奈良時代末期から平安時代初期にかけての貴族。桓武天皇に長岡京から平安京への遷都を進言された。清麻呂公は造営大夫として、平安京建都にも力を尽くした。

近藤 勇…壬生寺

江戸時代末期の武士。14代将軍徳川家茂の上洛警護をするための浪士組に参加し上洛する。その後、京都の治安維持のために尊王攘夷派の志士を取り締まるようになり、新撰組局長なった。壬生村八木邸を屯所とした。


新島 襄…新島会館

キリスト教の教育者であり、同志社大学を設立した。山本覚馬の妹八重と結ばれる。襄は八重の腕の中で、「グッドバイ、また会わん」と言い生涯を終え、若王子山内に埋葬されている。

湯川秀樹…京都大学湯川記念館

日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞した(1929年)。陽子と中性子との間に作用する核力を媒介するものとして中間子の存在を予想した。またその一方で、反核運動にも積極的に携わった。

木戸孝允…京都ホテルオークラ前

明治維新の指導者として活動し、維新の三傑の一人。維新後、封建的諸制度の解体に努め、三権分立国家の実施や
国民教育の充実に努めた。京都三本木の芸妓幾松を恋人とし、後に正妻として、今でもロマンスが語られている。


弥次さん喜多さん…三条大橋西詰

弥次さん喜多さんは、十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」に出てくるモデルである。江戸時代の東海道旅行の実状が記録された貴重な資料であり、日本初の旅行ガイドブックでもある。
東海道の終着点の三条大橋西詰めに二人の像が立っている。


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この記事を書いたKLKライター

自称まちの歴史愛好家
橋本 楯夫

 
昭和19年京都市北区生まれ。
理科の中学校教諭として勤めながら、まちの歴史を研究し続ける。
得意分野は「怖い話」。
全国連合退職校長会近畿地区協議会会長。

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