「ろうそく」と聞くとなにを思い浮かべますか?
誕生日。
部屋の照明が突然消えて、ハッピーバースデーの歌と共にケーキが登場。年の数だけ灯されたキャンドル。蝋が垂れてケーキに付かないかヒヤヒヤしながら吹き消したのも良い思い出…。
結婚式。
私がウェディング業界にいた頃は、お色直しをして会場に再入場するときの定番の演出がキャンドルサービスでした。ゲストテーブルに火を灯しながらまわって、クライマックスにメインキャンドルに点灯…。
クリスマス。
学生時代、友人たちとのクリスマスパーティー。ムードを盛り上げようとキャンドルを灯したら、それはアロマキャンドル。部屋いっぱいに強い香りが広がって、食事の邪魔になってしまったというオチ。食卓では、香りのないキャンドルを選ぶ方が無難ですよ…。
西洋のロウソク 日本のろうそく
今、紹介したエピソードはどれもキャンドル=洋ロウソクのお話。クリスマスやハロウィンなどの欧米から入って来たイベントでイメージされるろうそくは洋ロウソクだと思います。
では、日本のろうそく、和ろうそくってどんなものでしょう。
洋ロウソクとの大きな違いはその材料。洋ロウソクは石油由来のパラフィン蝋が使われています。火力も強く、細い糸の芯で十分に灯ります。
対して、和ろうそくの多くは、ウルシ科の樹木「ハゼ(櫨)」の実から作られた木蝋(もくろう)から出来ています。芯は太く、風で消えにくいのが特徴です。
奈良時代に仏教と共に日本に伝わったろうそくは、ミツバチの分泌物で出来た蜜蝋。(だから蝋の漢字は虫へんなんだそう)その後、材料を松脂、そしてハゼやうるしへ変えて作られてきましたが、非常に貴重なものなので使うのは宮中や上級武家、豪商ぐらいで、庶民は菜種油のあかりなどで過ごしてきました。
そんな折、明治維新後のガス灯や電灯の登場で照明自体が変化し、さらに海外から入ってきた洋ロウソク製造の技術は短時間で大量生産ができ、安価なことから一気に広まり、和ろうそくの需要は次第に減少。大本山が多くある京都でも、現在ろうそくを製造されているのは4件のみ。全国で見ても、ろうそく職人は10件ほどまでに減ってきています。
和と洋のろうそくの違いをもう一つ。
先出の通り、パラフィン蝋製の洋ロウソクはその反面、煙に石油由来の油分が含まれることから、お仏壇や仏像に付いたススを取るには洗剤を使わないとキレイにならず、結果うるしや金箔がその洗剤によってはがれてしまうんだそう。そうなると高額な資金を投入して修復作業をしないと元に戻りません。
その点、和ろうそくに使われているものはすべて植物由来の原料のため煙の量は少なく、たとえ汚れても水洗いで楽に取れるというメリットがあり、和ろうそくを使うことが、お寺に受け継がれている貴重な文化財を守ることになるんだそう。
ろうそくが出来るまで
かつて、九州や中国・四国地方はハゼの一大産地でした。室町時代に琉球から入ってきたハゼは江戸時代には温暖な地域の藩は盛んに植林し、蝋を生成して藩の収入にしていました。その流れで九州では近年まで多く栽培されていましたが、平成のはじめに起こった長崎県雲仙普賢岳の噴火による大火砕流でハゼは壊滅状態に。現在栽培されているのは災害後かろうじて残った長崎島原のもの、そして福岡や愛媛、和歌山などの数件の農家さんと、近年、産官学連携でスタートした京都市京北で試験的に栽培されています。
ハゼの収穫時期は冬。“ちぎり子”さんによって実が収穫された後、ウルシの仲間であることから、かぶれる成分を抜くため1年ほど貯蔵します。時期が来たら製蝋所で実砕き、蒸した後、圧力を掛け油脂を抽出し固めると緑色がかった木蝋(生蝋・しょうろうとも)となります。この生蝋をさらに熱する+天日干しを約3ヶ月間くり返しすると蝋は白くなり、白蝋(はくろう)となります。生蝋、白蝋共に納品先のろうそく店で、再度溶かしてろうそくに仕上げられます。
ろうそくの成形
①芯を巻く…和ろうそくの芯は、畳表の材料でもある藺草(いぐさ)の皮を剥くと出てくる「髄(ずい)」で出来ています。竹串に和紙を巻き、その上から髄を隙間なく巻いて真綿の繊維を絡めて止めます。専門の芯屋さんは奈良県の1件だけ。
②下地づくり…桜の木で出来た型に芯を刺し、熱して溶かした生蝋を流し込んで、固まり次第型から出し、形を整えます。
③清浄生掛け(しょうじょうきがけ)…白蝋を下地の上に塗ります。小さなろうそくなら右手で竹串を数本持って前後に転がしながら、左手で溶かした蝋を塗っていきます。
④朱掛け…宗派によって法要などに使われる朱ろうそくは、木型でつくられた下地に赤く着色した蝋を杓で掛けて塗られます。
⑤白、赤のろうそく共に冷まして固まった後、竹串からはずされ、形を整え完成です。
また、余談ながら申しますと、ハゼから作られた蝋は和ろうそくの他にクレヨン、家具や革製品のつや出し、力士の髪を結う鬢付け油としても使われています。
新しいろうそくの文化
和ろうそくの業界も需要減少をじっと見つめているだけではありませんよ。
和ろうそくにお花の絵が描かれた「絵ろうそく」。
元々絵ろうそくは東北や北陸など雪深い地域の文化。お仏壇にお供えするお花がない冬に、それに代えて、花の絵が描かれた絵ろうそくをお供えしていました。また、豪華な絵が描かれたものは江戸の将軍への献上品としても使われていたんだそう。
その絵ろうそくを京都の和ろうそくにも取り入れ、専門の絵師さんが描かれた絵ろうそくはインテリアとして飾りたいと海外からのお客様にも人気だとか。
私もこれまでのテーブルコーディネートの提案に使ってきました。
食卓にろうそくをコーディネート。高さが出て、空間が引き締まるのでコーディネートには重要なアイテムです。
ホテルの印象的なお風呂に蓮の絵が描かれたろうそくを飾り、蓮池に見立てています。
近年には、和ろうそくの特性の自然に起こる炎のゆらぎに注目し、ゆらぎを眺めつつ瞑想するという新しい和ろうそくの魅力が生まれています。
このように新しい文化や産業を生み出し、和ろうそくを手に取ってもらう機会を増やしていかないと、原材料や道具の枯渇、それに関わる人の確保が難しくなるなどの危機が迫っていると聞きます。もちろん、それは和ろうそくだけでなく伝統産業全体に言えること。
数々の問題を提起し、関心を持ってもらい、暮らしへの取り入れ方を提案する…伝統産業の「作り手」と「売り手」をつなぐ「つなぎ手」として、私たち『おきにのうつわ』の伝活は続きます。
ハゼの話やろうそく製作の工程など「中村ローソク」田川広一さんにご教授いただきました。