左は4枚の絵からなる前掛で、右は見送りに使われている絵です。驚いたことに、この16世紀にベルギーで作られた貴重なタペストリーは、鯉山の周囲を飾るため大胆に大工のノミで裁断され、6枚の懸装品(けそうひん)に仕立てられています。

これが裁断される前の、1枚のタペストリーです。図柄は紀元前1200年頃のトロイ戦争を題材としたギリシャ詩人ホメロスの叙事詩「イーリアス」の1場面でのトロイ王の英姿です。絵柄の違う5枚のタペストリーが1組として日本にきて1枚は徳川家増上寺、1枚は加賀前田家、1枚は白楽天などで、1枚は鶏鉾・霰天神山などで使われ、残りが鯉山に使われているのです。

これが6枚に裁断されたタペストリーの飾られている場所を示しています。Aは見送に、Dは前掛に、B2は右の胴掛に、B1は左の胴掛に、Cは左右水引に、Eは前額水引に用いられています。

次に見たのは黒主山です。桜を松と共に飾り、華やいだ雰囲気の山です。謡曲「志賀」のなかで、六歌仙の1人の大友黒主が志賀の桜を眺めるさまをテーマにしています。杖をつき、白髪の髷(まげ)の翁の人形は、いかにも品格があります。

ご神体の大友黒主を拝見したところで、私の祇園祭そぞろ歩きの締めくくりとなりました。
学術に携わってきた私の仕事柄かもしれませんが、事前に聴いた講演のおかげで祇園祭の奥行きの深さを堪能できました。

ご存知の方も多いかと思いますが、これらの山鉾33基はくぎを全く使わず縄だけで大工方(だいくがた)により毎年組み立てられ、また解体されています。鉾の巡行には曳方(ひきかた)、屋根方、音頭取り、車方と、囃子方(はやしかた)が必要です。またハンドルがない山鉾では、一番の見せ場である交差点での辻回(つじまわ)しなどには、全員のまとまった協力が必要です。昨年、今年と巡行が中止となり、これらの技術の継承がうまく伝えられているのか、懸念されています。伊勢神宮などの式年遷宮に見られるように祇園祭では、毎年山鉾を組み立てて巡行されてこそ、技術と文化の継承が継続されてきています。もっといえば、往時の町衆の心意気も伝え遺すべき無形の文化ではないでしょうか。
1533年、戦乱で洛中が混乱を極めた際、室町幕府が祇園祭停止の命令を下しました。しかし、町衆が「神事ナクトモ山鉾渡シタシ」と迫り、神事は中止されたものの山鉾巡行は行われたそうです。町衆の祇園祭にかける想いを如実に表しているエピソードだと思います。

あれから約500年の時を経た今、日本中が混乱の最中にあります。コロナに対して個人レベルで抗える要素は少ないものの、志をもって苦境に立ち向かう心は受け継ぎたいものです。その意味からも、来年こそは是非とも巡行の再開が望まれます。私もこの栄えある技術と文化を存分に楽しみたいと思う一人として、一日も早いコロナの終息を願うばかりです。

参考資料
・「なぜ?祇園祭に西洋の綴織壁掛け(タペストリー)が」、鯉山町衆。
鯉山町衆ホームページ
プロフユキのブログ:「被災者励ます祇園囃子・綾傘鉾と二転三転した京の五山送り火」
※ホームページとブログは、文字の部分をクリックするとページが見られます。
Twitter Facebook

この記事を書いたKLKライター

京都府立大学 名誉教授
藤目 幸擴

 
生年月日:1945年(昭和20年)1月5日

現職
京都府立大学 名誉教授、タキイ財団 理事、NPO 京の農・園芸福祉研究会 理事長、(一財)京都園芸倶楽部 会長

主な経歴 
1969年 京都大学大学院農学研究科修士課程修了、香川大学・京都府立大学教授を歴任
1982年 京都大学農学博士
1984年 園芸学会賞奨励賞
2008年 京都府立大学農学部定年退官・名誉教授
1985~1986年 ケニア・ジョモケニヤッタ農工大学へ出張(国際協力機構) 
1993~1994年 英国ロンドン大学を中心に欧米7カ国 へ出張(文部省長期在外派遣)
1997年 デンマーク植物と土壌科学研究所へ出張(学術振興会派遣研究員)
この間に欧米、アジアなど約30カ国での国際シンポジウムに参加すると共に、留学生10名に学位論文の指導を行う

主な著書  
Q&A 絵で見る野菜の育ち方、農文協、2005
野菜の発育と栽培、農文協、2006
ブロッコリーとカリフラワーの絵本、農文協、2007
ブロッコリーの生理生態と生産事例、誠文堂新光社、2010
ブロッコリーとカリフラワーの作業便利帳、農文協、2010
はじめてのイタリア野菜、農文協、2015
「おいしい彩り野菜のつくりかた」(監修) 農文協、2018

記事一覧
  

関連するキーワード

藤目 幸擴

 
生年月日:1945年(昭和20年)1月5日

現職
京都府立大学 名誉教授、タキイ財団 理事、NPO 京の農・園芸福祉研究会 理事長、(一財)京都園芸倶楽部 会長

主な経歴 
1969年 京都大学大学院農学研究科修士課程修了、香川大学・京都府立大学教授を歴任
1982年 京都大学農学博士
1984年 園芸学会賞奨励賞
2008年 京都府立大学農学部定年退官・名誉教授
1985~1986年 ケニア・ジョモケニヤッタ農工大学へ出張(国際協力機構) 
1993~1994年 英国ロンドン大学を中心に欧米7カ国 へ出張(文部省長期在外派遣)
1997年 デンマーク植物と土壌科学研究所へ出張(学術振興会派遣研究員)
この間に欧米、アジアなど約30カ国での国際シンポジウムに参加すると共に、留学生10名に学位論文の指導を行う

主な著書  
Q&A 絵で見る野菜の育ち方、農文協、2005
野菜の発育と栽培、農文協、2006
ブロッコリーとカリフラワーの絵本、農文協、2007
ブロッコリーの生理生態と生産事例、誠文堂新光社、2010
ブロッコリーとカリフラワーの作業便利帳、農文協、2010
はじめてのイタリア野菜、農文協、2015
「おいしい彩り野菜のつくりかた」(監修) 農文協、2018

|京都府立大学 名誉教授|京野菜/伝統野菜

アクセスランキング

人気のある記事ランキング