「京の変人烈伝」第二回目は、「鉄腕アトム」の足音を作った伝説の音響デザイナー大野松雄さん(91歳)の物語です。
今回はその場の臨場感を出すために、実際に僕が大野さんにお会いした時の会話をそのままお届けしたいと思います。

 

伝説の音響デザイナー

越前屋)大野さんは、おいくつになられますか?

大野)まあ90歳と半年ぐらいです。

以下 越)と 大)に省略


越)それにしても、お元気ですね。

大)はい、でも腰がふにゃふにゃです。

越)腰がふにゃふにゃなんですか(笑)。ところで大野さんのお仕事は?

大)まあ、なんとなく音響デザイナーとか、

越)音響デザイナー?

大)昔でいえば音響効果の、そこから飛び出した形で、

越)なるほど、音響から飛び出したわけですか、

大)そう!それで、昔、「鉄腕アトム」っていう、あれの音、全部作りました。
 
越)えっ、あれの音って、お茶の水博士やらウランちゃんやらの、あの音を全部ですか?

大)ええ、まあ中でも有名なのはアトムの足音っていうやつですけど、

越)アトムの足音!

大)アトムが歩く足音、ピョコピョコっていうやつです。

越)なるほど、アニメの音響効果の仕事をしていらっしゃったんですね。

大)まあ頼まれちゃったんでしようがないというか。

越)頼まれちゃったんでしようがないって(笑)、普通の人だったら、まず頼まれないと思いますけど、もともとは何を?

大)もともとは旧制の高等学校行ってたんですけど、急に辞めたくなっちゃって

越)辞めたくなったんですか、それはもう勉強するのが嫌やだと

大)当時、僕たちの同級ってのは、ほとんど勉強してないですよ

越)ほとんどって?

大)戦争中です。勤労動員ってやつで工場へ行って、旋盤やってましたから 

越)勉強せずに、すでに働いてたんですね

大)そうですよ、1週間にいっぺんだけ、登校日があったんですけど、1日だけ学校に行ったって勉強できないですからね。

越)じゃあ、あとは全部働いてたんですか?

大)働いてたっていうか、働かされてたんです。でも旧制の高等学校に受かっちゃったんですよ

越)それって、天才じゃないですか。

 

効果団ってどんな団体?

大)それで、しばらくして、またそこもやめて、今度は文学座ってとこで、芝居をやりだしたんです。

越)ということは役者を目指したんですか?

大)いや、美術がやりたかった。

越)セットを作るとか、そういう裏方の仕事が好きだったんですね。

大)そうです、それでやってたんだけど、まあ2年ぐらいで辞めちゃったんです

越)やっぱり、こう先輩やら何か人間関係が嫌になって?

大)同期で入った連中が研究生に中々なれないもんだから、自分たちで劇団を作っちゃえって、その旗揚げに参加したんです。

越)文学座はどうしたんですか?

大)残ってたんですよ、文学座には、でも旗揚げ頼まれたんで、こっそり美術やってあげてたら、それがバレちゃって

越)文学座にバレたらまずいですよね。

大)はい!それで、しようがないから文学座を辞めてフラフラしてたら、今度はNHKで効果団を募集するって聞いて

越)効果団?

大)劇団とか合唱団なら聞こえはいいけど、効果団っていうと、なんか暴力団みたいな感じがしますけどね(笑)。

越)そこで音の世界に入ったわけですね。それから何年ぐらい経つんですか?

大)僕が今年で90と半年、劇団に入ったのが19歳、効果団に入ったのが21、2歳ですね

越)ということは、もう70年近くずっと音をやってると

大)やることになっちゃったわけです。いまだに、これって俺の本職なのか?って思ってるんですけど

越)いやいや!それにしても、いまだに現役でやられてるってすごいですね

大)何となくやってたらできただけです。

越)大野さんは、どういうところがおもしろくて、この仕事を続けてやってるんですか?

大)例えば、即興でやるってところが…

越)即興?

