私は京都で生まれ育ち,高校を卒業後フランスへ留学しました。フランスでは藝術と美学を学び,写真スタジオでのインターンを経験して帰国しました。もの作りを仕事にしたいと考え,西陣織の織元(帯を織っている会社のこと)で職人修行をし,2019年に独立しました。現在はつづれ織で帯やプロダクトを創る工藝家として活動しています。
 海外へ憧れを抱くようになったのは,7歳の時にもらった旅行の土産でした。生まれて初めて知った「外国」は,大きな石造りの建造物(凱旋門)と石畳の道(シャンゼリゼ通り),真っ赤なゼラニウムが溢れるカフェのある都市。そんなイラストが描かれた小さな消しゴムの中の「パリ」に私は恋をしました。人が何かに興味を持つきっかけは,そんな些細なことではないでしょうか。織物の魅力を紹介し,少しでも興味を持っていただければと考えています。

 5年間フランスで暮らし習得したものは、語学力はもちろんのこと,「センス」と「色彩感覚」だと自負しています。それは世界中の藝術が集まる国,色が溢れる街で直接目にしたもの,触れたもの,多様な文化に出会えたことで感性や創造力が磨かれたからでしょう。
 フランスと聞くと何をイメージしますか?
「おしゃれ?」,「スイーツが美味しい?」,「アートの国?」。
関西国際空港からシャルル・ド・ゴール国際空港まで直行便で12時間。なかなか気軽に行ける距離ではありません。しかし京都市内には,フランスと似ている場所がたくさんあります。パティスリーやレストラン,そしてカフェです。フランスではカフェは昔から文化人の社交場であり,哲学や藝術について熱い議論が行われ文化や思想が生まれてきました。
 私はカフェでエスプレッソを飲むと,時間も国境も人種も飛び越えてパリジェンヌになった気分になります。例えば絵画の中の19世紀後半のヨーロッパ。カードゲームを楽しむ紳士やモンマルトルの踊り子を想像することは簡単ではないですが,デミタスカップに入った苦いコーヒーを口にすると、その世界を少しだけ身近に感じることができます。

 では始めに触れた「センス」や「色彩感覚」とは何かという話に戻ります。
 修行していた織元の社長にこんなことを言われたことがありました。
「貴女の選ぶ色はフランスの色かな?日本では見ない組み合わせやで。すごい綺麗や。」
 その作品は,私が*初めて図案(デザイン),配色(色を決める作業),製織した帯でした。「アールヌーヴォー」をモティーフにした柄で,エミール・ガレ(1846−1904)の立体的なガラスの風合いを演出したい,錆びたスチールの縁を表現したいと悩んでいた時に掛けられた言葉でした。図案を見て日本ではない国をイメージされたのでしょうか。私が時代を飛び越えセザンヌやロートレックを妄想するように,遠い異国を思い描いてくださったのかもしれません。私が当たり前だと思っていた感性や色は,50年以上西陣織の業界で活躍している人もまだ知らない世界なんだと気づきました。

アールヌーヴォー柄の帯

アールヌーヴォー柄の帯

 最後にちょっとしたエピソードです。アールヌーヴォー柄の帯は初めてのオリジナル作品でした。モティーフはフランスの色にこだわったのですが,帯の地色(ベースとなる部分)として選んだ色は「たぬき色」という茶色でした。潜在意識として,「馴染みのある色」だとわかっていたからでしょうか。たぬきとアールヌーヴォーの共演は,とても好評で美術展で賞をいただくこともできました。また制作したことによって、フランスの色が着物に合うと再確認することもできました。

*西陣織は分業体制です。普通は,図案家,配色の職人,織り手とそれぞれが自分の工程の仕事をしています。

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菊池 杏子

着物,西洋美術,茶道,ファッション,漫画,猫好きの京おんな。
京都の若手職人の会「京の伝統産業 わかば会」の副会長を務める。

      
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