女の子の成長を祈って飾られるひな人形。京都では旧暦に合わせて4月まで飾られることも多いのですが、ひな壇を片付けると、今度は男の子のお祝い、端午の節句に向けて五月人形が飾られます。
我が家も、ひな人形を片付けたらすぐに五月人形を出す習慣があり、できるだけ毎年飾っています。(近年は忙しさにかまけて出せなかったときもありますが…)
年に一回のことですから、飾り方がわからなくなって写真を見ながら、あれやこれやと言いながら飾るのも恒例行事。
季節の節目ごとに厄を祓い、子どもの成長を祝う、また長寿を祈る行事は中国から伝わり、奈良時代には宮中で行われていた記録があります。鎌倉時代以降、武士が台頭してくると武家でも行われるようになり、江戸時代には“五節句”として幕府により祝日に制定されると武家だけでなく庶民にも広がり、現代にも伝わっています。
五節句は1月7日の七草粥を食べる「人日(じんじつ)の節句」、3月3日のひなまつり「上巳(じょうし)の節句」、こどもの日でもある5月5日の「端午の節句」、7月7日、笹に願い事の短冊を吊す「七夕の節句」、今ではなじみが少なくなった9月9日の菊の節句「重陽(ちょうよう)の節句」があります。
かつて子どもが誕生すると贈られた厄除けの身代わりの人形が、やがてひな人形へ変化していきます。人形作りは都で栄え、御所人形、市松人形、浮世人形などが作られてきました。現在それらは「京人形」としてカテゴライズされています。今回は京人形の中で、まもなく迎える端午の節句に飾る、京甲冑について紹介したいと思います。
元々は女性のお節句!?
端午とは5月はじめ(端)の午の日のこと。旧暦5月は梅雨の時期で湿度も高く、過酷な夏を控えていることから悪月とされ、邪気を祓うために、中国では、野山で菖蒲、ヨモギなどの薬草を頭に挿したり、蘭を入れて淋浴したり、五色の糸をひじにかけたりして災いから身を守ろうとしていました。その習俗が日本へ伝わってきた奈良時代以降、菖蒲を酒に浸けて飲む菖蒲酒、軒先に菖蒲を飾る軒菖蒲、お風呂に入れる菖蒲湯や、薬草で作った薬玉を几帳に掛け、その香りで邪気を祓っていました。
また、この時期は豊作を願う田植えの時期でもありました。田植えをする女性は菖蒲やヨモギで葺いた家にこもって禊ぎを行い、神様を田んぼへお迎えしたとも伝えられます。このことから、この節句は元々女性のための節句だったと言われています。
中世以降、武家の勢力が拡大してくると、菖蒲=尚武(しょうぶ・武道を重んずること)の音に通じる事から、節句には菖蒲で作った兜や刀を子供達が身に付け、印地打ち(いんじうち・石合戦のこと)を行うなど、徐々に男の子の行事へと変化していきました。菖蒲で作った人形などを屋外で飾られていたことからこれが変化し、江戸時代には屋内で武者人形や、武具などが飾られるようになりました。
京甲冑の工程
甲冑の製造は全国でされていますが、特に盛んなのは東京と京都。それぞれで作られた甲冑を「江戸甲冑」、「京甲冑」と言われています。
「江戸甲冑」は武家社会で実際に身につけてきた甲冑の技術を元に作られたもの。華美な装飾は控えられ、落ち着いた重厚感があるのが特徴です。国宝や重要文化財などに指定されている甲冑をモデルにして作られているものがほとんどを占めています。
「京甲冑」は貴族社会で培われてきた、儀礼的な細工が施された煌びやかな印象です。金属工芸・西陣織・漆・金箔・組紐・木工等の伝統工芸が集結した鑑賞用の甲冑です。
その、京甲冑の製作に使用される部品の数はなんと1000近くにも!専門分野の職人さんの技術が結集され、最終的に甲冑師により組み立てられ仕上げられます。
京甲冑づくりの主な工程(主に甲冑師の作業工程)
① 鍬形(くわがた)の作成
兜の象徴でもある、上に突き出た2本の「鍬形」は、真鍮の板に鏨(たがね)で鳥毛文様を打ち付けられた後、形に切り出され、切り口を丁寧にヤスリ掛けして鍍金(めっき)が施されます。
② 合わせ鉢作り
兜の頭頂部に当たる「合わせ鉢」は短冊状の金属の板を型に当てながら、小さな金槌で曲線を付けていき、半球状になるように並べ、穴にピンを差し込んで固定していきます(カシメ加工)。形成後、飾り金具や鋲などを付けて装飾します。
③ 箔押し
1領の甲冑(甲冑の単位は1領、2領と数えられます)に使われる小札(こざね)と言われる波形の金属板は百にも渡ります。塗師が小札にうるしを塗り、箔押し師が金箔を貼り、再び塗師により漆が塗られ飴色の白檀塗りで仕上げられていきます。またデザインにより銀や黒などの小札もあります。
④ 飾り金具
原型を元に、電気鋳造(電気化学反応を利用した鋳造方法)で銅製の複製品が作られます。手間がかかる方法ですが、精密な文様が再現されるんだそう。兜の縁や吹返しの部分、鎧の袖の部分などに付けられます。
⑤ 縅(おどし)
箔押しされた小札に正絹平打ち紐で綴って編み上げて行きます。この時、紐の通し方や力加減次第で甲冑の形状や美しさが変わってくるので、最も神経をつかうところだそう。
⑥ 小道具類
甲冑を飾る時に支える「芯木(しんぎ)」や、常は兜を納めて、飾るときには台になる「唐櫃(からびつ)」なども製作。
⑦ 仕上げ
専門の職人さんにより仕上がってきたパーツを組み立て、バランス良く仕上げる最終工程です。長年の技術を持ってしても、組上がった後には全体を眺めて、何度も何度も調整を重ねるんだそう。
良いバランスで出来たときには「良しっ」と、心の中でガッツポーズ。
兜飾りの新しい提案
近年では、甲冑飾りを端午の節句だけでなく、家族を災いから守るお守りとして、そしてインテリアとして京都の伝統技術、日本の文化を身近に感じられるようにと、新しいスタイルの兜も登場しています。
さらに、甲冑に使われている美しい部品を活用して、小札を使ったサコッシュなども開発されています。
伝統を守りながらも、新しい文化の創出や、現代のライフスタイルに合わせた商品作りなど柔軟な発想を持って京甲冑は発展して行っています。
参考文献京甲冑 工房武久. (2023).
参照先
京甲冑 工房武久ホームページ