大)即興ってのは、自分でも今から何をやるのか、わかんないわけです。ここはちょっと面白そうだから、こうやってみるか!とか、その時の気分で適当にやるからいいんです。

 

効果音作りは遺跡の発掘調査?

越)ところで、大野さんが使ってらっしゃる、この機械は何ですか?

大)これはもう典型的なアナログなテープレコーダーです。

越)なるほど、テープに色んな音が入ってるんですね。

大)これに入ってるのは、ピーっていう発信音だけです。

越)ええっ!ピーっていう音しか入ってないんですか?

大)そうです、ピーっていう音だけが30分。それを早送りしたり、手で押さえたり、緩めたりして

越)そのピーを大野さんが止めたり、早くしたり、遅くしたりしてるだけなんですか?

大)そう、それが音になっちゃうわけです。

越)なるほど、そうやって音を作ってたんですね。

大)ずいぶん前にアニマックスっていうアニメ専門チャンネルの10周年の依頼があって、これ2台とミキサーを用意して、夜中に20人以上が家に集まって、実際に音を出してテストしてたら、まるで遺跡の発掘調査みたいだって話になって(笑)。

越)なるほど、みんながこう、遺跡の中から何が出てくるんだみたいな

大)こうやって、さっきみたいな音がフワーって出てきたら、一斉にオーって。

越)アトムの足音をどういう音にしようかというのは相当 悩んだんですか?

大)何がいいかなと思ってると、マリンバの音がふと出てきて。

越)そうか。マリンバの音をこういうふうにしたら、アトムの足音になるんじゃないかというイメージがあったんですね

大)ありました。それを絵に合わせて全部作って貼り付けた。

越)合わせてというのは?

大)これが1歩、戻すのが2歩。そうやって作ったやつをフィルムと同期させながら、テープを編集するわけです。

越)テープを実際に切って、実際にひっつけるって、ものすごいアナログですよね。

大)アナログしかなかった時代ですからね。

越)僕らが子どもの時に何気なく見ていた、アトムのあの足音は大野さんがそうやって作ってたんですね…。

 

年末ギリギリの大勝負

越)そもそもアトムの足音は、当然、監督である手塚治虫さんから、こういう音にしてくれって頼まれたんですか?

大)いや、僕が勝手にやりました!

越)ええっ!そんな勝手にやっていいんですか?

大)実は、はじめは僕がやる予定じゃなかったんです。

越)どういうことですか?

大)誰かが作ったサンプルを聞いて、クライアントがこんなんじゃだめだ!ってなって、その時たまたまフジテレビの映画部の 副部長をやってたのが、文学座に僕を引き込んだ悪いやつだったんですね。

越)これじゃダメだから、他に誰か作れるやつはいないのか?ってことですよね。

大)そしたら1人、ギャラが高くてすごくうるさいやつがいるけど、ってなって、結局、僕がやることになっちゃった。

越)なるほど、そういうことだったんですね。

大)ところが問題だったのは、アトムの初回の放映が1月1日だったことなんですよ。

越)どういうことですか?

大)僕のところに話が来たのが、年末の12月の20日過ぎでしょ

越)マジですか、放送日まであと10日しかないじゃないですか。

大)放映は16ミリだけど、ラッシュフィルムは35ミリなんですよ。しようがないから35ミリの映写機をうちへ持ってきて、

越)ええっ!家の中で、その35ミリの映写機でアトムを上映したんですか?

大)まあ見ないとわかんないですから。

越)第1回放送分には、もちろん音は何もついてないわけですよね。

大)何もないです、こっちがそれを見て、ここにこれを入れようって決めて

越)ここにこれを入れるっていうのも、手塚さんの指示じゃなく、自分で決めたんですか?

大)もちろん僕が決めましたが、さすがに一人じゃ無理なので、アオイスタジオの技術部長やってる人が僕とコンビでいろいろ作ってたんで、頼むって言ったら、来てくれたんで、彼と2人でやりました。

越)たった2人で?

