海が近いだけに魚だけは飛び切り新鮮で、これだけは仕合せをした。刺身などは生きがよくてコリコリしているし、煮つけは魚の身が反りかえっていた。その他、蛤の吸物と塩焼き、エビの生きづくり、アワビやタコに至るまで新鮮な材料だけは一流料理屋も及ばないくらいだった。

温泉については以下のように記され、温泉の効能について体感した正直な感想が描かれています。

とにかく沸かしているとはいえ温泉で、湯につかっていると心地よくなり、疲れが少しは休まったように思えた。


温泉を沸かすだって!?、沸かしたら温泉ではないのでは?、と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし温泉は温泉法で定義されていて、温度が25度以上あるか、決められた化学物質がひとつでも含まれていたら温泉と認められます。加熱しても加水しても温泉の効能は変わらないと言われています。
『日本鉱泉誌』に記された京都の温泉4つ目の木津温泉は、冒頭でもふれたように、記録の上では京都最古の温泉といえる存在です。また、他の3つは冷泉でしたが、唯一温度のある温泉です。大正2年4年の『京都府誌』にも「本府は地質上火山脈乏しきを以て温泉と称すべきものなし。唯僅に竹野郡木津村より湧出するもの摂氏四十度以上を示すのみ、其の他は悉く冷鉱泉なりとす」(同書下巻421頁)とあります。京都府全体で温かいお湯が湧き出しているのは、この木津温泉だけだとはっきり強調し、写真もわざわざ載せているのです。

木津温泉の中心部

木津温泉の中心部

出典:『京都府誌』(大正4年)

今回の記事の最初にお示しした大正元年の図版をご記憶でしょうか。そこに「京都府下唯一」とあったのは誇大広告ではなく、根拠のあるキャッチコピーだったとわかります。その後は、掘削技術の発達もあり温泉の数はどんどん増えていきました。たとえば「夕日ケ浦木津温泉」の駅名になっている夕日ケ浦温泉は昭和56(1981)年の開削。泉源は砂丘松林の中にあり、文字通り夕日の美しいのが特徴です。


ここまで4回にわたり、明治19年刊行の『日本鉱泉誌』に記された京都の温泉について綴って参りました。これをとおして皆さまの温泉に対する認識が新しくなり、興味の視点を変えて温泉に浸かりたいという気持ちになって頂けたら、本当に嬉しく存じます。私としても、現地を訪問取材したり、資料を探し当てたりの楽しい機会を得ましたことに感謝しています。KLK読者の力でまだまだたくさんある京都府の温泉を盛り上げて頂けたらと思います。
なお、末筆になりましたが、今回の木津温泉の取材にご協力くださり、興味深いお話をたくさんきかせてくださった湯宿ゑびすやの女将蛭子智子さまに心より御礼申し上げます。

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この記事を書いたKLKライター

日本温泉地域学会幹事
樽井 由紀

 
奈良女子大学大学院博士後期課程修了。
文学博士。
専門は民俗学・温泉学・観光学。
日本温泉地域学会幹事。
元ミス少女フレンド(講談社)。

現在、奈良女子大学・関西学院大学・佛教大学・嵯峨美術大学等で非常勤講師を務める。
佛教大学四条センターで温泉関係の講座、「温泉観光実践士養成講座」で温泉地の歴史の講師を担当しています。
どちらの講座もどなたでも出席できます。お待ちしております。

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現在、奈良女子大学・関西学院大学・佛教大学・嵯峨美術大学等で非常勤講師を務める。
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