一日動物園体験
六月十二日の日曜日。開園からレクチャールーム前には飼育員さん達が大勢集まってきていた。
今日一日、動物園好きにはたまらない「飼育体験」ができるのである。
この日までに事前募集で当選した二十名がレクチャールームで支度をして待っているようだった。
いくつかのチームに分かれて担当飼育員さんに連れられ各動物達の待つ動物舎へ。
ゾウ舎で運動場へ出す前の準備
ゾウ舎の飼育体験をする参加者についていくことにした。
最初の作業は、ゾウたちの朝食を運動場に間隔をあけて置いていく作業だ。
飼育員さんは手早く広範囲に撒いていくが、参加者は勝手が分からず思い思いの場所へ丁寧に置いていた。
運動場に立ってみると観覧エリアから見るよりも広い。
ゾウたちの朝食を配置し終わると、飼育員の折戸さんが、もう一つ大事な作業があると電子柵に電流が通っていることを確認する作業を見せてくれた。
朝食の準備などを終えると、一旦ゾウ舎を出て、観覧エリアから、先ほど置いた朝食を食べるゾウたちの姿を見る。さっきまであそこにいた。あのエサは自分の手で置いた。ソレを食べてくれている。ソレを見るのはやっぱり嬉しいよね。参加者も写真を撮って「食べた、食べた」と喜んでいる。
ゾウ舎で寝床のお掃除
ゾウ舎の飼育体験はまだ終わらない。ゾウ達が運動場に出たあとは、ゾウ舎のお掃除である。
さっそく、ゾウ舎に戻り担当飼育員さん達の紹介をしてもらった。
続いて熊手やスコップがみんなに手渡されゾウ舎の柵の中へ。
驚くことに一晩でゾウ舎一面「ゾウの糞」。マスクメロンぐらいある大きな団子状の糞。その中身は先ほど朝食で食べていた草が主である。結構これが密度高くて重い。スコップで拾い上げるのも重労働。
すくっても、すくっても、広がる糞。飼育員さん達は毎日これをしているのかと思うと頭が下がる思いだ。
参加者も慣れない重労働であったが、どの人もとても楽しそうに掃除していた。ゾウの糞に囲まれる経験なんてこれから先なかなかない。そう思うと辺りをまじまじと見渡してしまう。
ふと、運動場に目をやるとコチラを不思議そうに見つめる視線。普段こんなに大勢がゾウ舎を掃除していることはないのだから、物珍しいのだろうか。5頭のうちの1頭、トンクンが顎の下を鼻先でかきながら掃除をしている参加者達を暫く眺めていた。
トラの給餌
ゾウ舎の掃除はまだかかりそうなので、トラ舎へ。ちょうど給餌体験でトラの展示場に肉の塊を配置しているところだった。普段入ることのないトラの展示場。トラはいなくても、背中に緊張が走る。
配置するお肉も、結構大きなお肉なのだが、これは焼き肉で食べたら何人前なのだろうと思いながら参加者が配置していくのを見守った。お肉を配置するだけでも、どこに置いたら良いのかという疑問も出てくる。
お肉の配置が終わり、入れ替わりでトラが展示場の中へ入ってくると、さっそくお肉に気づいた様子。
「もうちょっと向こうに置けば食べているところ見やすかったかも」「あれ、あそこのお肉に気づいていないのかな」などと配置するときの試行錯誤の答え合わせが行われる。こうやって日々、飼育員さん達が工夫してエサの「大きさ」や「種類」、「配置する場所」を考えているのかと感心させられる。
キリン舎の掃除
キリン舎では、サブグラウンドの清掃を行う男の子達を不思議そうに眺めるキリンの視線が面白い。キリンも、普段と違うということは容易に感じ取れるのだろう。これは警戒しているのだろうか、それとも興味津々で見守っているのだろうか。じっと清掃の様子を見て立ち尽くしている。
サブグウランドに出された干し草を大きな熊手でかき集めると結構かさばり、重労働に見えた。
小さくはないけどあの塵取りでかさばる干し草をかき集める作業って、ほぼ挟むという表現が正しいのではないかと思う。
移動してキリン舎の中へ。やっぱり、キリンからの目線がここでも気になる。いや、キリンがコチラを気にしているのだろう。
実は、キリン舎にはサブグラウンド側の寝床と、メイングラウンドに隣接した寝床の二つがある。サブグラウンド側では干し草を広げた寝床。メイングラウンド側は砂を敷き詰めた寝床。どちらが掃除しやすいかと飼育員さんに質問すると、砂の方が楽だという。とはいえ、どちらも慣れてない参加者からすれば重労働である。
砂を熊手で鋤きながら、ビー玉ほどのコロコロした糞をかき集める作業はなかなか大変で、砂に埋まった糞を探すのも一苦労。そんな作業を見ているとなんだか小学校の運動会で小麦粉の中に隠れたイモ飴を手を使わず口で探し顔を真っ白にして走る競技の記憶がよみがえった。
糞が一通り回収できたら続いては尿のかかっている砂を掘り返す作業。キリンたちが病気にかからず、快適に過ごせるようにと行われる作業である。これを飼育員さんは毎日こなしているのかと、ここでも頭が下がる思いである。
自然界では汚物は虫たちを始め多くの生きものの循環によって処理されていくが、動物園という箱の中では暮らす彼らの生理現象を循環させるのは人の役割であって、これだけ人の労力をかけなければならないことを目の当たりすると自然界の仕組みというのは計り知れないほどにすごいのだと思うばかり。
