知る人ぞ知る素敵な布「西陣絣」VOL.5 西陣絣のつくり方と道具(前編)
今までに西陣絣の素敵な模様や知られざる歴史についてご紹介してきましたが、次は、西陣絣のつくり方と道具に迫りたいと思います。
西陣織は分業化されていますので、西陣絣職人の仕事も糸の絣加工のみ。糸を染めたり、糸を織って布に仕上げたりは、別の職人さんの仕事です。
絣職人の仕事は多岐にわたりますが、大きく3つに分けられます。
(1)絣のデザイン・設計、(2)経糸を染め分けるための防染作業、(3)染め分けた糸を使った模様づくり、です。まず前編では、(1)と(2)に関すること、仕事の依頼が来てから防染作業までをご紹介しましょう。
デザインと設計からスタート
西陣織の一技法である西陣絣は、ほかの西陣織と同様に分業でつくられています。布を企画するのは、織元と呼ばれるメーカーや問屋さん。そこから絣加工に関する相談が、西陣絣職人の元にやってきます。絣職人はクライアントの要望を聞きながら、まずは絣模様をデザインし、それを実現するための糸加工の設計をします。メーカーからすでに決まったデザインと糸を渡される場合もあるそうですが、新規の布は絣加工職人の経験やアイデアによって生み出されるので、西陣絣の職人さんはデザイナーの役割も果たしています。
唯一の若手職人である葛西郁子さんによると、絣の設計には2種類があるのだそう。一つは防染に関することで、絣の寸法や糸本数を決め、どんなふうに防染していくかを設計するもの。もう一つは模様づくりに関することで、染め終わった経糸をどのようにずらしてどんな模様に仕上げるかを設計するもの。防染のための設計は寸法を数字で割り出しますが、経糸をずらすときの設計は図のみを描き、そのイメージをそのまま形にすることが多いのだそうです。
西陣絣職人の徳永弘師匠の工房には、大正七・八年〜昭和初期にかけて使われていた絣の図案が飾られています。今はもうない澤兵機業店という織元のものですが、親方がこのデザイン図で職人に指示をしてものづくりしていたそうです。
防染する準備
デザインと設計が決まり、それにそぐった経糸が整経屋さんから届くと、いよいよ絣加工がはじまります。まずは、経糸を染め分けるための防染作業です。色々な方法があるのですが、現在主に行われているのは、手で括って防染する「手括(てぐく)り」です。
経糸を手括りするためにまず、着物何反分にも及ぶ長い長い糸を加工しやすいようにテンションをかけてピンと張る「枠張り」を行い、手括りする部分に印を打つ「墨打ち」をします。糸を張るために使われる道具は、「柱」と「大枠」の2種類。徳永師匠によれば、西陣絣職人はそれぞれが修業した工房のやり方を受け継いで独立したそうで揖斐(いび)系と文字(もんじ)系の二つの流れがあり、柱を使うのが揖斐(いび)系、大枠を使うのが文字(もんじ)系の職人だったそう。しかし、柱も大枠もそれぞれに便利な部分があるので、現在では柱と大枠の両方を使う職人さんもでてきました。また、補助的に使われる可動式の小さな柱のような「ウマ」という道具もあり、西陣織会館で実演があるときやちょっとした作業のときに使用されています。
柱は、直線の長い距離で作業ができるので糸の誤差が少なく、うなぎの寝所と呼ばれる細長い京町家の工房に都合がよい形態をしています。一方大枠は、四角い形に組まれた木の道具で、回転します。大枠のよいところは一人で作業できることと、括るときに省スペースであること。また大きくしたり小さくしたり、糸の量にあわせて枠の大きさを調節できるのも便利です。葛西さんは自宅工房で大枠とウマを使っていますが、それらは仕事を引退した職人さんたちから譲ってもらった道具なのだそうです。
わたしも一度、徳永師匠が開催する絣教室で手括りを体験したことがあるのですが、そもそも括る以前にこの大枠に糸を均質に張り巡らせるという準備工程が、素人にはめちゃくちゃ難しいのです。それなのに職人さんたちは糸のガイドとなる「粗筬(あらおさ)」を片手に持ち、足で大枠を回しながら軽々と糸を張っていきます。ここがずれたりゆるんだりしたら、せっかく美しいデザインを考えても再現ができませんので、地味ながら実はとても大事な仕事。何気ない作業にも、匠の技が生きているのを実感します。
糸を防染する
糸を張り墨打ちが終わったら、いよいよ「括り」と呼ばれる防染作業です。伏せたい部分の長さによって、片面を防水加工した紙や自転車のチューブ部分のゴムを巻きつけていきます。細かな仕事のときは糸だけをくくりつけることもあるのだそう。紙の場合は糸束に紙を巻き、上からさらに綿糸を巻きつけて止めていくのですが、このときも独特のやり方があり、染色のときには外れないように、でも仕上がってきたときはほどきやすいような括り方がされています。
