どうして蛤に!?貝殻に入った夏のひんやり和菓子。

五山送り火貝合わせ

8月、真夏の照りつける日差しと蒸し暑さは京都の風物詩とされていますが、私が子供の頃は今ほど暑くはなく、玄関先の打ち水や庭の水やりの後に家の中に通る風は、すっきり気持ちよく、冷たいお茶や水羊羹、わらび餅、シャーベットやアイスなど、始終、ひんやり甘いものを口にして「もうあかん、おなかこわすでぇ」と言われながらもやめられずにいました。私の家は呉服店を営んでおりましたが、8月はそれほど忙しくなく家族だけで過ごす時間が多かったように思います。父方の家は皆、和菓子が好きで毎日何かしらの和菓子を食べていましたが、祖母は真夏、特に水羊羹ばかりを食べていたように記憶しています。京都には沢山の和菓子店があり、京都人は年中、和菓子を贈り合ったり来客用や自分用に買ったりしますから家には様々な和菓子店の紙袋や紙箱が溜まり、紙箱は引き出しの中の間仕切りに使ったりしますので大体捨てずに置いておきます。私は綺麗な紙の箱をもらって折り紙や紙の着せ替え人形を入れていました。今では商品のパッケージにこだわるのは普通のことですが、昔から京都では和菓子のみならず、昆布でも、漬け物でも京都らしい包装紙や紙袋に包まれています。京都は年間多くの方が訪れる観光地ですから当然かもしれませんが、着物や帯の絵や意匠を生業にしている人が多く、美的な感覚にこだわりのある方が身近に多いのも理由かもしれません。さて、今回はそんな京都のこだわりを感じる和菓子、蛤の貝殻を入れ物にしている老舗店の和菓子を、蛤大好きな私がご紹介します。

貝合せ

1軒目は、東山区の甘春堂『貝合せ』です。本店の店内に入ると華やかな色合いの可愛い干菓子がまるで小さな和雑貨のように並んでおり、甘い春の店名のとおり、店内にいると気持ちがうきうきしてきます。蛤の貝殻が入れ物になっている『貝合せ』は4種類あり、春は桜あん、夏は抹茶あん、秋は柚あん、冬は黒豆と金箔。季節ごとに中身のあんが変わります。綺麗な化粧箱に入った3個入り、5個入りもあり、オンラインでも購入可能で全国に配送されています。蛤の貝殻を入れ物にした和菓子は食べ方が面白いので是非体験して頂きたいです。夏は冷やしてお召し上がりくださいね。まず、蛤の貝殻を開き、中身のお菓子がくっついていない空の方をスプーンのようにして菓子と貝殻の間に差し入れ貝殻から菓子をすくって食べます。ぱっと見た感じ、あんが多いように思いますが葛餅も楽しめる量がしっかりとあり、あんと葛餅の分量のバランスが大変良く2つ3つと食べたくなります。『貝合せ』とは平安時代の貴族たちの遊びですから、本当の蛤貝殻を使うことで王朝文化を感じられます。

浜土産

2軒目は中京区の亀屋則克『浜土産(はまづと)』です。こちらは夏の涼菓として5月中旬より9月中旬までの限定販売です。オンラインで購入出来でき、クール便での配送もされています。寒天の菓子ですので、まずは冷蔵庫でしっかり、キンキンに冷やしてください。食べ方は先にご紹介した『貝合せ』と同様に空いた片方ですくって食べますが、まずつるっとした寒天の箇所を一口食べ、その後、中央の浜納豆のところを食べると、浜納豆のくせになる味があとをひきます。浜納豆は納豆でも糸を引かない納豆で、味噌のような発酵した味わいと塩味があります。いうなれば、ぜんざいの塩昆布のような役割で、この菓子の琥珀糖の甘さを優雅に引立てます。浜納豆は浜松市の伝統的な食品らしいのですが、『浜土産』は不思議と京懐石に出て来る一品のような和菓子になっています。蛤の貝殻が使われているだけでも十分に珍しいですが、『浜土産』の贈答用は磯馴籠(そなれかご)という風情のある籠に桧葉が添えられ、暑い夏に蛤を眺める楽しみを堪能出来ます。お店に実際に行きますと青々とした桧葉と涼やかな籠、そしてサイズの揃った美しい蛤貝が沢山あり、蛤が大好きな私としては目にも嬉しい光景です。店内には菓子の木型がぎっしりと壁一面に並べられ趣があります。

