飲み会の地元トークで盛り上がった時に、滋賀県民から
「おい、琵琶湖の水止めるぞ!」
などと言われたことのある京都人、大阪人は少なくないだろう。

実際、京都出身の私も滋賀県出身の先輩によく脅されている。
※1 私と先輩の関係は非常に良好である。

また派生形として、他の滋賀の先輩からは

「首を洗って待っとけ!あ、琵琶湖の水は使うなよ!」

などと言われたこともあり、水の豊かな国である日本の文化との親和性の高さもうかがえる文句となっている。
※2 念のためにもう一度申し上げる。私と先輩の関係は良好である。

「琵琶湖の水を止めるぞ!」と脅す滋賀県民

「琵琶湖の水を止めるぞ!」と脅す滋賀県民

余談ではあるが、この滋賀県民必殺、「琵琶湖の水止めるぞ」攻撃はその汎用性の高さからか、はたまた滋賀県民の愛着心からか、なんと滋賀県内でグッズまで販売されるほどの有名である。

あまり琵琶湖になじみない地域にお住まいの方ならここまで読んで「そこまで有名な攻撃ならさぞかし大阪府民も京都府民もおびえているのかな」とお考えになるかもしれないが、実際怯えているものはいない。

なんと滋賀県民のいう、この「琵琶湖の水止めるぞ」を実際にしようとしても、琵琶湖から流れ出る水を止める権利は滋賀県にはなく、国や京都市上下水道局の許可がいる。しかも、本当に水を止めると滋賀が水没してしまうらしい。普段の飲み会中であれば、残念がる滋賀県民を
「あら、お可愛いこと…」
などと、煽り返すところまでが定石であるが。

だがしかし、はたしてこれはそう簡単に流してよい話なのだろうか。

例えば、死なばもろともで滋賀が水を止めてきた場合は?滋賀と京都、大阪を憎む存在が、琵琶湖の水を止めるテロをしてきた場合は?はたまた滋賀が水没しないように工夫をしつつ、琵琶湖から流れる水を京都に送らなかった場合は?

様々な可能性を考えていると、実行されてもおかしくない恐ろしい話にも聞こえてくる。

ジョークで言われる「琵琶湖の水止めるぞ!」を本当に実行された場合、シャレにならないことは直感的に想像がつく。
本記事では、実際に水を止める際の方法や、京都の被害について、空想科学まじりで考察していく。


京都府と琵琶湖の関係

改めて京都府と琵琶湖の関係を整理したい。

まず琵琶湖とは日本最大の湖で、その貯水量は275億㎥もある。2府4県に股を掛ける淀川水系の約6割の水量が通っている。

京都市における水道水の原水はここからいただいており、なんと約99%が琵琶湖から取水したものである。

また琵琶湖から流れ出る自然河川は1本のみで、瀬田川、宇治川、淀川とその名を変えながら大阪湾まで流れていく。琵琶湖の水はその名の通り宇治市を流れ、その周辺の人々の生活を支えている。

もちろん滋賀県や大阪府の人も琵琶湖から出る水を利用して生活しており、その総数は1450万人にのぼると言われている。なんと日本人の約12%が琵琶湖のお世話になっているのだ。

このように、琵琶湖は京都にとって身近で重要な存在だが、それだけでなく、関西、ひいては日本にとっても貴重な存在なのだ。


水を止めると本当にしずむのか

シミュレーション

そもそも琵琶湖の水を止めると本当に滋賀県が沈むのか、簡単にシミュレーションしてみよう。下の画像のようにGoogle Earth proをつかって水面を上昇させた3Dモデルを作成し、影響を調べた。なお簡易化のために、地下道やトンネルは全てふさぎ、そこから水は流れ出ないものとした。

このように水色の水面を作成し、水没した状況を観察する。

このように水色の水面を作成し、水没した状況を観察する。

ちなみに画像はどこかお分かりだろうか。


 
 
 

