面をこすります。これを行うことで掛軸にしなやかさを加え、長持ちさせます(裏摺り)。その後さらに仮張りに貼り、1ヶ月ほど乾燥させます(裏張り)。

⑤巻くときに芯になる軸棒、軸先や掛ける際に使う紐などを付けて、完成。
(道具・工程の写真 すべて藤井好文堂提供)

表装で最も重要なことは、本紙を引き立てること。掛軸を見た方から「良い表装ですね」といった言葉が出でしまったらそれは、本紙以上に表装が目立ってしまっていることなんだそう。裂や紙を選ぶ際には、本紙の作者の生きざまや作品に込められたストーリー、その時代の背景などをよく理解してから取りかかることが重要だと言われます。

はじめに紹介したご先祖様の掛軸。経年劣化で表装がかなり痛んでしまい、数年前に表具師さんに仕立て直していただきました。依頼時に、掛軸にまつわるお話を詳しく尋ねてくださり、その時は何も思わず質問に対して答えているだけでした。

後日、お直しできた掛軸を見せていただくと、落ち着いた緑色で格式高い雰囲気に。中回しの部分には吉祥文様の宝づくしの地模様が入った裂を合わせてありました。

これは、依頼時に何気なく話した『お正月に飾る』と話したキーワードを元に、お祀りするものでありながら、ほんの少しおめでたさ、華やかさを加味した取り合わせをしてくださったんだとわかり、とても驚いたのと共に、表具師さんのお仕事に向かい合うお姿やお人柄に心の底から感動しました。
この経験はうつわや工芸品を魅せるコーディネーターとしても、とてもとても背筋が伸びるものでした。
 

床の間だけじゃない、掛軸

掛軸は床の間に掛けられることが多いと思いますが、近年床の間や、和室がないお家が増えてきています。そうなると、掛軸を掛ける機会も少なくなくなり業界として厳しくなって行くのではと聞いたところ、そうではないと言う答えが返ってきました。

床の間は、室町時代の書院造りの建物から生まれたもので、掛軸はそれよりも前から使われていたもの。と言うことは〈床の間≠掛軸〉、床の間以外でも飾って楽しめるものだと、例えば、玄関に季節の掛軸と小物を合わせてみたり、階段のスペースやリビングの壁面など、飾り方も場所も、それに本紙や裂なども、もっともっと自由に楽しんでいいのかもしれませんね。

階段に吊された掛軸には思い出の写真が飾られています

私も以前にお月見をテーマにしたテーブルコーディネートに掛軸を使わせていただきました。こんな風にダイニングの一角に季節の掛軸を掛けるのもいいですよね。

掛軸(藤井好文堂作)とテーブルコーディネートのコラボ展示

本紙の代わりに写真や絵はがきを気軽に飾ったり、裂も海外産のものを使って和洋取り混ぜた雰囲気に、気軽に飾り変えてほしいと若手を中心に業界でも様々な掛軸を発信されています。

参照文献
京都伝統工芸協議会. (2022). 京表具. 参照先: 京都伝統工芸協議会ホームページ.
京表具協同組合連合会. (2010). 表具の事典. 京表具協同組合連合会.
藤井弘之監修. (2019). 表装上達レッスン 掛軸作品の魅力を引き立てるコツ.

京表具の製作工程、取り組みなど「藤井好文堂」藤井弘之さんにご教授いただきました。
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この記事を書いたライター

京都生まれ。祖父の代まで染屋を営み、親戚一同“糸へん”の仕事にたずさわる環境で育ち、学生時代はファッションを学び、ウェディング業界へ就職。そこで出会ったテーブルコーディネートに感銘を受け、後に食空間コーディネーターとして起業。京都の伝統産業の産地支援や、五節句や年中行事など生活文化を次世代に伝える活動を行っています。京焼・清水焼の卸売をする夫と夫婦ユニット「おきにのうつわ」を結成して、京焼・清水焼の魅力の発信や講演、展示会プロデュース、また陶磁器以外の伝統産業品のPRや観光業とのコラボなども手がけています。近年スタートさせた「伝活」では実際に京都の伝統産業品を愛でたり、使っている様子をSNSで紹介。
特非)五節句文化アカデミア 理事

|おきにのうつわ
食空間コーディネーター 工芸品ディレクター|うつわ/清水焼/伝統産業