貝合せと浜土産

私は蛤の貝殻を取り扱う仕事をしていますので、今回、2軒の蛤貝を比べてみました。『浜土産』のほうは、お店の方が貝殻の洗浄や天日干しもされているそうです。『貝合せ』のほうは年中販売されていますから、安定的に決まったサイズの貝殻のストックが必要になるわけで、機会があれば是非とも蛤がストックされている様子を見学させて頂きたいです。きっと壮観でしょう。2軒の蛤の貝殻を測って見ましたところ、横幅6cm、縦5cmとほとんど同じ大きさでした。貝殻は天然素材で、生きている間は日に日に成長しておりますから容器として同じ大きさの物を安定的にそろえるのは容易いことではありません。あらためてこの和菓子の特別さを感じます。海からほど遠い京都で、蛤を眺め海を感じることが出来るのはとても贅沢なことだと思います。

かつて平安時代の貴族達は蛤の貝殻を身と蓋に分け、相方を探す遊びをしました。この遊びは「貝覆い」と呼ばれ、室内遊戯として楽しまれました。貝覆いの遊びを行なうには貝殻の外側の色、柄、サイズの似たようなものを集めておく必要があります。蛤貝殻の蝶番は硬く指を切ることもありますから根本から外し、匂いの元となる殻皮を剥がし、ワタを取り除き、さらに天日干しをしなければ遊びの道具として使うことは出来ません。どのようにして蛤を収集し、加工していたのか、資料や文献は今のところ見つかっていませんが「貝覆い」という遊びがあった以上、貝殻の加工は必ずされていたと思います。日本の豊かな海と浜辺は、古来より私たちに栄養価の高い海産物を与えてくれますが、平安時代の人々はただ食材としてだけでなく、花や草木を眺めるように蛤貝の美しさを眺め、触れ、遊戯具とし遊びに興じたのです。

送り火と精霊馬

さて、京都の和菓子店で夏といえば、五山送り火を題材にしたものを多くみかけます。いつもの和菓子も、この季節だけの五山送り火限定のパッケージで販売されているとついつい欲しくなります。京都人にとって8月16日、五山送り火の夜の高揚感は特別なものがあり、どの建物から五山のうちの何が見える、あの場所からならあれとあれが2つ見れるなどと普段から話をしていますから、いよいよ当日になるとお天気も気になりますし、夕飯はどうするか、子どもたちに浴衣を着せようかなど夏の夜を満喫するための思惑を口々に話し「テレビで見るのが一番」などと言っている人ほど、やはり実際に自分の目で眺めたいもので、叶うなら毎年、送り火がつくのを外で見上げたいのです。画家の夫のアトリエのベランダからは右大文字が見えますが時間になると賀茂川へも出かけて行き、沢山の人と眺めます。これもまた毎年のことですが、送り火が終わると翌日からは夏が終わったような気持ちになるのは不思議です。とも藤では、月次絵の8月として「五山送り火と精霊馬」の貝合わせをお作りしています。伝統文化を伝えなければならないと良く言われますが、文化とは心で感じるものだと思います。大人が感じることを子供も感じますから、まずは私自身がこの離れがたい魅力いっぱいの京都を蛤と共に心で感じ、日々をたっぷりと楽しみながら暮らしたいと思います。

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この記事を書いたライター

京都市中京区の呉服店の長女として生まれ、生粋の京都人である祖母や祖母の叔母の影響をうけながら育つ。通園していた保育園が浄土宗系のお寺であったことから幼少期に法然上人の生涯を絵本などで学び始め、平安時代後期の歴史、文化に強い関心を抱くようになる。その後、浄土宗系の女子中学高等学校へ進学。2003年に画家の佐藤潤と結婚。動植物の保護、日本文化の発信を共に行なってきた。和の伝統文化にも親しみ長唄の稽古を続けており、歌舞伎などの観劇、寺社への参拝、院政期の歴史考察などを趣味にしていたが、2017年、日向産の蛤の貝殻と出会い、貝合わせと貝覆いの魅力を伝える活動を始める。国産蛤の?殻の仕?れ、洗浄、蛤の?殻を使?した?芸品の企画販売、蛤の?殻の卸、?売、?合わせ(?覆い)遊びの普及を?なっている。

|とも藤 代表|貝合わせ/貝覆い/京文化