50m海面が上昇した時の四条烏丸周辺である。ちなみに地球温暖化で海面が100年上がり続けても、1mも上昇しないので安心(?)してほしい。

50m海面が上昇した時の四条烏丸周辺である。ちなみに地球温暖化で海面が100年上がり続けても、1mも上昇しないので安心(?)してほしい。

以下の2条件でシミュレーションを実施した。

条件1:瀬田川洗堰を全閉し続ける
琵琶湖はあれだけ巨大な湖にもかかわらず、水が流れ出る川は一か所、瀬田川のみである。その瀬田川の流れを止められる瀬田川洗堰を全閉した場合、どのようになるのだろうか。琵琶湖の水面が瀬田川洗堰で止められる最高水位と同じになるようシミュレートする。

条件2:滋賀県外に水が出るまで水位を上げる
瀬田川洗堰あたりでどんな水位の水が来ても止められると仮定しよう。その場合はどこまで水位を上げると、水はどのようにたまり、近江盆地のどこから水が流れるのかをシミュレーションしてみよう。


 

シミュレーション結果

〇 条件1
結果は以下のようになった。

条件1時、琵琶湖周辺での冠水状況

条件1時、琵琶湖周辺での冠水状況

条件1時、安土城周辺での冠水拡大図。

条件1時、安土城周辺での冠水拡大図。

ああ、やはり「水を止めると滋賀が水没する」は本当であったのか。

琵琶湖周辺の陸地、主に田畑を中心に冠水が見られる。つまり、琵琶湖の水を止めると、滋賀県側がシャレにならない被害を受けることが一目瞭然である。京都、大阪が水不足で苦しむと同時に、滋賀も水害で尋常でない経済的被害を受けることは免れない…


〇 条件2
条件1で水浸しなのだから、当たり前のように滋賀県が水浸しである。滋賀県も盆地だけあって水がどっぷり入る。滋賀の主要な拠点、草津や大津は見事に水の中である。

条件2での冠水状況

条件2での冠水状況

そして肝心の最初に水が流れだしたところはこちら。

最初に水が流れ出すところ。京阪電鉄京津線に沿うように流れる

最初に水が流れ出すところ。京阪電鉄京津線に沿うように流れる

何と皮肉な事か。京阪電鉄京津線に沿って水が流れていくだけではないか。つまり、京都に流れる水を止めると、滋賀が大洪水を起こした後で結局京都に流れ出ていくという結果に…

そしてさらに気になった点はここである。こちらをご覧いただきたい。

条件2でとある地点での洪水状況。どこかお分かりいただけるだろうか。

条件2でとある地点での洪水状況。どこかお分かりいただけるだろうか。

こちらの画像は、JR米原駅から少し北にある東海道新幹線用のトンネルである。このトンネルを抜け、少し行けば岐阜、愛知へとつながるところだ。しかし画像からわかる通り、トンネル手前まで水没している。

そう、ここまで水を止めると東海道新幹線の線路が水の中なのだ。もちろん新幹線だけではあるまい。新幹線と同じく東京-大阪間を結ぶ国道1号線や他の線路も水没してしまう。こうなれば京都大阪どころか、日本全体の交通網に多大な損害を生むことは避けられないだろう。そうなれば琵琶湖の水を止めた犯人に文句を言うのは京都や大阪からだけではない。全国からの非難が集まるし、そもそも国家単位で琵琶湖の水を京都に流すように圧力がかけられること間違いなしだ。


ちなみに気になって条件1のモデルで米原駅周辺を拡大したところ、東海道新幹線の線路すぐ近くまで冠水していた。

条件1での米原駅周辺の冠水状況。線路のすぐそこまで水が来ている。

条件1での米原駅周辺の冠水状況。線路のすぐそこまで水が来ている。

あれ?もしかして、そもそも条件1でも交通網を十分に混乱させ、全国を敵に回せた…?