おとぎの国でヤギのお世話
何処か穏やかな気持ちにさせられる、「おとぎの国」エリア。ここではヤギのお世話をする参加者の姿を発見。
どうやら、ヤギの飼育についてお話を聞いている様子。でもその説明の主人公であるヤギ自身はあまり興味がない様子。こちらに向けるその表情が何処か可笑しくて笑える。「ヤギさんお仕事ご苦労様です。」と心の中でヤギを応援した。
なんと驚き。園内運搬トラックの荷台に参加者が乗せてもらっているではないですか。羨ましい。何処まで運ばれるのかは分からないけれど。ちょっと園内を特別車両でドライブなんて本当に羨ましい。園内を走る特殊車両はリヤカーも含め、あちらこちらで見かけるが、飼育員さんではない人が乗っているのを始めて見た。羨ましい。
フンボルトペンギンの給餌
おとぎの国のその近く。ペンギンプールでは参加者によるフンボルトペンギンへの餌やり体験が始まるところだった。餌やりタイムは動物園の来園者にとっても見どころの一つで、ペンギンプールは大勢の来園者で囲まれていた。
参加者によって投げ込まれるアジはプール上に弧をえがきペンギンの泳ぐ眼前へ落下する。同時にフンボルトペンギンたちによる争奪戦が始まる。
続けてアジを投げ入れるが、タイミングが早かったのか争奪戦が終わる前に水面へ着水。どのフンボルトペンギンにも気づかれずプールの底へ沈んでいくアジ。そういったことを繰り返しながら、餌やり体験も終了。
プールには気づかれなかったアジを回収して廻るフンボルトペンギンの姿があった。
暫くすればプールの底に沈んだアジも彼らのお腹の中へ消えていくのだろう。
チンパンジーの投薬
飼育員体験の最後に覗いたのは、チンパンジー舎。訪れた時間は閉園の準備を始める時間。
チンパンジーたちも寝室に帰り夕飯を食べる。参加者はその準備のお手伝いをする。
チンパンジーたちを寝室へ誘導する際、必ず飼育員1名と責任者1名の計2名で扉や鍵の確認を行う。これは「うっかりミスをなくすための取り組み」で飼育員の安全は元より、動物達の安全にも配慮した重要な約束である。
これは過去の教訓から学んだことでもあるのだろう。
チンパンジー舎に入り、寝室へ誘導されるのを待ちわびているチンパンジーたちに挨拶して、奥へと進む。
そこでまず体験したのは、夕飯の準備とあわせて日々健康を維持するための投薬も行われる。
この日、参加者は蒸したサツマイモを潰し、それに薬を混ぜて作る投薬のための団子作りを手伝った。
飼育体験でここまで実作業を体験するとは思っていなかったので驚いた。
寝室へそれぞれの個体を収容すると、寝室内に用意されていた夕食をすぐに食べ始める。それぞれ好きなもの、好きな場所、思い思いのスタイルで夕食を楽しんでいる。その違いを見ているだけでも動物にも個性というものがあることに親しみを感じさせてくれる。
彼らが夕食を食べ終わると、先ほど準備した投薬団子をそれぞれ必要な個体に食べさせていく。
素直に「あーん」と口をあけて食べる姿は、何処かしおらしくて愛らしい。
チンパンジーの爪切りと心電図
この日は、ジェームスの爪切りと、心電図をはかることに挑戦である。
ハズバンダリートレーニングと呼ばれるこの行為自体、当たり前に出来ることではない。少しずつチンパンジー達に慣れてもらい、たどり着けるのだ。
今回、爪切りは自ら指先を出し大人しく爪を切ってもらうことに応じていた。爪を切ってもらうことを理解しているのだろう。切ってもらうことが心地良いのだろうか安堵感がコチラにも伝わってくる。
続いては、心電図での計測である。コチラはまだ慣れていない行為で、今日はうまく測れるかなと優しそうに、ジェームスに話かけながら、センサーの先を胸にそっとあてる。
心電図なので暫くの間動かないで計測することが必要ではあるのだが、なかなかじっとはしてくれない。
何度かチャレンジする。その何度かはジェームスも協力する姿勢を見せるのだが、必要な計測時間を待ってじっとはしていられない。暫くすると協力するのに飽きたのか、横になったり背を向けたりする仕草を見せるようになる。
「今日はここまでだね」と言い、計測器を下げた。
「こういったことは無理にしては駄目で、時間をかけてゆっくり慣れて理解してもらうことが大事。トレーニングが不快なものと認識されてしまうのが一番良くないことなんです。だから今日はここまで。」
飼育体験の一日、このイベントを通していかに飼育員さんが多忙であり重労働であるかを体感し、いかに重労働の日々でありながらも動物達に愛情を持って接しているのかがよく分かるイベントだったように思う。
参加者の体験を終えた表情は疲労感などみじんもなく、とてもにこやかで満足した様子であった。
・京都市動物園 (HP)
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