④総裏を打つ…一枚物になった掛軸の裏に、補強のためにさらに和紙を打ちます。一晩乾燥させたあと全体に霧吹きをして、仮張りと言われる板に表向きに貼り、約10日立てて乾かします(表張り)。乾燥後、竹べらで剥がして裏向けにし、巻きやすくするためにイボタ蝋をすり込みます。次に渦状にした数珠を転がし裏面をこすります。これを行うことで掛軸にしなやかさを加え、長持ちさせます(裏摺り)。その後さらに仮張りに貼り、1ヶ月ほど乾燥させます(裏張り)。

⑤巻くときに芯になる軸棒、軸先や掛ける際に使う紐などを付けて、完成。
(道具・工程の写真 すべて藤井好文堂提供)

表装で最も重要なことは、本紙を引き立てること。掛軸を見た方から「良い表装ですね」といった言葉が出でしまったらそれは、本紙以上に表装が目立ってしまっていることなんだそう。裂や紙を選ぶ際には、本紙の作者の生きざまや作品に込められたストーリー、その時代の背景などをよく理解してから取りかかることが重要だと言われます。

はじめに紹介したご先祖様の掛軸。経年劣化で表装がかなり痛んでしまい、数年前に表具師さんに仕立て直していただきました。依頼時に、掛軸にまつわるお話を詳しく尋ねてくださり、その時は何も思わず質問に対して答えているだけでした。

後日、お直しできた掛軸を見せていただくと、落ち着いた緑色で格式高い雰囲気に。中回しの部分には吉祥文様の宝づくしの地模様が入った裂を合わせてありました。

これは、依頼時に何気なく話した『お正月に飾る』と話したキーワードを元に、お祀りするものでありながら、ほんの少しおめでたさ、華やかさを加味した取り合わせをしてくださったんだとわかり、とても驚いたのと共に、表具師さんのお仕事に向かい合うお姿やお人柄に心の底から感動しました。
この経験はうつわや工芸品を魅せるコーディネーターとしても、とてもとても背筋が伸びるものでした。
 

床の間だけじゃない、掛軸

掛軸は床の間に掛けられることが多いと思いますが、近年床の間や、和室がないお家が増えてきています。そうなると、掛軸を掛ける機会も少なくなくなり業界として厳しくなって行くのではと聞いたところ、そうではないと言う答えが返ってきました。

床の間は、室町時代の書院造りの建物から生まれたもので、掛軸はそれよりも前から使われていたもの。と言うことは〈床の間≠掛軸〉、床の間以外でも飾って楽しめるものだと、例えば、玄関に季節の掛軸と小物を合わせてみたり、階段のスペースやリビングの壁面など、飾り方も場所も、それに本紙や裂なども、もっともっと自由に楽しんでいいのかもしれませんね。

階段に吊された掛軸には思い出の写真が飾られています

階段に吊された掛軸には思い出の写真が飾られています

(藤井好文堂提供)

私も以前にお月見をテーマにしたテーブルコーディネートに掛軸を使わせていただきました。こんな風にダイニングの一角に季節の掛軸を掛けるのもいいですよね。

掛軸(藤井好文堂作)とテーブルコーディネートのコラボ展示

掛軸(藤井好文堂作)とテーブルコーディネートのコラボ展示

(京都陶磁器協同組合連合会主催:琳派400年記念 京都テーブルウエアコレクション)

本紙の代わりに写真や絵はがきを気軽に飾ったり、裂も海外産のものを使って和洋取り混ぜた雰囲気に、気軽に飾り変えてほしいと若手を中心に業界でも様々な掛軸を発信されています。

参照文献
京都伝統工芸協議会. (2022). 京表具. 参照先: 京都伝統工芸協議会ホームページ.
京表具協同組合連合会. (2010). 表具の事典. 京表具協同組合連合会.
藤井弘之監修. (2019). 表装上達レッスン 掛軸作品の魅力を引き立てるコツ.

京表具の製作工程、取り組みなど「藤井好文堂」藤井弘之さんにご教授いただきました。
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この記事を書いたKLKライター

おきにのうつわ
食空間コーディネーター 工芸品ディレクター
三谷 靖代

京都生まれ。祖父の代まで染屋を営み、親戚一同“糸へん”の仕事にたずさわる環境で育ち、学生時代はファッションを学び、ウェディング業界へ就職。そこで出会ったテーブルコーディネートに感銘を受け、後に食空間コーディネーターとして起業。京都の伝統産業の産地支援や、五節句や年中行事など生活文化を次世代に伝える活動を行っています。京焼・清水焼の卸売をする夫と夫婦ユニット「おきにのうつわ」を結成して、京焼・清水焼の魅力の発信や講演、展示会プロデュース、また陶磁器以外の伝統産業品のPRや観光業とのコラボなども手がけています。近年スタートさせた「伝活」では実際に京都の伝統産業品を愛でたり、使っている様子をSNSで紹介。
特非)五節句文化アカデミア 理事

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