いったい一度に何箇所括るのかを葛西さんに尋ねてみたところ、「糸の太さやロット、デザインによってざまざま」との返事でした。
「鯨尺一寸(約3.78センチメートル)前後の幅の紙括りだと、多いときで1000箇所ほどかな。太子広東のような柄を綿糸で括るなら1万は超えると思う」
とのこと。なんともすごい数で、圧倒されるほかありません。
括りが完成したら、糸染め屋さんへ糸を渡し、指定の色に染めてもらいます。防染したところ以外が染まってきますので、括り加工を外します。「ほどき」と呼ばれる工程です。この作業は比較的簡単で糸を傷める可能性も少ないので、素人でもお手伝いしやすい部分。そのため自宅で仕事している職人さんなら、家の奥さんや子どもたちがほどきをお手伝いしたのだそうです。
これで括って防染した元の色Aと、糸染め屋さんに上から染めてもらった色Bの2色に染め分けができました。染めるのは一回につき1色なので、経糸を3色、4色に染め分ける場合は、「括り」と「糸染め」の工程を繰り返します。絣加工に時間がかかるのも納得です。
絣糸の作り方には他にも、「摺り込み」「板締め」「鎖編み(縄絣)」「竹ぼかし」といったさまざまな技法があります。「摺り込み」は、糸染め職人ではなく西陣絣職人自身が染料を手で経糸に摺り込んで染める方法で、細かな模様をつくるのに向いています。板締は板で糸を締めて防染する方法ですが、現在は絣糸を板締めをしている工房はなくなりました。また、経糸の束を毛糸の鎖編みのよう編んでから染める「鎖編み(縄絣)」、棒にぶら下げて染液に浸ける「竹ぼかし」は、正確に括って模様出しするのとはまた違う、自然発生的な染めの面白さが楽しめます。
使われる糸の種類
西陣絣の職人さんのもとには、さまざまなクライアントから仕事が来ます。西陣絣で織られている着物や帯、雨ゴートもあれば、絣の上にゴージャスな紋織が凝らされる能衣裳、神社などで使われている几帳、前回紹介した祇園祭芦刈山御神体の小袖の復刻といった文化財の仕事もあります。それらの布次第で、西陣絣職人が手掛ける糸もさまざまなのだとか。
以下、葛西さんが手掛けている西陣織の絹糸の一例を教えていただきました。
・14/2双 イチヨンノニモロ
・21/2双 ニイチノニモロ
・21/4双 ニイチノヨツモロ
・21/6双 ニイチノムツモロ
・21/8双 ニイチノハチモロ
・21/8片 ニイチノハチカタ
・31/2双 サンイチノニモロ
・31/2駒 サンイチノニコマ
いきなり「ニイチノニモロ」と言われても意味不明なんだけど……と、思われた読者も多いでしょう。でも実は、これだけで分かる人には糸の特性が分かる、シルクならではの糸番手表記なのです。シルクなどの長繊維は、デニールという単位で計量されます。14/2の14、21/8の21など、スラッシュの前にある数字が糸の太さを表すデニールです。9000mの長さで1gの重さの糸の太さが「1デニール」と定まっており、9000mの長さで10gであれば10デニール、14gであれば14デニール、21gであれば21デニールになります。この数が小さいほど重さが軽いわけですから、数が小さいほど糸が細いことがわかります。
次に、14/2の2のようにスラッシュの後ろにある数字は、糸の撚り本数です。シルクは1本だと細すぎるので、何本かを撚り合わせて使うのでこのように表記します。21/2なら、21デニールの糸を2本撚り合わせた糸、21/8なら21デニールの糸を8本撚り合わせた糸という意味。21/2より21/8のほうが4倍太い糸になりますね。
最後の「双」「片」「駒」というのは、代表的な糸撚りの方法です。片はゆるく、双はしっかり、駒は強く撚り合わせたことを表しています。撚り方によって糸は柔らかくなったり、硬くなったり、風合いが変わります。
これらは西陣織の生糸の例ですが、葛西さんは他産地の絣仕事も引き受けているので、生糸以外の紬糸や麻糸なども手掛けるのだそう。また、かつて西陣絣ではウールを経糸に使った時代もありましたが、現在はほんどないそうです。
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染織や紙を中心に地元京都の工芸を取材し、WEBや雑誌に寄稿。
2014年に西陣織の職人さんたちと西陣絣を伝える「いとへんuniverse」を結成。個人でも西陣絣の研究活動を続けている。また、2020年より染色作家岡部陽子と手染毛糸Margoを立ち上げ、インディダイヤーとしても活動中。
|いとへんライター・文筆家|西陣絣/伝統/職人/糸
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