1869(明治2)年に開校した番組小学校は64校ありました。しかし都心部の人口流出や少子・高齢化による児童・生徒数の減少に伴い小中学校の統合が行われ、閉校施設が多数生み出されました。そこで京都市は、小学校跡地の活用についての方針をまとめ、市の事業として活用を進めました。元明倫小学校や元龍池小学校は校舎を保存活用した事例ですが、市の事業だけでは活用が進まなくなり、近年、民間事業による活用もスタートしました。その一つの元立誠小学校にいってみましょう。

小学校跡地の活用

京都市の番組小学校の保存活用については、これまでに①元明倫小学校(京都芸術センター)と②元龍池小学校(京都国際マンガミュージアム)を紹介しましたが、1990年代から始まる学校跡地の活用について簡単にまとめましょう。

京都市の人口は、1990~2020年の30年間で、146.1万人から145.8万人へと3千人が減少しましたが、7~12歳人口に限れば9.6万人から6.6万人へと3万人も急減しました。このような児童・生徒数の減少に伴い小中学校の統合が行われ、閉校施設が多数生み出されました。学校跡地は小学校としての役割を終えたとはいえ、今もなお地域住民の「自治活動拠点」であり、地域の「防災拠点」としての役割を担っています。しかし施設は老朽化していくが改修が難しい状況にもありました。
そこで京都市は、1994(平成6)年に「都心部における小学校跡地の活用についての基本方針」(旧方針)を定めました。その考え方は、(1)原則として京都市の事業としての活用を行う、(2)地域コミュニティに配慮した活用を行うということであり、旧方針の下で、元明倫小や元龍池小をはじめ、元成逸小、元小川、元梅屋小、元竹間小、元本能小、元開智小、元修徳小、元菊浜小の活用が進められました。このほか元滋野小、元初音小、元永松小が教育施設などに利用されました。

現在の跡地活用校(対象校含む)

現在の跡地活用校(対象校含む)

画像提供:京都市

学校跡地の民間活用

その後、京都市の財政難もあって学校跡地の活用が進展せず、一方で少子化等が進み学校統合がさらに進展したことから、京都市は2011(平成23)年に「学校跡地活用の今後の進め方の方針」を定め、京都市の事業に加え、公共的・公益的団体による事業や民間事業による活用も可能としました。そして翌年「京都市資産有効活用基本方針」(新方針)を定め、長期にわたり敷地を全面的に活用する事業を対象に民間等事業者からの募集提案を開始しました。

この活用に当たっては、(1)土地は売却せずに貸付け、(2)地域住民の自治活動・防災拠点を確保、(3)京都市の課題を解決、(4)活用後も地域住民・京都市・民間等事業者の三者による協議を継続することとしました。

新方針の下で、元弥栄小(漢字ミュージアム)、元貞教小(京都美術工芸大学 京都東山キャンパス)、元清水小(ザ・ホテル青龍 京都清水)、元立誠小(立誠ガーデン ヒューリック京都)などが活用されていったのです。(※参考文献)

姉小路通を通って元立誠小学校へ

そこで、元龍池小学校(京都国際マンガミュージアム)から姉小路通を東に行き、木屋町通を南に下って高瀬川西岸の元立誠小学校に向かいました。姉小路通は、京都の近代化の象徴である三条通と戦後に拡幅整備された御池通に挟まれた幅員6~7メートル程度の小路です。烏丸交差点には、1926(大正15)年竣工の旧京都中央電話局を保存活用した新風館が建っています。日本近代建築のパイオニア・吉田鉄郎が設計し、烏丸通に面して連続したアーチが特徴の旧京都中央電話局は、京都市の登録文化財として烏丸通の風格を一段と高めています。

新風館(旧京都中央電話局)

新風館(旧京都中央電話局)

烏丸通の東から寺町通の西までの「姉小路界隈」では、バブル期の高層マンション建設を契機に、住まいと生業が共存する行儀よく品格あるまちをめざしたまちづくりが取り組まれてきました。その結果、風俗営業などの用途を制限する地区計画や建築物の高さを18メートルまでとする建築協定を定め、さらに京都市から地域景観づくり計画書の認定を受けて良好な景観づくりを進めており、職住が共存するヒューマンスケールの町並みとなっています。

姉小路界隈

姉小路界隈

下京第6番組小学校、元立誠小学校

姉小路通は寺町通で少し南にずれた後、高瀬川東岸まで続き、そこから南に約400メートル下ると元立誠小学校です。下京第6番組小学校として1869(明治2)年に開校した同校は、当初河原町通の西側にありました。しかし、1924(大正13)年の新京極の大火で校舎が類焼し、河原町通の拡幅で敷地が大幅に削られ校地として立ちゆかなくなることなどから現在地への移転を決定し、4年後の28(昭和3)年に鉄筋コンクリート造3階建ての新校舎が竣工しました。ロマネスク様式の校舎には「左右対称」「バルコニーや飾り模様」「アーチ使用」など美学的な観点も取り入れたモダンな造りとなっていて、普通教室のほか理科室・地歴室などの特別教室9室と雨天体操場を備え、校内には京都市内で初めての校地内プールも造られました。

元立誠小学校正門

元立誠小学校正門

写真4:元立誠小学校

写真4:元立誠小学校

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この記事を書いたKLKライター

京都市文化財保存活用・施設整備アドバイザー
松田 彰

 
京都市文化財保存活用・施設整備アドバイザー
京都大学工学部建築学科卒、同大学院修了
一級建築士

1957年生まれ
1982年4月から京都市勤務
2018年3月に京都市都市計画局建築技術・景観担当局長で退職
2018年4月から現職

著書:「花街から史跡まで 散歩でハマる! 大人の京都探訪」(リーフ・パブリケーション)
共著:「京都から考える都市文化政策とまちづくり」(ミネルヴァ書房)
   「『京都の文化的景観』調査報告書」(京都市)

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京都市文化財保存活用・施設整備アドバイザー
京都大学工学部建築学科卒、同大学院修了
一級建築士

1957年生まれ
1982年4月から京都市勤務
2018年3月に京都市都市計画局建築技術・景観担当局長で退職
2018年4月から現職

著書:「花街から史跡まで 散歩でハマる! 大人の京都探訪」(リーフ・パブリケーション)
共著:「京都から考える都市文化政策とまちづくり」(ミネルヴァ書房)
   「『京都の文化的景観』調査報告書」(京都市)

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