しかし飽き足らず、唐へ赴いて密教の奥義を極めたいと願い出ます。
真如法親王、この時すでに60歳の老境でした。
遣唐使は何年も派遣されておらず、商人に頼み込んで船に乗せてもらうなど数々の障害を乗り越えて、唐の長安へ入ります。
そこでも納得できる師に会うことができず、さらには天竺(印度)へ。
残念ながら、天竺を前にして消息を絶ちます。

消息不明になってから16年後に、唐の留学僧から朝廷に手紙が届きます。それによると真如親王は現在のマレー半島、羅越の国で78歳にて死去された、というのです。羅越国は現在のマレーシア南部だという説があります。

私はこの話を読んで驚きました。
政治的に失脚し、皇子の座を追われるというのは大変な痛手です。
そのまま失意のうちに亡くなることも多いだろうに、自分の人生を、ひたすら追求しつくした人物がいるとは。

高岳(真如)親王の生涯は昭和の小説家の心も刺激しました。
作家 澁澤龍彦は文芸春秋に、高岳親王を主人公にした小説「高岳親王航海記」を発表します。
澁澤は自由に想像して物語を書いたのでしょう。現実ではあり得なさそうな国や現象が登場しており、幻想的な作風です。
藤原薬子は怪しくも美しい、謎めいて魅力的な存在として描かれています。高岳親王は、その薬子の面影を追いかけるように天竺を目指すという話になっています。
最近、漫画にもなりました。

高丘親王航海記 I

高丘親王航海記 I

(ビームコミックス) 近藤ようこ作画, 澁澤 龍彦原作)

高岳親王以外の平城天皇の子孫たちは、皇族の籍を離れて一般人になることを選びます。
皇位継承の資格を返上することで、今後反乱を起こすつもりがないと証しだてようとしたのです。
皇族は姓を名乗りません。姓を持つのは一般人です。
したがって皇籍を抜けること、臣籍に下ることは、同時に姓を名乗る事でもありました。

平城天皇の子孫たちは、のちに「在原(ありわら)」という姓を与えられました。

ああ、と思った方。
有名な在原業平は、平城天皇の孫に当たります。
もっとも、彼は高岳親王の子ではなく、甥ですので、もしも平城朝の世の中が来たとしても、皇位を継ぐ見込みは殆どなかったのですが。
であっても、祖父が政権争いに破れた、いわば敗残者の子孫であるという烙印はついて回った訳です。
どことなくアナーキーな印象のある業平ですが、その人格形成において、政治的「負け組」の一員だったことは影響したのでしょうか、どうでしょうか。

『在原業平と二条后』(月岡芳年画) 

『在原業平と二条后』(月岡芳年画) 

Wikipedia / Wikimedia commons

話が、それました。
桓武天皇死後、京都盆地の平安京と奈良盆地の平城京に、二人の最高権力者が並びたち、対立しました。
京都に立った嵯峨天皇が勝利し、平安京が続いていきます。

しかし万が一、奈良陣営が勝利したとしても、奥羽遠征後には東国開発を進める時代が迫っており、交通の便に恵まれた京都の優位性は覆せなかったでしょう。
平城天皇が敗れ去ったのは、たんに個人の資質だけによるものではなく、時代の変化に応じて都がより適した地へ遷っていくこと、奈良が京都に都の座を譲ることを示唆していたように思えてならないのです。

参考図書/文献等
平城天皇(人物叢書) 春名宏昭著 吉川弘文館
蝦夷と東北戦争 (戦争の日本史)  鈴木拓也著 吉川弘文館
坂上田村麻呂(人物叢書)  高橋崇著 吉川弘文館
皇子たちの悲劇 皇位継承の日本古代史  倉本一宏著 角川選書
古代の都: なぜ都は動いたのか (シリーズ古代史をひらく)  吉村武彦, 吉川真司,川尻秋生 吉川弘文館
高丘親王航海記 I (ビームコミックス) 近藤ようこ作画, 澁澤 龍彦原作 KADOKAWA
聖武天皇の東国行幸ゆかりの地 ~伊勢・河口~
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この記事を書いたKLKライター

写真家
三宅 徹

 
写真家。
京都の風景と祭事を中心に、その伝統と文化を捉えるべく撮影している。
やすらい祭の学区に生まれ、葵祭の学区に育つ。
いちど京都を出たことで地元の魅力に目覚め、友人に各地の名所やそれにまつわる歴史、逸話を紹介しているうち、必要にかられて写真の撮影を始める。
SNSなどで公開していた作品が出版社などの目に止まり、書籍や観光誌の写真担当に起用されることになる。
最近は写真撮影に加えて、撮影技法や京都の歴史などに関する講演会やコラム提供も行っている。

主な実績
京都観光Navi(京都市観光協会公式HP) 「京都四大行事」コーナー ほか
しかけにときめく「京都名庭園」(著者 烏賀陽百合 誠文堂新光社)
しかけに感動する「京都名庭園」(同上)
いちどは行ってみたい京都「絶景庭園」(著者 烏賀陽百合 光文社知恵の森文庫)
阪急電鉄 車内紙「TOKK」2018年11月15日号 表紙 他
京都の中のドイツ 青地伯水編 春風社
ほか、雑誌、書籍、ホームページへの写真提供多数。

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京都の風景と祭事を中心に、その伝統と文化を捉えるべく撮影している。
やすらい祭の学区に生まれ、葵祭の学区に育つ。
いちど京都を出たことで地元の魅力に目覚め、友人に各地の名所やそれにまつわる歴史、逸話を紹介しているうち、必要にかられて写真の撮影を始める。
SNSなどで公開していた作品が出版社などの目に止まり、書籍や観光誌の写真担当に起用されることになる。
最近は写真撮影に加えて、撮影技法や京都の歴史などに関する講演会やコラム提供も行っている。

主な実績
京都観光Navi(京都市観光協会公式HP) 「京都四大行事」コーナー ほか
しかけにときめく「京都名庭園」(著者 烏賀陽百合 誠文堂新光社)
しかけに感動する「京都名庭園」(同上)
いちどは行ってみたい京都「絶景庭園」(著者 烏賀陽百合 光文社知恵の森文庫)
阪急電鉄 車内紙「TOKK」2018年11月15日号 表紙 他
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