
放送200回超。「発信する社長」がラジオで語るのは…

番組のタイトルは「まちづくりチョビット推進室」。京都三条ラジオカフェから毎月第3・4土曜に放送され、2004年の放送開始から20年以上、通算200回を超える長寿番組です。現在はポッドキャストも発信中です。
パーソナリティーを務める絹川雅則さんは、京都市下京区にあるまもなく創業100年を迎える「公成建設」の社長さんです。だから番組内容も建設関連か、または宣伝活動の一環かと思いきや、本業からは一歩距離をおき、都市景観や防災、子育てなどまちづくりがテーマ。ゲストも研究者や企業のトップや、若手の起業家、行政の職員から市民団体の代表など延べ400人を超え、まちについてフラットな視点で語られる場として好評を呼んでいます。
番組を始めたのは、建設関係の汚職事件が世間をにぎわせ、業界への風当たりが厳しかったころ。「ほとんどの人が真面目にコツコツと働いているのに、そういう人たちはみんな“高倉健さん”のように不器用で口べた。自分たちの仕事や社会のなかで果たしている役割について、もっと発信しなくては」と考えたことがきっかけだったといいます。
コミュニティーラジオならポケットマネー程度で続けられると思いスタートしましたが、「はじめはゲスト探しや日程調整に苦労しました。社内からは“仕事もせんと何してるねん”と言われるし…」。ただ、続けているなかで、普通なら出会えない分野の人々との交流が生まれたり、ゲスト同士がつながったり、また「この番組について卒論で扱いたい」という大学生との出会いがあったりと、成果は少しずつ積み重なってきています。
祖父が掲げた「心を建てる」という志を受け継いで

絹川さんは六代目の社長で、創業は戦前の昭和3年(1928)。公成建設の社名は、江戸期に松前船で家業を起こした先祖の名と、「公のために成る仕事を」という思いから名付けられています。
当初は木造住宅を扱っていましたが、画期的な新工法“送気式井筒沈下工法”の特許実施権を取得したことをきっかけに、道路や上下水道などのインフラや大型施設など手掛けるようになります。とくに当時は、軟弱地盤の工事で事故や人的被害も多かったことから、「公益と人命を守ること」を命題に、大阪駅や横浜市役所、干拓地などの難工事に挑み、信頼を勝ち得てきました。現在では、大規模な建設プロジェクトにおいて、企画から設計、施工を一貫して請け負う総合建設業者(ゼネコン)として、施工管理を中心に数多くの公共・民間施設に携わっています。
社是の「心を建てる」という言葉は、絹川さんの祖父である二代目社長が掲げたもの。単に建物をつくるのではなく、それらを使い、そこで暮らす人々に思いを寄せ、心を込めて仕事に当たろうというスピリットは連綿と受け継がれています。
この「心」というキーワードに対して、絹川さんはとくに相互理解や公共のマインドを重視してきました。建てる側だけの都合や理屈、技術面だけに凝り固まることなく、より多くの人の思いを知り、求められるものやあるべき姿を探って、まちづくりにつなげようと試行錯誤してきたと振り返ります。ラジオというソフト面からのアプローチもまさにその一つ。
「建設業界の“高倉健さん”たちと同じく、高い志で仕事に打ち込む行政マンや、地域振興をめざす団体など、なかなか日は当たらないけど、縁の下でコツコツとまちのために努力し続けている人の多いこと!その声をかたちにし、点と点をつなぐお手伝いが少しでもできれば」と、建設事業でもまちづくりの視点を大切にしています。
社員一人ひとりに浸透する「共感」のDNA

