▲菊茶は乾燥した菊の花を抽出します

▲菊茶は乾燥した菊の花を抽出します

菊関係以外の行事もご紹介

さて、ここまでは菊にまつわる行事でしたが、ここからはそれ以外の行事について説明していきましょう。ごく普通の「やってもええかな」というものから、「こんなことするの?!」レベルのものまで並べてみました。
 

⑤栗を食べる

④は飲食の「飲」の行事でしたが、今度は「食」のほうです。「え、栗を食べるってのも重陽の節句の行事なん?」と不思議に思う方もやはるかもしれませんが、ちゃんと昔の書物にいくつも書かれてるんですよ~(注6)昔から節句行事として栗を食べることがあったとは嬉しいですよね。菊は飲む行事に使うので、食べるものがあるといいなぁと素直に思います。栗の黄色は実りの色、秋には似つかわしい食べ物です。これは是非とも9月9日にやってみたいですね。

 

⑥おひなさまを飾る?

またとんでもないものが出てきましたね。おひなさまって言うたら3月3日の桃の節句ですが、それをまた出してくるっていうのです。有職京人形司の大橋弌峰さんによると、雛人形は3月3日だけではなく、「後の雛(のちのひな)」といって江戸時代には重陽の節句にも飾っていたそうです(注7)。虫干しの意味もあったんでしょうかね。

▲長寿を願う「百歳雛」(2021年上京区役所ロビー展示・大橋弌峰作)

▲長寿を願う「百歳雛」(2021年上京区役所ロビー展示・大橋弌峰作)

⑦茱萸(しゅゆ)袋を身に着けて高いところに登る!

重陽の節句の起源のところで出てきたお話の中に、茱萸袋を身に着け、山に登って菊酒を飲むっていうのがありましたね。山に登ったのは物理的に災難を避けるためのようですが、そこで菊酒まで飲んでしまうんですねぇ。とっても陽気な解決法やけど、よさそうなことはなんでもやってしまう、というところでしょうか。そしてもうひとつ出てきた「茱萸袋」、これはどんなものか知ったはりますか?袋には茱萸(ぐみ・しゅゆ)と呼ばれる赤い実が入っていて、薬草にも使われる茱萸が邪気を避けると考えられました(注8)。京都でも茱萸袋は複数の寺社で授与されています。それにしても重陽の節句の行事の中にハイキングが入っていたとは思いもよりませんでした。

▲嵐山法輪寺で授与される茱萸袋

▲嵐山法輪寺で授与される茱萸袋

こんなふうに、重陽の節句にはたくさんの行事が行われてきました。この中でご存じの行事はあったでしょうか?

 

重陽の節句をやらないようになった理由(わけ)

さて、五節句とは文字通り5つの節句なので、間違いなく「重陽の節句」も入っていますが、この「重陽の節句」だけはあんまり聞かへんなぁと思う人は多いでしょう。まだ京都では、華道や茶道、神社仏閣の行事としては行われているところは少なくないです。でもごく一般の暮らしの中で目にすることは無く、最初にも書きましたが9月の節句と聞かれても、ほとんどの人は首をかしげてしまいます。

実際うちの家でも、この重陽の節句だけは全く何にもやってませんでした。菊酒を飲もうにも私の家は家族全員お酒が飲めず、また優雅に菊の花を育てることもなかったので関心がなかったのかな、とは思いますが。でも他のお家でも重陽の節句をやったはるところは見たことないのです。こんなにたくさんの行事があったにも関わらず、です。どうしてなんでしょう?

それではちょっと難しいですが、この疑問をチェックにしてみましょう。

 

京都人度チェック 「重陽の節句」はなんで知られなくなってしまったんでしょう?

名前すら知らん人が増えた重陽の節句ですが、これには菊の花に原因があるように思います。その中でも特に注目すべき5つの点で説明してみましょう。大きなポイントだけでも5つもカウントできるって、行うのにどれだけ壁があるんでしょうね。たくさんの理由があることが、この節句の影の薄さを表しているような気もします。ではさっそく1つ目から。

1つ目は菊の咲く「時期」です。重陽の節句は他の節句と比べて、菊という「花をメインとする」イメージが強い節句。なので、菊が咲いている時期に行事が行われるはずなんですよね。先に「重陽の節句」と「菊の咲く時期」の関係を頭の隅に留めといてください、と書いたかと思うのですが、問題はここなんですよ。そう、古来から菊はいつ咲く花やったか?ということ。

調べてみると、菊は大体10月半ばから11月にかけて見頃になるようです。そしたら「なんで今菊の咲いてへん9月にこの節句があるのか」というと、アレです、ほとんどの行事の時に言うてるような気がしますが、「新暦」と「旧暦」の違いですね。今は新暦の9月9日に行いますが、「旧暦の9月9日」というのは新暦でいうと10月のうちのどこかにあって、ひと月からひと月半くらい後になってしまうのです。9月の初めいうたら今はまだまだ夏気分で、とても菊が咲く季節とは思えません。10月の終わりごろに盛りになるので、大阪の某遊園地で行われる菊人形展もこのころ始まります。つまり、新暦になって「重陽の節句」が本来菊が咲く時期とは全く違う時に行われるようになってしまったんですね。これはお花がメインの行事にとっては不幸なことでした。

でもみなさんこの時思わはりませんでしたか?

