娘の初着ができるまで〜お宮参りのしきたり〜

春になる
桜の枝は何となく
花なけれども
睦ましきかな
(西行)

桜の蕾の膨らみに、そわそわと胸の高鳴りを感じる季節となりました。

初めまして。京友禅と京文化を発信する会社の代表をしております、野原 佳代と申します。
香川県出身で大学から京都に参り、創業170年の老舗呉服店で10年修業後、起業いたしました。

京ことばで申しますと、完全なる「いりびと(他府県から入ってきた移住者のこと)」でございます。

「いりびと」であるからこそ、京都の魅力を客観的に見られたのでしょうか。
今は京都の魅力、京友禅の魅力に取りつかれ、この美しい京文化を世界の方に知って頂きたいと活動しております。

日々京友禅を染める中で、今は形として残っている着物の色や柄、季節の取り合わせなどに、京文化の真髄・公家文化の結晶である物語や和歌、歴史が散りばめられていることを学ばせて頂いております。
形骸化してしまい、僅かばかりの点で残されている京友禅の形から文化を紐解き、線で繋げていくことが出来ればと、この度ご縁を賜り筆を執らせて頂きました。
未熟な文章ではございますが、しばしお付き合いを賜れますと幸いです。

初回は私事ではございますが、桜が咲く頃になると思い出す、3年前の春のお宮参りについて書かせて頂きたいと思います。

私が着物の最も素晴らしいところだと感じていることが、着物は親から子へ伝えられ、100年着られるものであり、手から手へ受け継がれる中で、着物を誂えた時、着た時、アルバムになった時、お手入れに出す時、そして受け継ぎ次代の方が袖を通される時・・・着物に時が地層のように積み重なり、幸せを増幅してくれる力があることだからです。
「人生の物語を映した、世界でただ一つの着物を染める」ことを心掛けている私にとりまして、最初に染めた思い出の着物が娘の為の着物でした。

綸子 桜色地 久寿玉模様 初着

娘の名に因み桜色地に桜を散りばめ、上前には私の旧姓に因んだ藤と娘の桜を。

文様の久寿玉は、「枕草子」にも書かれておりますが、平安時代に厄除けを願い菖蒲や蓬などの薬草を美しく束ねて公達が意中の女御に贈ったことが始まりとなり、健康と長寿を願う華やかな文様として意匠化されてきました。

子供の健やかな成長を祈願する図案です。

このように、お誂えの着物はお誂え主の希望や想いを込めて制作することが可能です。

いつか娘が大きくなって結婚し、もし女の子が生まれたら、きっとこの初着を着てくれることでしょう。
その時私がこの世に居るかどうかはわかりませんが、もし鬼籍に入っていたとしても、この初着を通して娘は、私がどんなに娘を愛し大切に思っているかを感じ取ってくれることでしょう。
時を超えて思いを伝えられる、思いが宿る衣服は、世界中を探しても着物だけではないでしょうか。

さて、ではその初着を着て何をするのでしょうか。
現在では初着を着せて写真を撮るだけのご家庭も多くなってきていますが、本来のお宮参りは赤子の誕生を神に報告する儀式でした。
お宮参りの日取りや服装についてご相談頂くこともございますので、以下の文章がご参考になりましたら幸いです。

 

お宮参りの謂れ

日本独特の文化に、「お宮参り」と呼ばれる行事があります。

お宮参りは古来「産土参り(うぶすなまいり)」とも呼ばれ、土地の「産土神(うぶすながみ)様」に赤子の誕生を報告する行事、または氏神様を参詣し、生まれた赤子を氏子にしていただくことを主眼としていました。

現代では、赤ちゃんの健やかな成長と幸せを願って家族が集まり神社に参詣する日となっています。

主に父方の両親と若夫婦、赤ちゃんで産土神様や氏神様に参詣しますが、母方の両親や親戚を招いて、皆で赤ちゃんの初めての行事を祝うことも多いです

お宮参りの日取り

お宮参りの日にちは地域によって違うようです.

男児は生後31、32日、女児は生後32、33日とする地域もあれば、女児が早いケース、生後100日に参る土地など様々です。
 

ケース1 … 出産は人それぞれ

初雪の降る1月に出産した私の体験を申し上げますと、結果的にお宮参りをしたのは2か月半後でございました。

それというのも、緊急帝王切開だったこともあり生後1か月はまだ傷が痛み、とても着物を着て外出できるような状態ではなかったからです。同時期に出産した私の友人も、5人に3人が帝王切開でした。

このように、予期せぬ帝王切開での出産で、お宮参りの日程を再考なさっている方もご覧いただいているかも知れません。
一か月後にお宮参りをしなければ、と無理をなさるのではなく、家族の幸せを基準に日取りを選ばれたらいいのではないかと思います。

まずは赤ちゃん、そしてママのお体の回復が優先です。
どうぞ大変なことを成し遂げたご自身を労わり、ご静養なさってくださいね。

ケース2 … 赤ちゃんの初めての外出には暑すぎる、寒すぎる

娘が生まれたのは初雪の日でございました。しかも、退院日には大寒波が来襲し、積雪も…。

同じように、冬生まれ、または夏の酷暑の日にお生まれになった赤ちゃんのご親族は、おそらく過ごしやすい気候となるまでお宮参りを延期することを検討していらっしゃるのではないでしょうか?
新生児期はほとんど外出しないもの。

1か月経ってから少しずつ外気浴を始める赤ちゃんにとって、お宮参りが初めてのしっかりした外出、ということも多いでしょう。

敏感な赤ちゃんの肌を守り、風邪やウイルスを避けるためにも、できれば気候の良い日を選びたいものですね。

私の場合は桜の頃まで延期し、旧暦で上巳の節句を祝う初節句とお宮参りを兼ねて日取りを決めました。紅枝垂れと染井吉野が同時に満開となるうららかな陽気の日に、両家の親族が集う花見がてらの楽しい一日となりました。

このように集まりやすく、過ごしやすい日をお選びになるのもいいかも知れません。

 

 

お宮参りの服装については次のページへ→

お宮参りの服装

神社に参拝するという公式の行事ですから、男性はスーツ、女性は礼装、略礼装の着物に袋帯、または洋装ならワンピースのアンサンブルかスーツです。

入学式に行く時のスタイル、とイメージしていただくといいでしょう。

着物選びのポイントは?

