櫟谷七野神社[鹿]

春日大社を奉祀したのが起源。斉内親王が身を清めて住んだ御所(齋院)のあった場所。
秀吉が諸大名に命じて石垣を修復したので石垣には刻印が残る。浮気封じ、縁切り、恋愛成就、復縁祈願に効くという。

西院 春日神社[鹿]

鹿は、神鹿(しんろく)として尊ばれている。建御雷神が鹿島神宮から遷る際に白鹿に乗って奈良の春日に来られた。
寿老人のお使いは鹿であり、鹿を使役とする春日大明神を祀る。
雌親子の陶器の鹿が迎えてくれる。

都の北東方向を鬼門と言い、鬼が出入りするとして何事につけ忌み嫌われた。王城鎮護として屋根や屋根の下に御幣をかついだ猿を網などで囲み飾った。神猿は、「魔が去る」「勝る」にも通じるといわれ、魔よけの象徴とされている。

京都の鬼門を3匹の猿が守る!
・京都御所の北東角 猿ヶ辻
・出町 幸神社 烏帽子をかぶり、御幣を持ち、北東を向いている
・赤山禅院の屋根 都の人々を守っている

御所 猿ヶ辻の[猿]

御所 猿ヶ辻の[猿]

御所の北東角にある猿ヶ辻。猿は屋根の下に、北東の方向を向いて配置されている。北東の方角の塀を四角く欠いてつくることで、塀の角が鬼門の方向に当たらないように工夫した。築地屋根の下に鬼門を鎮護してくれる猿を配置。京都御所では、この場所を「猿ヶ辻」と呼んでいる。猿の姿は、禊のための御幣を持ち、烏帽子をかぶった正装である。
文久3年(1863)尊王攘夷派公家・姉小路公知が暗殺された場所でもある。

赤山禅院の[猿]

赤山禅院の[猿]

比叡山延暦寺の塔頭で、本堂の屋根に網に囲まれ、御幣と神楽鈴を持っているユーモラスな姿である。

出町 幸神社(さいのかみのやしろ)の[猿]

出町 幸神社(さいのかみのやしろ)の[猿]

御所の近くにあり、桓武天皇が平安京をつくる際に、都の鬼門を守る守護神として創建した。

八坂庚申堂(こうしんどう)の[猿]

八坂庚申堂(こうしんどう)の[猿]

屋根には三猿の像。日光東照宮の彫刻で知られる「見ざる・聞かざる・言わざる」だ。庚申は「かのれさる」とも読み、60ある干支の組み合わせの一つ。本尊の青面金剛の使いも猿と言う。カラフルなお守りも「くくり猿」と呼ばれる。

北野天満宮の[牛]

「学問の神様」として菅原道真公が祀ってある。「なで牛」(臥牛)牛の頭をなでると「学業成就」、身体の悪い部分をなでると「病気平癒」のご利益があるという。

菅原院天満宮神社の[牛]

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この記事を書いたKLKライター

自称まちの歴史愛好家
橋本 楯夫

 
昭和19年京都市北区生まれ。
理科の中学校教諭として勤めながら、まちの歴史を研究し続ける。
得意分野は「怖い話」。
全国連合退職校長会近畿地区協議会会長。

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