加えて困ったことに、京都特有の「上ル下ル」表記が、誤配を生みだしてしまうという悲劇もあります。「通り名+上ル下ル」とだけ書かれて町名表記がない場合、その「上ル下ル」の該当範囲に同姓同名のお宅が2軒あれば、この時点で誤配率50%となってしまいます。なんといってもナンギなのが、「上ル下ルとはどこまでの範囲を示すのか?」についての明確な線引きがないことです。下の図は「千本通今出川上ってスグの田中太郎さん家にお届けしたが、正解はなんと500M上ルの田中太郎さん家だった」という例を示しています。これを誤配としてトガめられるのは正直、辛いものがあります。

③-b 同一区内で同じ町名が複数ある

さらに、町名が書かれていてもまだ安心できません。もう1つの落とし穴が待っています。同じ町名が同一区内に複数存在し「場所は全く異なるが、町名は同じ」という言わば「飛び地」で同姓同名がある場合です。

本サイトの人気シリーズ「京都の町の不思議」を執筆されている小林氏の調査によると、この「同一区内同一町名」が上京区、中京区、下京区、東山区の4区で、252例あるそうです。たとえば「亀屋町」という町名なら上・中・下京の3区で計11例もあります。このように「区名+町名」だけでは特定できないケースが多いので「通り名×通り名+上ル下ル」が表記されるようになったのですが、今度は「通り名だけ」の住所表記が増えて、やっぱり同姓同名が複数あると特定できないというジレンマに陥るのです。

ちなみに私のホームグラウンドであった上京区内には、同一町名の組み合わせが30組ありました。そのうち同じ町名が3つあるケースが6例、4つもあるケースが2例あります。

上京区内の同一住所 ※筆者調べ

上京区内の同一住所 ※筆者調べ

太字の「中之町」と「仲之町」を足すと「ナカノ町」が6つあることになる。さらに相国寺門前町に通称としての「中ノ町」があり、これを含めると7つもの同名の町名が存在することになる。「よく読めば字が違うではないか」というなかれ。住所を書く側が「中」「仲」「之」「ノ」の違いを認識せずに書くことが多いのである。

これらのケースの大半は「通り名+町名」の表記がされれば、ほぼ解消されます。しかし、長~い住所を書くのはメンドウなもので「通り名だけ」「町名だけ」という省略パターンに配達員が翻弄されるわけです。したがって、このケースの誤配は罪一等が減じられることが多く、また口八丁の所長であれば、「不可抗力の事故」としてノーカウントに持ち込まれることもありました。

 

誤配とペナルティ

ところで、本稿では「情状酌量」だの「重罪」だのと、裁判まがいの重たい言葉が登場していますが、実際のところ誤配した配達員はどうなるのか?これは配達所によってマチマチです。明確なペナルティを設けて罰金という名の減給となる配達所もありますが、我が配達所の憔悴所長は寛大で、そのようなペナルティを課しませんでした。でも、さすがにストレスはたまるようで、誤配発覚後の24時間はず~っと独り言のようにブツブツとボヤいてました。なので誰がやらかしたかは、ソッコーでわかります。そして誤配犯は「みなさん、犯人はこの男です!」という無言の非難の声とともに、さらし者となってバチバチと火花が散らんばかりの白い目を浴びます。プロを自任していた私にとっては、目先のお金よりも職業人としての誇りを大切にしていたので、罰金のほうがマシだと思っていました。

そんなこともあってか、私の誤配率は極めて優秀だったはずです。一般的に誤配が起こる頻度は数千個に1回くらい、「万が一」とは言いませんが「万が2~3」くらいだと思います。つまり確率0.02~0.03%の世界です。対して、私の誤配前科は1犯でした。私の通算の配達個数はおそらく7~8万個だったと思いますから0.001%です。私の場合、時の配達所の事情でジプシーのように、あちこちのエリアを転々としました。おかげで上京区全エリアの町名に精通することになり、様々なリスクを事前回避することができたのだと思います。加えて前述の「白い目」の恐怖が、お届け先での確認を徹底させてくれました。それだけに、やらかしてしまった唯一の誤配はキョーレツな印象として残っており、25年以上たった今でも忘れられません。「大島さん」の表札と伝票を。

さて、ここで少しだけH君という配達員の余談におつきあいください。彼は確率「万が2~3」のはずの誤配をなんと1日に3回もやらかしたのです。この時の所長のボヤキは1週間、止むことがありませんでした。ちなみに私の携帯にH君の名前は「誤配大王」という名で登録されています。今でも。いつだったか、それを本人に見せたら満更でもない顔をしていました。ちょっとも懲りていないようです。人生の誤配をしないよう祈るばかりです。

人と荷物に想いを馳せて

さて、いかがでしたでしょうか。誤配が起こる原因にはいろいろなパターンがありますが、京都は独特の住所表記であるがために、より誤配率が高い地域だということがお分かりいただけたかと思います。もちろん多くの人にご迷惑をおかけする誤配はゼロを目指すべきものではあります。が、100%防ぐとなると「すべての荷物に同姓同名の可能性があることを想定して、隈なくチェックする」ことが求められます。PART1,2の記事でご紹介した「〇〇通り上ル1000m」や「同じ番地の中に100軒の家がある」といったケースで、地図内を迷走しながらやっとの思いでお届け先を見つけたという場面を想像してみてください。配達という重労働で体はもちろん、目と脳みそがヘロヘロになった状態で「同姓同名の家がもう1軒あるかもしれないから、念のために隈なく探せ」というのが酷なことを、わかっていただけると幸いです。また、そこまで求めると労働時間がバクハツ的に増加し、交通事故の危険性が急上昇するのは間違いありません。

そこで、京都のみなさんへお願いです。時代の流れで宅配物は増加の一途であり、誤配の被害者となる可能性も高まるかと思います。もし、誤配に遭遇したらお怒りはごモットモだと思いますが、その時はどうかこの記事を思い出してください。少しは「しゃーないな」と怒りが和らぐかもしれません。これも京都に住むことの一興ととらえていただければ幸いです。いっぽうで配達員諸氏は、荷物にはお客様の真心と様々なオトナの事情に包まれていることを再認識し、「限りなくゼロ誤配」を目指して洛中の大路小路を駆けてください。

(編集部/吉川哲史)

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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員
吉川 哲史

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

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