「あれ?菊って1年中あるやん。9月に無いわけやないのやし、それでやったらええやん!」

もちろんそうなんですよ。そうなんですが、それがかえって良うない結果を生んだんです。まず、年がら年中咲いてることで、「菊ていうたら秋(晩秋)」ていう季節感が消えてしもたんです。しかし例えば、「桃の節句」と呼ばれるひなまつりの桃の花も、実は3月3日よりもっと後に咲くので、本来やったら花が咲く時期がずれていて違和感があったはず。そやけどひなまつりの場合、メインはお雛さんを飾ることであって桃の花を愛でることやない。なのでひなまつりが桃の季節がどうか、があんまり意識されず問題にならへんかったのです。でも重陽の節句は菊がメイン。なんというてもこの季節感のずれが、行事を廃れさせてしもたんやと感じています。

また2つ目の理由は菊の「イメージ」から来ています。古来より重陽の節句に限らず、宮中では菊を愛でることが多かった。皇室の紋も「十六菊」で、昔は皇室しかこの紋を使えへんかったことからも、菊に高貴なイメージを持っていたことがよくわかりますね。そやけど残念なことに、今一番よく菊を使うシーンによって、イメージが少し変わってしもたような気がするのです。一番よく使う、一番よく見るのはどこですか…?はい、そうですね、お葬式の祭壇です。これが随分と影響したのとちゃうかなと思います。ネット検索でちょっと調べていただいたらわかるのですが、祭壇に菊が使われるようになったのは、故人に対しての敬意をもって高貴な花を使った、という説が一般的です。そやけどこれが結果的に「菊=お葬式の花」というイメージを植え付けてしまいました。こうなると長寿を願うという行事に使うのにちょっと違和感が出てくる。「高貴」イメージの花やっただけに、菊にしたら本当に迷惑な話です。

そして3つ目の理由は、菊が長寿を願う行事に使われる「理由」が知られんようになった、ということです。最初に説明した中国の伝説「菊慈童」の話を知っている人が多かった時代には、菊は「長寿アイテム」やったのです。とにかく菊に関係あることやっといたら長生きできる、と、一般の方も考えてたんですね。菊の薬効もきっと知ったはったでしょう。

さらに4つ目の理由は、9月には重陽の節句に似た行事が2つもあるということです。第一に「敬老の日」。「長寿」のイメージから、私は最初、敬老の日は重陽の節句から生まれたのかなと思ってました。でも、敬老の日は昭和22年(1947年)9月15日に兵庫県で生まれた祝日なので関係はありません。そやけど長寿を祝うというイメージは同じですし、とても紛らわしいですよね。

また、第二にはお月見があります。9月のイベントは?と聞かれて一番多い答えが「中秋の名月」やそうです。旧暦8月15日、新暦でいうと9月半ばから10月にかけてなので、まさに秋たけなわに向かう9月の行事の代表です。秋になったら空気が澄んでお月さまが見えやすくなります。重陽の節句と同じく視覚に訴える行事で季節感もあり、自然を愛でる年中行事としては、なんとなく似た雰囲気を醸し出しているようです。お月見には「菊酒」ならぬ「月見酒」っていうものもありますしねぇ。それにちょっと言葉の音の感覚も関係してるのと違うかなと思うことがあります。「中秋の名月」と「重陽の節句」、なんか似てません?そんなふうに思うの私だけでしょうかね??そんな2つの雰囲気が似た行事があるために、「重陽の節句」は存在感を無くしていったのではと考えます。

▲お月見と重陽の節句は何となく似ている。

▲お月見と重陽の節句は何となく似ている。

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この記事を書いたKLKライター

鳴橋庵 店主・京都上京KOTO-継の会 会長
鳴橋 明美

 
上京の、形になりにくい文化(お祭・京都のおかず・伝統工芸・京ことば)の継承のお手伝いをする「京都上京KOTO-継の会」会長。
「鳴橋庵」店主。
「能舞台フェスタ in 今宮御旅所」実行委員会会長。

組紐とお抹茶体験を鳴橋庵店舗にて行っております。
合間合間に京都のお話を挟みつつ、楽しく体験していただけます。
お申込みは「鳴橋庵」HPまで。

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