大)まあ5日間くらい徹夜ですね

越)でないと1月1日の放送には間に合わない。

大)そうです、それの最終録音が12月30日でした。

越)えっ、ギリギリじゃないですか、

 

手塚監督にまさかのダメ出し?

大)それで、スタッフテロップをどうするかってなって、音響として大野松雄の名前を出してしまうと、手塚さんとケンカしてやーめた!ってなったらマズイんで、文学座で効果をやってたヨシダくんの名前も一緒に出した方がいいっていう話になって、

越)それで、大野さんとヨシダさんの2人の名前をテロップに載せたんですね。

大)そしたら30日に本当に手塚さんと大ゲンカして、やーめたって帰っていった。

越)誰がですか?

大)僕がです。

越)それはあかんでしょ(笑)!そもそも、何で喧嘩したんですか?

大)よけいなこと言いだしたから

越)よけいなことって言ったって、相手は手塚監督ですよね。例えばこの足音じゃダメだとかですか?

大)いやそんなことは言わないです、ここは効果音なしで、音楽だけでいきたいとか言うので

越)そりゃあ、監督だから好きにしたかったんじゃないですか?

大)僕は、それはだめだって言いました。

越)で、結局そのパートはどうなったんですか?

大)手塚監督はダメ出ししたんだけど、クライアントはこれでいいって話になって、フジテレビの偉い方が、お願いだから辞めずにやってくれませんか、って頼みに来たんだけど、僕は嫌だ!って断りました。
 
越)普通、大人なら、そこまで仰るならわかりました!ってなるんでしょうけど、それはもう大野さんの生様というか

大)フジテレビ側が僕に、だったら、これじゃなきゃだめだっていう条件を全て出して下さい。その条件を全部こちらが飲んだら、その時は引き受けてくれますか?って言ったんです。

越)どうしてもあなたにやって欲しいから、あなたがやりたいように条件を全部言ってくれて構わないと、

大)そしたら、こちらが出した条件を本当に全部のまれちゃったんで、やらないわけにはいかなくなっちゃった。

越)なるほど、それでやることになったんですね。


 

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この記事を書いたKLKライター

京都大学 変人講座 ディレクター
越前屋俵太

 
1961年京都市生まれ
関西大学在籍中にテレビ番組作りに参加。
街ゆく一般人を番組に巻き込むアイデアを考案し、自らが演じて人気を博す。
「探偵!ナイトスクープ」の立ち上げから関わり、初代探偵も務める。
その後、「世界ふしぎ発見!」「巨泉の使えない英語」等のレポーターとして世界50カ国を飛び回る。
中でもフランスの首相が「日本人は殺しても出てくる黄色いアリ」と批判したことに抗議をするために、アリの格好でパリの首相官邸にノーアポで突っ込んだ様子が全仏のニュース番組で流れたことは今では伝説となっている。
賞歴としては企画制作した番組が日本民間放送連盟賞娯楽部門最優秀賞を2度に渡り受賞。
カンヌ国際広告祭では自身が出演した大阪市の「たばこのポイ捨て防止キャンペーンCM」が日本人初金の獅子賞に輝いている。
現在、京都大学変人講座をはじめ、関西大学等でも教鞭を執る他、朝日放送「キャスト」金曜日コメンテーターとしても活躍中。

現職
関西大学 総合情報学部 非常勤講師
高知大学 希望創発センター 客員教授
京都芸術大学 客員教授
和歌山大学 観光学部 非常勤講師
京都外国語大学 非常識講師
京都大学 変人講座 ディレクター
不便益システム研究所 客員研究員
仕掛学研究会 顧問

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その後、「世界ふしぎ発見!」「巨泉の使えない英語」等のレポーターとして世界50カ国を飛び回る。
中でもフランスの首相が「日本人は殺しても出てくる黄色いアリ」と批判したことに抗議をするために、アリの格好でパリの首相官邸にノーアポで突っ込んだ様子が全仏のニュース番組で流れたことは今では伝説となっている。
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