浅井家は、信長の妹「お市の方」が浅井長政に嫁ぐなど、信長の右腕ともいえるパートナー。ですから浅井家に対しては無防備な状態だったため、信長は朝倉と浅井の挟み撃ちにあい絶体絶命のピンチに陥ります。信長はなんとか命からがら逃げおおすことができましたが、当然信長は超絶激怒。態勢を立てなおして朝倉浅井連合軍との決戦に挑み勝利します(姉川の戦い)。敗れた朝倉浅井軍は延暦寺に逃げこみました。

で、信長はどうしたか。「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」精神からすると、この時いきなり焼き討ちに出たと思われがちですが、意外にも正攻法で交渉に臨みます。延暦寺に対し「織田軍に味方すれば、前に取りあげた領地を返してあげますよ。それがダメならせめて朝倉浅井を寺から追い出してくださいよ。え?それもダメ?う~ん、困りましたね…それなら仕方ないです。お寺を燃やしちゃいますよ、殺っちゃいますよ。それでもいーですか?」と警告します。

しかし、延暦寺からの応答はなし。「いくら信長でも、恐れ多くも仏に仕える我々を攻めてはくるまい」とタカをくくっていたのでしょう。業を煮やした信長は再度警告、「いや、マジ本気だから。もうどうなっても知らないよ」「はい、最後のチャンスね。今から10数えるまでに白旗あげれば許してあげますよ。覚悟はいいですね?では、いーち、にぃーい、さーん…」とあくまで懐柔のスタンスをとる信長。合理主義者の彼は延暦寺との正面衝突は犠牲が大きいとみたのでしょう。しかし、延暦寺は「…」を貫きます。延暦寺側のガン無視状態が解かれることはなく、とうとう10を数えてしまいタイムアウト。こうなったときの信長はもはや誰にも手がつけられません。火ぃ噴いて怒り狂い「皆殺しだーーー!!!」となったわけです。

ここまでを整理してみます。朝倉浅井勢によって、信長は命を落とす寸前まで追い詰められました。信長でなくても相手を許すわけにはいかないでしょう。その憎き朝倉浅井をかくまったのが、信長の政策に抵抗し民を苦しめている延暦寺。信長にとっては、延暦寺を攻撃するのにためらう理由などなかったでしょう。

 

信長にとっての正義

織田軍の攻撃は苛烈を極め、炎上の様子は京都市内からもうかがえたといいます。ついに延暦寺は焼け落ち、朝倉浅井軍は敗走。しかし、今度という今度は信長に徹底的に攻めこまれ、両家ともに滅亡の憂き目にあいます。余談ですが、このとき浅井長政の妻 お市の方と3人の娘は救助されます。その3姉妹の長女が「茶々」であり、豊臣秀頼の母「淀の方」となりました。さて、延暦寺はどうなったか。軍事拠点としての延暦寺は滅亡します。しかし宗教としての延暦寺、つまり天台宗は残りました。信長は天台宗という宗教そのものの存続は認めたわけです。信長が破壊したもの、それは宗教という名の軍事勢力であったことがわかります。これは後に争った本願寺との戦後処理にもいえることです。

当時、宗教が勢力となることで宗教そのものが腐敗していました。たとえば延暦寺は金融業もやっていました。もともとは貧しい人々を救済するために始めたのですが、いつしかサラ金も真っ青の年利50%以上の悪徳ローン会社になり、返済不能とみるやミナミの帝王もビックリの人身売買までやっちゃってます。これは延暦寺に限らず、当時の有力な寺社はほとんどがそんな状態で、市民を苦しめるようになります。

そんな世の中、そんな宗教勢力に対して、「そんなんアカンやろ!ちゃんとしよ!」と叫んだのが織田信長だったわけです。信長にとってはそれこそが正義だったのです。正義の前には焼き討ちも止むなしというのが、信長の大義名分といえます。江戸時代の有名な学者であり政治家でもある新井白石は、その著書『読史余論』の中で、この事件を「その事は残忍なりといえども、永く叡僧(比叡山の僧)の兇悪を除けり、是亦天下に功有事の一つ成べし」と肯定的に記しています。

 

アナタならどう評価しますか?

さて、ここまでお読みになっていかがでしょうか。信長は確かにものすごい数の人命を奪いました。おそらく日本史上最大の虐殺者でしょう。しかし、前述のとおり当時の有力寺社はたいてい、大兵力を有する勢力であり、市民に圧力をかける存在でした。その象徴ともいえる延暦寺を誅したことで、宗教をまっとうな姿に戻すキッカケとなり、市民は解放されました。つまり、信長の延暦寺焼き討ちは「功罪ともにアリ」の両面を持ちあわせているといえます。では、どちらの面を評価するのか。

紀元前中国の思想家・韓非子は『重い刑を与えるのは罪を犯した本人を罰するためではない。罪を犯そうと思う者をなくすためだ』と宣いました。つまり抑止力の重要性を説いたのです。たとえが適切かどうかはわかりませんが、ハイジャック事件で「機内の乗客を救うために、犯人の要求をのむべき」「そんなことをすれば、今後もハイジャック犯がどんどん現れる。ここは一定の犠牲は止むを得ないとして、断固ハイジャック犯の要求を突っぱねるべき」という両論に分かれる状況と似たものがあると思います。したがって延暦寺焼き討ち事件ををどう評価するかは、「何を正義に、何を大切に考えるのか」といった、その人の価値観をも表わすことになると私は考えます。いずれにしても織田信長という男は、単なる英雄、単なる虐殺者という一面だけでは語れない人物であったことは間違いのないところだと思います。

人間には様ざまな側面があり、ある一面だけを見ただけでは、真の姿は見えないものです。そんな複雑怪奇な人間の行動の積み重ねが歴史となります。だから歴史は面白い。その歴史の宝庫である京都もまた然りです。

【参考文献】
織田信長 男の魅力/小和田哲男
神になろうとした男織田信長の秘密/二木謙一
逆説の日本史10/井沢元彦
戦国時代の組織戦略/堺屋太一
お金の流れで読む日本の歴史/大村大次郎
明智光秀と織田信長/明智憲三郎
明智光秀10の謎/本郷和人・細川珠生
歴史人/戦国時代の全国勢力変遷地図
京都府ホームページ>世界遺産延暦寺
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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事
吉川 哲史

 
Kyoto Love.Kyotoでの執筆記事数が50を超えるKLKフリーク。日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を取得した目的は、難解な都市・京都をわかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、企業向けの広告講座、オンラインイベント「ひみつの京都案内」などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。自称・元敏腕宅配ドライバーとして、上京区の大路小路を知り尽くす。夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

サンケイデザイン㈱専務取締役

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