画像提供:公成建設株式会社
施主やそこを利用する人々に心を寄せるという思いは、企業のトップがお題目のように唱えるだけでは事業に反映されないもの。「その点でいえば、社是の真意をうるさく言った訳でもないのに、社員の一人ひとりがしっかり理解してくれているように思えます。これは私の力でも何でもなく、度がつくほど真面目な人間が多いせいかもしれませんね(笑)」。
建設・土木は工事が大がかりなだけに「うるさい!」「迷惑」とお叱りを受けたり、ときには現場へ怒鳴り込まれたりすることもあります。「一方、技術者さんは一般に口下手だとの思い込みがあったのですが、実はそうではなかった事に気づきました。うちに関して言えば驚くほど“コミュ力”が高い。反対運動が行われているような難しい現場でも、いつの間にか地域の人と良い関係性をつくっているんです。対人折衝能力という意味では、むしろ達人と呼ぶべき人たちがいて、最初は“どうなっているんだ!?”と驚きました」。
例えば、京都のとある橋の架け替え工事の際のこと。地域で長年愛されてきた古木をどうしても伐採せねばならず、住民から反対の声も上がっていました。そこで現場を担当する監督は、「現場新聞」を手作りし、工事のポイントを小学生にもわかるように解説したり、「今月の職人さん」と銘打って顔の見える現場を心がけたほか、地域のみなさんから古木への感謝の気持ちを募って短冊にし、張り出すなどコミュニケ―ションを深めていきました。
橋が架かると、アスファルトを敷設する前のコンクリート路面をキャンバスに見立てて「大ぬり絵大会」を開催。「どれも現場の判断で行い、私はノータッチ。完成後の絵をドローン撮影するというので、市長も来席されることになり、その段になって慌てて私も加わった次第でした(笑)」。
絵の完成時には、参加した小学生と現場の担当者がハイタッチを交わす場面もあったとか。「工事を通して共感が生まれた好例といえます。なかでもいちばん大切なのは、それぞれが自ら考え、行動してくれていることなので、恥ずかしながら私が知らないような現場と地域の方々とのエピソードはきっとたくさんあると思いますよ」と誇らしげな笑顔で話します。

施主や地域の人々に応えるなかで育まれてきた共感の力。これはまた、社員同士や協力会社など「内側」の人間に向けられたときにも大きな力を発揮します。
「ある社員がトラブルに巻き込まれたときもそうでした。社長室に一人、また一人と、対応を直談判にやってくる者がいるんです。示し合わせたわけではなく、それぞれが何とかできないかと一生懸命に考えてくれたのがうれしかった出来事でした」。
かく言う絹川さんも、社内で「社長の直電」と呼ばれる習慣を大切にしています。社長から一社員に直接電話が架かってくれば、普通なら叱責か?とドキドキしますが、試験の合格や仕事のステップアップ、得意先からのお褒めの言葉など「良いこと」だけを伝えるのが絹川流。また、まちづくりのワークショップから学んだ「Good&News(良いことや新しい話題)」のシェアも社内に広めたところ、社内の空気が少しずつ変化しはじめたように感じるとのこと。

「建設会社というのは指示系統がトップダウンになりがちで、弊社も長らくその体制でしたが、幸か不幸か、私はいいかげんな社長なので(笑)、各部門のリーダーから上がってきた提案には99%、Noと言わないよう努めています。コロナを機にミーティングも活発になり、これまで言語化されてこなかった課題や工夫も実現されるようになりつつあります」。
社内でのみ行ってきた研修も、若手からの希望で外部講習を取り入れるようになり、実験的な取り組みのアイデアも生まれています。社長自身も現在、公営住宅の空き室活用リノベーションについて試策を練っており、これから100周年を超えて企業が生き残っていくためには、地域課題の解決など、建設・土木から越境した取り組みにも着手していく必要を感じているといいます。
また、建設業界全体の大きな課題となっている人材不足については、総務部が中心となって学生採用に注力しています。奨学金の返済や遠方からの就職による生活環境の確保など学生が抱えている課題について、ここでも共感力を生かし一人ひとりに寄り添って採用条件や福利厚生を充実させています。その成果ともいえるのが、平均勤続勤務年数18.7年という数字。働きやすく「人が辞めない企業」を目指したことで、技術や知識の蓄積・質の向上をこれまで以上に図ることも可能になりつつあります。
「面接のときにはいつも“あなたはわが社の何にグッときますか?”と質問するんです。それは若者と私たちの双方の興味が重なる点を探すということ。それぞれのパーソナリティーを生かして、お互いに面白がれる関係というのがこれからの企業、そして働き方には大切だと感じます」。
まちづくりへの熱い思いと、共感力というDNA、そして一人ひとりがやりがいをもって働く社風が、次の100年の礎になっていくはずです。