1、おばあさま
赤ちゃんを抱っこするのは主に父方の祖母です。初着の地色は女児でしたら赤やピンク、朱が多いでしょう。初着の色と補色になる、反対色を選ぶと地色も同化せず写真写りも良いようです。格の高い訪問着または色無地に袋帯を締めます。

2、おかあさま
訪問着か付下、色無地に袋帯を締めます。季節を捉えた柄いきの着物や、吉祥文様を描いた意匠が良いでしょう。

 
家族の集合写真の時に、おばあさま、おかあさま、赤ちゃんそれぞれが地色の違う着物を着ると華やかでお互いに引き立ちます。

この時3人の着物の地色の濃度を揃えると、写真写りも良くなります。
例えば黒地の着物と白地の着物を同時に写すと、コントラストが強すぎて淡い色がハレーションを起こしてしまいます。
着物や帯もメリハリをつけすぎない配色が写真の納まりは良いようです。
 

3、赤ちゃん
男児は五つ紋の家紋が入り、吉祥文様や勇壮な図案の初着を。女児は花文様や吉祥文様の優美な図案を。女の子の場合、関西は母方の女紋を継ぎますが、可愛らしく花紋を刺繍しても素敵です。初着は赤ちゃんに似合う色であること、多幸と健康を願う気持ちが込められた柄であることが一番です。

4、おとうさま
番外でパパの着こなしのご提案です。赤ちゃんの初着の地色とお揃いの色のネクタイを締められたり、ポケットチーフを選ばれるのはいかがでしょう?リンクコーディネートも楽しいものです。

初着の生地は?

男児は羽二重か紗綾型の綸子、女児は五葉の綸子か精華、縮緬が多いようです。

因みに、大人の着物地は、白生地の状態で重さが750g~900g前後あります。初着は赤ちゃんの「礼装」なので、下着に襦袢袖も付き、裏付きで仕立てるとかなり重くなります。

3000gで生まれた赤ちゃんにとっては軽い方が楽です。
軽めの羽二重生地や襦袢用の生地を使うことで、赤ちゃんにとって負担の少ない初着を染めることを心懸けております。
 

何時まで着られる?

通常は初着は背縫いの無い着物一巾分で仕立てます。
ですが、それですと精々1歳~3歳くらいまでしか着られません。

京仕立ての技術を生かし、四つ身仕立てを選択することで、女児は7歳、男児は5歳の七五三まで着用できるように最初からデザインすることも可能です。

初着としてお宮参りでご着用になられた後は、男児は5歳で羽織に仕立て変え、長着(柄によっては羽織に仕立て変えることが不可な場合もございます。その場合は長着に袖なしの羽織をお召しいただくことで袖の柄が外に出ます。)と袴を足して着用し、女児は3歳で被布(地域によって帯付きも)、7歳で帯を足して着用します。

このようにお誂えの初着は仕立て変えて長く袖を通していただけます。

またこの仕立てについては着物のライフプランニングによって7歳と十三詣を合わせたり、1歳から3歳まで着られるように仕立てたり、色々な方法がございます。

いずれにしましても、赤ちゃんが初めて纏う着物は、ご家族の大切な記念日を彩り、赤ちゃんの健やかなご成長とご多幸を寿ぎ祈る願いが込められています。

お宮参りを控えたすべての皆様が、着物を通して笑顔の輪が広がる一日をお過ごしになられるよう願っております。

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この記事を書いたライター

 
「株式会社 月虹舎」代表取締役。
「京きもの蓮佳」デザイナー。
伝統色のパーソナルカラー診断士。

1982年生まれ。香川県高松市出身。
京都造形芸術大学・情報デザイン学科卒。
山田流筝曲名取。

創業170年の老舗高級呉服店で10年の修業後独立。
多くの顧客の人生を映した着物、花街の芸妓の衣装、子供の着物のお誂え制作を手掛ける。
きものがただの衣服を超え、「家族へ愛情の物語を伝えていく」ことに感動。

「きものをきっかけに家族が笑顔になる時を演出し、きものを通したライフサポートをしていきたい。」
「職人の高齢化が進む京手描本友禅を次世代に伝承していきたい。」
との理念を持ち平成28年5月「株式会社 月虹舎」を設立。
月虹舎の京友禅ブランド「京きもの蓮佳 - renca - 」及び京浴衣ブランド「花つぼみ」のデザイナーとして、京友禅の着物や帯、オリジナル和装小物を制作、現在に至る。

京都生まれ京都育ちの夫は、京文化と歴史を伝える全国通訳案内士の国家資格を持つ英語ガイド。
夫婦で美しい京文化の素晴らしさを発信している。

「京きもの蓮佳」Instagram @renca.kimono

|株式会社月虹舎 代表取締役|初着/お宮参り/着物/単衣/衣替え