また、三代目歌川豊国の浮世絵「卯の花月」の中にも歌を書き逆さまに貼った紙が描かれています(注3)。これも江戸の町で、4月の風景やそうです。4月というと花まつりの月。前出のと同じおまじないのようですね。これがあちこちに登場するところを見ると、みんなが知っているごく一般的なおまじないやったんでしょう。

そうそう、そういえば1つ目の茶の字もお茶で墨を磨るところがありましたね。なんだか奥のほうでつながっているような気もします。1つ目は物理的にお茶碗をひっくり返すイメージが強そうですが、2つ目は歌なので逆さまにする意味がわかりません。すると逆さまというところになにか力が生まれると考えても良いような気がします。そう思いながら調べを進めていくうちに、ある中国の習わしにたどり着きました。

中国では「福」という字を逆さまに貼り、逆さまの意味である「倒」を同じ音の「到」に替えて「福の到来」と意味づけるのやそうです。なるほど、逆さまの意味がはっきりとわかるおまじないですが、「十二月十二日」・「茶」や虫よけの和歌は、それぞれやって来てもらっては困るものを除ける道具なので意味が通りません。そこでまたあくまで私の考えなんですが「日本の人は中国の風習を知り形だけ真似た」ていうのもあったのやないかと思うのです。「なんか逆さまに貼ったら効き目があるのとちゃうか?」てね。単純ですが、目立つことには間違いがないので簡単にできるおまじない効果として取り入れたのかなと想像しました。


 

逆さまにしない方法もある?!

ところで、ここでひとつ「すみません」と謝らんとあかんことがありまして、実家の「十二月十二日」、実は逆さまに貼ってません!先ほどの写真は実際とは逆で、実物はそのまま読める向きで貼ってあるのです。

▲正しい写真。逆さまではありません。

▲正しい写真。逆さまではありません。

なんでそうなったかというと、それもまた母が言うてたことなんですが、

「うちは泥棒入っても盗るもんないし、まっすぐ貼ったら火事除けになるて言うさかいにこっち向けにしとこ。」

ということでこうなりました。そら私も「ええっ、そんなオプション的なルールあるのかいな?!」て思いましたよ。火事除けにしたい人は「まっすぐ」を選ぶ、みたいな。母が勝手に言うてるのとちゃうか、とかなり疑って何度も念押ししたんですが、母はいたって真面目にそう答えてました。

そんないきさつがあり、このお札を見るたびに思い出してずっと調べたいと思ってたんです。それで今回これを書くにあたりネットで調べてみたら…ありますやんか。

福島県で行われている風習として紹介されているのですが、どうやら12才の子が書く十二月十二日のお札が火伏になるということらしく、母が言っていたことと似ているのです。ただ、その貼り方はそのままやったり逆さまやったりといろいろなので、そのあたり理由を求めるのは難しそうです。そやけどお札の効き目としての「火事除け」、ありましたよ(注4)。お仏壇の母に謝っとこうと思います。


 

「重なり」と「逆さま」に込めた思い

今は店として使っている実家には、いろんな地方の方が来られます。お帰りになるときにちょうどこのお札が見えるのでご紹介すると「あ、おばあちゃんの家にあった。」「営業先で見たことがある。」などのお返事をいただくことがあります。京都の若い人たちに聞いてみても「家にある。」「親から聞いたことがある。」と聞くことも少なからずあります。今でも京都だけでなく各地でやったはるところがまだまだあるのやなぁと嬉しくなりますね。

昔の人が信じた「重なり」と「逆さま」のパワーは今の人たちには伝わりにくいかもしれません。でも今も残る古いお札には、家族の平和を心から願った思いがこもっています。そやし見つけてもどうか剥がさんと置いといてくださいね。幸せを継ぎ足すために、新しい「十二月十二日」のお札を貼るまでは。

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この記事を書いたKLKライター

鳴橋庵 店主・京都上京KOTO-継の会 会長
鳴橋 明美

 
上京の、形になりにくい文化(お祭・京都のおかず・伝統工芸・京ことば)の継承のお手伝いをする「京都上京KOTO-継の会」会長。
「鳴橋庵」店主。
「能舞台フェスタ in 今宮御旅所」実行委員会会長。

組紐とお抹茶体験を鳴橋庵店舗にて行っております。
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