京都人度チェック③ 男びなと女びなの位置は?

さておひなさんを飾る段階まで来て、またあるあるな悩みが出てきます。
男びな女びなの飾る位置がわからへん。毎年やってても次の年には忘れてます。が、私は由来を知ってから忘れんようになりました。

ここでチェック3つ目です!

③京都では男びなと女びな、左右どちらに飾りますか?

正解はこちら。
京都式の並べ方は、おびなは向かって右、めびなは左。

これは中国の「天子南面す」という考え方から来ています。

それは「国を統治する者(天子→王様)は背中を北にし南向けに立つ」ということでなんです。そして「太陽が昇り陽の光が一番先に当たる東側」が立つべき場所なので、一番偉い人は向かって右に立ってないとあかんのですね。日本にもその考えが入り、おひなさんもそれにならったということです。

これが京都式の並び方の理由です。

関東式は反対なので、おびなが向かって左、めびなは右ですね。
では、どうして反対になったのでしょうか。

現在の即位の礼や皇后さまとお二人で立たはるときは、天皇陛下は向かって左ですが、明治時代に「男性が向かって左に立つ」という西洋の並び方が入ってきて、文明開化の気風にのって西洋のスタンダードに合わせやはったんです。

ちなみに即位の礼のときの高御座は、明治天皇までは一人で立っておられたので問題なかったんですが、大正天皇の即位の礼では西洋式に皇后陛下と並ばはることになって、そこで初めてそれまでと反対の並び方になったということです。

昭和3年の昭和のご大典のとき、昭和天皇と皇后さまの写真のとおり、関東のひな人形屋さんが男びな女びなを今までとは逆に並べるようになりました。しかし関西、特に京都では、並びを変えることはなかったのです。

理由はそういうことなのですが、私が面白いと思ったのは、「その時点でどんな気持ちでそれを選んだか」です。そこにそれぞれの思いが表れているように感じたのです。

東京は新しい首都であり、今からの日本を作っていく気持ちに満ち溢れていました。

「昔は昔、今は今。これからの新しい文化を作っていこう。」

東京には天皇陛下がおられます。なので、「天皇皇后両陛下が並んでおられるとおりにしよう」と思わはったのは自然の流れやったのでしょう。あえて今の皇室の並び方と反対にすることのほうが難しかったのかもしれません。

一方、京都のお店はこう思ったのではないかと。

「昔からこうやったんやし、それを守るのが筋。」

京都には長い伝統があります。それを重んじることで文化が守られてきました。

「千年の伝統を簡単に変えるわけにはいかへん。」

続けていくことが京都のプライドやったんですね。

私とこは京都に住む昔からの京都人。京都のひな人形屋さんで買うたおひなさんを、伝統を守る京都式の並び方に飾ります。

京都人は、何かの習わしを続けてきた理由として

「昔からそうしてきたし。」

とよく言います。理由にもなんにもなってないのですが、京都人にとってはそれで充分。守ることに誇りを感じるから。理由なんか、ほんまはどうでもええのです。


おひなさんが美しい理由

京都人は3月半ばにおひなさんを出し、伝統の重みを感じながら昔からの順番通りに並べました。一方で京都には、伝統の革新を繰り返しながら歩みを進めてきた一面もありますが、変わりゆく中にも芯になる伝統は必要です。他所の人がなんと言おうと「守りたいものを守ろう」と思い続けているのです。

こんな美しいお顔したおひなさんの風習、守りたいやないですか。

黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)(注4)をお召のお内裏

黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)(注4)をお召のお内裏

おすべらかし姿の美しいおひなさん

おすべらかし姿の美しいおひなさん

ちなみに、このおひなさんのお顔は、頭(かしら)師の名匠である三代目川瀬猪山さんの作。京風、切れ長でちょっとつり目の美男美女です。

京びなの制作はすべて分業制で、頭師、手足師、髪梳き屋、着付師があります。
頭師・手足師・髪梳き屋さんはそれぞれがそのパーツだけをひたすら作り続け、その技術は子や弟子へ代々受けつがれています。

それらの各パーツを組み合わせて完成させるお仕事をするのが着付師。着付師さんに、「一番難しい作業は何ですか?」と伺ったことがありますが、それは「腕を折り曲げること」やそうです。おひなさんの姿がすべてそれで決まるので、一発勝負のこの作業のときが一番緊張するとのことでした。

美しさの秘密は、これら職人さんたちの美的センスと技術を守りつなぐ心にあるのだということが、おひなさんを見るたびに伝わってきます。

折角ご両親に買ってもらった美しいおひなさん、シミや虫食いで傷んでしもたら大変ですよね。ひな人形をきれいなまま保つ方法は「毎年出して乾燥させること」やということです。昔は9月9日、重陽の節句にもおひなさんを出してお祝いしやはったそうですが、これも虫干しが目的やったのでしょう。


さぁ、今年も3月半ばごろにおひなさんを出そうかな。ひなまつりは桃の節句。ご存じですか?桃は3月下旬から咲くのです。桃の花が咲くころにおひなさんを出すのはむしろ自然。

そしてひな飾りを見てみてください。お内裏さまの横には左近の桜が…!

桜は桃の花に続いて咲きます。おひなさんをしまう旧暦の3月3日は4月3日前後になるので、昔は桜が咲くころにおひなさんをしまっていたのです。桜が満開の下のおひなさんはさらに美しかったはず。

うん、それならちっともおかしくないですよね。今年もおひなさんに桃の花と桜を見せてあげましょう!


注1:「人形は乾燥させて保存することが大事」と着付師の大橋弌峰さんよりひな人形購入時に教わりました。
注2:「人形のモリシゲ」サイト ~雛人形の歴史 雛人形2300年時空の旅 ドールコーディネーター平安春峰~」より
注3:Kyoto Love Kyoto「夏越の大祓に行って厄をかぶる話」をご参照ください。
注4:天皇の重要な儀式にのみ着用される束帯装束。即位の礼のときの装束。
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この記事を書いたKLKライター

鳴橋庵 店主・京都上京KOTO-継の会 会長
鳴橋 明美

 
上京の、形になりにくい文化(お祭・京都のおかず・伝統工芸・京ことば)の継承のお手伝いをする「京都上京KOTO-継の会」会長。
「鳴橋庵」店主。
「能舞台フェスタ in 今宮御旅所」実行委員会会長。

組紐とお抹茶体験を鳴橋庵店舗にて行っております。
合間合間に京都のお話を挟みつつ、楽しく体験していただけます。
お申込みは「鳴橋庵」HPまで。

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