 

今までに滋賀県で起こった水害

過去に滋賀県で被害が起こった例を振り返り、簡単にシミュレーション結果と比較したい。ちなみに琵琶湖の水位は「B.S.L.(Biwako Surface Level)」で表されることが多いので、せっかくなのでここは慣習に従い、これを使っていく。

ちなみにB.S.L.0mは瀬田の唐橋の近くにある鳥居川水位観測所の零点高、T.P.+84.371mと同じになるよう揃えられている。何のことかわからない人は「B.S.L.0mが準で、例えばB.S.L.+50cmなら基準より50cm水位が上がった状態」とだけ覚えておいてほしい。

最近の滋賀県で起こった水害の記録では、平成25年台風18号豪雨被害がある。この際、琵琶湖の水面が約1mほど上昇した。(B.S.L.-20cmから+77cmに上昇)

この水害では守山市などで被害があったことが報告されている。この際、琵琶湖の下流にある天ケ瀬ダムの水量が著しく増えていたため、瀬田川洗堰を開放することができず、滋賀県内で被害が起こってしまったらしい。

この記録からB.S.L.+77cmでは実際に水害が起こる事がわかる。なお瀬田川洗堰をMAXまで閉じたときはB.S.L.+130cmまでせき止められる。こうみると、条件1で瀬田川洗堰を全閉し、限界まで水位を引き上げればシミュレーションのように水害が起こることは明白であった。

もっと過去の記録も見てみよう。

日本全体で見ても、歴史的に特に雨が多かったと言われる明治29年は、滋賀県でもひどい水害が起こったと記録されている。

明治29年の琵琶湖は7月から水位が高い状態となった。同年9月、そこへ追い打ちのように、10日間で1,008mmを記録する豪雨があった。例年であれば滋賀県内年間降水量は約1,900ミリメートル、なんと一年に降る雨の半分以上がたった10日で降り注いだのだ。その結果、琵琶湖の水位がなんとB.S.L.+376cmまで上昇。先ほどシミュレーションでみた条件1はB.S.L.+130cmだった。130cmでも大被害だったのに、それよりもなんと2.5mも高い水が滋賀県を襲ったのだ。

B.S.L.+376cm時の滋賀南部でのシミュレーション結果。地形や建物は2021年のモデルなので、もし同様の被害が起これば、これほど浸水する

B.S.L.+376cm時の滋賀南部でのシミュレーション結果。地形や建物は2021年のモデルなので、もし同様の被害が起これば、これほど浸水する

大洪水により、琵琶湖周辺にあるほとんどの市町村が浸水による被害をうけた。そこから滋賀県全域が無害水位に低下するのに237日を要したと記録されている。

特に彦根市の80%、大津市の中心部は全て浸水したという悲惨な記録が残っている。

2021年に同様の浸水が起こった場合の大津市の災害シミュレーション。この状況からも明治29年の悲惨な被害が想像される

2021年に同様の浸水が起こった場合の大津市の災害シミュレーション。この状況からも明治29年の悲惨な被害が想像される

もちろんこの規模の災害はめったに起こるものではないし、治水技術の発達した昨今で、同規模の被害が起こるとは考えにくい。しかしながら、滋賀県は琵琶湖などの水に恵まれている反面、水害が起こるリスクも高いと断言しても間違いではないだろう。

まとめ

滋賀の水を止めることは大変困難で、無理矢理せき止めた場合、滋賀県の広い範囲で水害が起こるわ、結局京都に流れていくわ、という目も当てられない結果が分かった。また実際に琵琶湖の水位が上昇した際に起こる水害は悲惨で、その恐ろしい歴史も知ることができた。

これにて一件落着……と言ってもいいが、それだけではあまりにも面白くない。シミュレーションだけにとどまらず、考えるからには徹底的にやろうではないか。

また同時に、この大量の水の扱いを考えることが自我の水害を切り開く一歩になる…かもしれないような気もしているような感覚がある。

というわけで、次回「水害を引き起こさずに、滋賀県はどうすれば水を止められるのか」を徹底考察していく。

※Google Earth proを用いたシミュレーションはあくまで簡易的シミュレーションであり、その正確性を保証できるものではありません。あくまでもざっくり検討したレベルとお考え下さい。
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京都が好き。美味しいものを食べるのも好き。
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