さて、芸道として発展しなかった貝覆いの遊びですが、江戸時代に、再び遊ばれたことが文献でわかります。後宮で働く女房たちの日記「お湯殿の上の日記」には貝覆いで遊んだという記載が見られるようになるのです。そして詳しい遊び方が記された本も見られます。中でも大枝流芳著の貝に関する本「貝尽浦の錦」(1751)の中の「貝蓋紀(かひおほひのき)」には貝覆い遊びの解説が書かれており、今後、貝覆いのルールを固めてゆくための資料として貴重なものだと思っています。私も後の世のために貝覆いについて調べたことはまとめて書いておこうと思います。

醒ヶ井住吉神社 御祈祷の様子

醒ヶ井住吉神社 御祈祷の様子

睦月の楽しみ

1月の京都の町は神社やお寺での行事も盛んで、また清々しいものです。京都では1月15日までが松の内でお正月ですから、1月7日までが松の内である関東に比べるとのんびりしています。我が家では近年、ご縁があり下京区の醒ケ井住吉神社へお参りするようになりました。醒ケ井住吉神社は小さなお社ですが由緒は大変古く、平安時代後期に、後白河天皇の勅旨を受け、和歌の守護神として摂津国住吉大社より藤原俊成卿の邸宅に勧請された新住吉社を起源としている神社です。後白河天皇は今回ご紹介した「蹴聖」藤原成通の主君であり、後白河法皇自身も蹴鞠の名人であったと言われています。とも藤では毎年、蛤の貝殻と共にこちらの神社でご祈祷、お祓いをしていただいています。

醒ヶ井住吉神社 宝船図

醒ヶ井住吉神社 宝船図

また自宅のリビングには醒ケ井住吉神社に伝わる「宝船図」を懸け、その年の干支の飾り物をし1年の無事をお祈りしています。この神社へお参りすると平安時代後期の後白河院の頃の華やかな時代に思いを馳せずにいられません。煌びやかな装束姿の公達の睦まじい様子、蛤貝で遊ぶ姫たちの楽しげな姿、蹴鞠の掛け声などがどこからか聞こえてきそうです。

醒ヶ井住吉神社 由緒がき

醒ヶ井住吉神社 由緒がき

参考資料
『大阪商業大学アミューズメント産業研究所紀要 第9号より 貝合わせと貝覆い』
高橋浩徳 著
蹴鞠の研究 公家鞠の成立 渡辺融 桑山浩然著 東京大学出版会
中世蹴鞠史の研究 鞠会を中心に 稲垣弘明著 思文閣出版
日本の蹴鞠 池 修著 光村推古書院
談山神社の飾蹴鞠と骨董の貝覆い蛤貝殻 とも藤所有
醒ヶ井住吉神社 由緒がき
醒ヶ井住吉神社 ご祈祷の様子
醒ヶ井住吉神社 宝船図
貝尽浦の錦 2巻 貝蓋紀 大枝流芳 (国立国会図書館デジタルコレクション)
東海道之内京 大内蹴鞠之遊覧 歌川芳盛(国立国会図書館デジタルコレクション)
千代田之御表 蹴鞠 楊洲周延(国立国会図書館デジタルコレクション)
千代田の大奥 かるた 楊洲周延 (国立国会図書館デジタルコレクション)


*醒ヶ井住吉神社に画像の使用を許可していただいています。
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この記事を書いたKLKライター

とも藤 代表
佐藤 朋子

京都市中京区の呉服店の長女として生まれ、生粋の京都人である祖母や祖母の叔母の影響をうけながら育つ。通園していた保育園が浄土宗系のお寺であったことから幼少期に法然上人の生涯を絵本などで学び始め、平安時代後期の歴史、文化に強い関心を抱くようになる。その後、浄土宗系の女子中学高等学校へ進学。2003年に画家の佐藤潤と結婚。動植物の保護、日本文化の発信を共に行なってきた。和の伝統文化にも親しみ長唄の稽古を続けており、歌舞伎などの観劇、寺社への参拝、院政期の歴史考察などを趣味にしていたが、2017年、日向産の蛤の貝殻と出会い、貝合わせと貝覆いの魅力を伝える活動を始める。国産蛤の⾙殻の仕⼊れ、洗浄、蛤の⾙殻を使⽤した⼯芸品の企画販売、蛤の⾙殻の卸、⼩売、⾙合わせ(⾙覆い)遊びの普及を⾏なっている。

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|とも藤 代表|貝合わせ/貝覆い/京文化

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