いつから着物が好きだったかは覚えていないが、遅くとも小学校低学年のときには、うっすらと憧れを持っていたように思う。そして「着物はとても高価だ」とか「着るのに手間がかかる」ということもなんとなく知っていたので、そのままずるずる大学卒業まで、祭りのときに浴衣を着てみる以外に何もしなかった。晴れて社会人になり、私は関西ローカルチェーンの呉服店に就職した。着物を着る機会が増えるかと思いきや、全然そんなことはなく、自分の店以外で着物を着た回数は皆無である。そして、呉服店を辞め、京都に越してきた今――着てる。めちゃめちゃ着てる。お祭りやイベントが無くても「ちょっとおでかけ」程度のことで気軽に着物を着るようになった。

すなわち、私が着物を実際に「着る」ようになったきっかけは「京都に引っ越した」ということなのである。では、なぜよその街では着物を着る気になれず、京都ではバンバン着られているのか。その点について、今回は掘り下げていきたい。

理由①着物を着ている人がたくさんいる

自前・レンタル問わず、京都には着物を着て歩いている人が本当にたくさんいる。観光地はレンタル着物でキャッキャする人で溢れているし、四条通を散策すれば着物姿の人と多くすれ違う。街中でなくても、着物を着ている人をちらほら見かける。これは、地元青森をはじめ、他にいくつか住んできた街ではあり得ないことである。

PRINCESS PRINCESSの歌で『好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ~♪』という歌詞があったが、他の人があまり着ていないような服を着るのは、けっこう勇気が要ることだ。また、前職で販促のため浴衣を着て出勤したときは、近所のおばあちゃんに「お祭りですか?」と聞かれたりした。つまり、「浴衣=お祭りのときに着るもの=平時に着るものではない」という認識がある、ということである。ささっと着れる浴衣でさえこうなのだから、況や着物においてをや、である。行事でもないのに着物で出歩けるような雰囲気ではなかった。

私も今では着物で出かけるのに何の抵抗もないが、まだ着慣れないうちは着付けに自信もなかったし、とにかく必要以上に目立ってしまうのが嫌だった。その点京都は、前述のように着物姿が街にあふれているので、多少変な着方でも周囲に紛れられるかな、と思えて、最初の一歩が踏み出しやすかった。

 

理由②中古着物の入手先がたくさんある

着物は、新品を買うとかなり高くつく。一着の着物を作るためにかかる手間や関わる人の多さを考えると法外な額というわけではないのだが、着物と帯合わせて数十~数百万円、というのをポンポン買える人というのはそんなにいない。(ポンポン買える人はぜひ買ってほしい。やっぱり自分のサイズで仕立てるのが一番着やすいし、今のセンスで作られるものは今の時代を生きる消費者にとってグッとくるものが多い)

反面、中古となるとその値段はガクッと落ちる。かなり状態のいいものも数万円で買えるし、ちょっと古さが感じられるものだと数千円、シミがあったりすると場合によっては数百円で買えたりする。京都には中古の着物屋さんが本当に多くて、私が行ったことがあるところだけでも10件弱ある。また、毎月21日の弘法市(東寺)、25日の天神市(北野天満宮)にも、中古着物の出店がたくさん出る。中古の安価な着物にアクセスしやすいので、気軽に買って、気軽に着ることができている。ちなみにこの写真の着物と羽織は、堀川中立売を少し西入った所の某お店で、それぞれ500円で買ったものである。買い物上手でしょ。うふふ。

理由③他人の服装にとやかく言う人が少ない

これは、もしかしたら私が京都で生まれ育っておらず知り合いが少ないことや、私がまだ若いことによるのかもしれないが、着物を着ていてじろじろ見られたり、何か嫌なことを言われたことが全くない。Twitterなどではよく「着物警察(ちょっと着物に詳しいばかりに、他人の着方が『間違っている』と口出し、あるいは勝手に直したりする人のこと)」の話題が上がり、たいそう恐れられているが、私は今のところ遭遇したことがない。もしこの記事をご覧の方の中で「我こそは京都の着物警察」という方がいらしたら、悪いことは言わない、本当に恐れられているので、口に出すのは誉め言葉だけにしてほしい。

着物に限らず、京都には、ちょっと個性的な恰好をしている人が多い気がする。もしかしたら、京都には写真映えするスポットがあまりにも多いので、ちょっとしたコスプレ撮影をしに来る人がたくさんいるのかもしれない。そんな人たちを見ていると、そうだよね、好きな服着たらいいんだよね、私も着ちゃお!という気になって、いつのまにか自分も着物やら何やら着ておでかけしているのである。

夫が着物を始めた日

最後に、浴衣も着たことがないところから、京都で着物ライフを始めた人の具体例として、私の夫の話をしようと思う。

昨年、2021年の夏のことである。たしか7月の天神市に、夫と二人で出かけた。私は自分用の浴衣を(もうたくさん持っているのに)物色したかったのはもちろんのこと、どうにかして夫に夫用の浴衣を買わせようと企んでいた。二人でおでかけするとき、自分は浴衣、夫は洋服でも別に構わないが、どうせなら二人で浴衣を着たいな、というのが女心である。そこで、着物屋さんの出店をあちこちのぞきながら、「わ~この浴衣かわいい!あ、このへん男物だよ。あなたこういうの似合うと思うんだけどどう?ねえねえ」などと言って男物の浴衣を見せ、反応を見てみるのだが、「微妙」「普通すぎる」「心ひかれない」と、色よい返事がもらえないことが続いた。

天神市には毎回けっこうな数の着物屋さんが出店しているが、それでも店の数には限りがある。洋服もちょっと変わったものばかり着たがる夫が、浴衣選びにおいても個性派を求めることは掴めたが、今回の天神市でそういう浴衣を見つけるのは無理かもな、とあきらめかけたとき、とある店に吊るしてあった、きれいな赤い浴衣が目にとまった。いい色だな、どんな柄かな、と思ってしげしげと見ていると、ちょっと離れていた所にいた夫が「それいいじゃん!!!」と言ってすっ飛んできた。マジか。これに食いつくとは。いやこれ女物だから…と思って店の人に確認すると、なんと男物だという。自分が着たいと思って見ていた浴衣が一瞬で夫の大本命になった衝撃で頭がクラクラしたが、この機を逃すわけにはいかない。店の人に言って試着させてもらうことにした。とはいえ、女物かと思うような色である。夫に似合うのか。心配しつつ、嬉々として浴衣を羽織る夫を見守った。

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きものライター
千賀 佳織

青森県出身。母の実家が小さい呉服店であったことから、幼少期よりなんとなく着物に興味をもつ。実家が裕福でなく、実際に着物を着る機会はほとんどなかったため、着物愛をこじらせて、新卒で関西ローカルチェーンの呉服店に就職。仕事自体は楽しかったものの、理想と現実のギャップに悩んで心を病み、一年で退職。その後は京都に移り住み、自由気ままに着物と触れ合う日々を送っている。

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|きものライター|着物/移住/天神市

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