‘やわらかい’団地再生 堀川団地にまつわる物語 その6

1.はじめに

この「堀川団地にまつわる物語」では、京都市上京区の堀川通り沿いに位置する「堀川団地」について様々な角度から紹介している。前回のその5では、堀川団地の再生に至るまでの約30年間の経緯について紹介した。

▶︎堀川団地はどのようにして再生されたのか? 〜堀川団地にまつわる物語 その5〜

その5でも紹介したように、現在行われている堀川団地再生事業は、2009年の「堀川団地まちづくり懇話会」の提言に端を発し、2012年に京都大学髙田光雄研究室(当時)が京都府知事に提案した「堀川団地‘やわからかい’まちづくり再生ビジョン」(以下、再生ビジョン)に基づいて進められている。
筆者はこの再生ビジョンの策定に研究室のメンバーとして中心的に関わった立場である。
今回は、堀川団地の再生ビジョンのコンセプトや提案内容について紹介させていただく。

なお、再生ビジョンは京都大学髙田研究室が2012年に策定したものであり、実際の再生事業とは一部内容が異なっていることに留意いただきたい。

図1.再生ビジョンにおける堀川団地再生後のイメージ

2.完成図を描かない再生ビジョン

堀川団地の再生ビジョンでは、地域に暮らしている人々が生き生きとまちに働きかけることで、変化に対応する回復力と持続性を持ったまちを育て、人々が住みごたえを感じる魅力的なまちづくりを目指し、「ひとびとがまちに働きかけ変化する‘やわらかい’まち」を全体コンセプトとしている。

図2.再生ビジョンの全体コンセプト

再生ビジョンの策定において最も重視したことは、現在の地域課題だけに対応するのではなく、不確実な将来的なまちの変化にも持続的に対応することである。
そのために、この再生ビジョンではあえて「完成図を描かない」ことを提案している。
従来的な開発・再生事業では、あらかじめ完成図を描いて、その完成図を目指して事業を進めるのが一般的な手法である。
しかしその手法では、現在の地域課題には対応できるものの、将来のまちの変化に対応することが難しくなる可能性がある。
再生ビジョンで筆者らが提案した「完成図を描かない」という考え方は、その時に必要な選択・決断を少しずつ行っていくという考え方であり、この考え方によってまちの変化や将来のニーズに対応しやすい‘やわらかい’団地再生が可能になると考えた。

 

3.‘やわらかい’団地再生のプロセス

このように完成図を描かない再生を実行していくためには、再生プロセスの計画が非常に重要である。

現在の価値観だけで必要以上の選択・決断をするのではなく、将来世代に対しても選択肢を残すことで、まちの状況の変化や居住者の価値観の変化に合わせて対応することのできる‘やわらかい’再生プロセスを提案した(図3)。
最低限の選択と決断を繰り返し行うことで、将来の多様な変化にも対応可能な再生へとつなげていくことが可能になると考えた。

図3.‘やわらかい’団地再生のプロセス

図4に、再生シナリオの具体的例を示している。
例えば、2015年までに、現時点の地域課題を解決するために、高齢者福祉施設・コミュニティ銭湯・子育て支援施設等を導入する。
2050年に、「①現状より高齢化が加速し、都心の利便性から子育て世代が増加する」、「②京都の文教化、観光地化がさらに進み、学生の流入、外国人の短期居住等が増加する」という2つのシナリオが想定されている。
しかし、いずれの未来が到来するのかは現時点で予測することは不可能である。
いずれの未来が到来しても柔軟に対応でるような建替え・改修計画を2015 年に実施しておくことが重要と考えている。

図4.やわらかい団地再生プロセスの具体例

4.様々な団地再生技術の適用

‘やわらかい’団地再生を実現するためには、まちの変化に対して柔軟に建物をリノベーションできることも重要である。
そこで、様々な団地再生技術を適用した改修(リノベーション)を提案している。
堀川団地は、戦後初期の古いストックであるが、1階は3.5m、2・3階でも3m程度の高い階高を持っており、様々な団地再生技術を適用することが可能である。
図5にその適用例を示している。

共用部に関しては、耐震改修の他にエレベーターの設置を提案している。
また、2戸1化などの住戸規模の拡大も提案している。
さらに、住戸改修に関しては、堀川団地の特徴である風通しの良さを積極的に活かした改修提案を行った(図6)。

図5.様々な団地再生技術適用のイメージ
図6.提案した住戸改修プランの一例

5.多世代が暮らせる様々な機能の挿入

堀川団地に多様な世代が暮らすことができるように新築棟と改修棟それぞれの適性に応じて、様々な機能を挿入することを提案している。
具体的な機能の挿入イメージを図7に示す。

現在の大きなニーズである高齢者福祉を中心に、地域の障がい者、元気な高齢者、商店主、子育てファミリーなど多様な人々が暮らすことのできる住宅・テナントのバリエーションを提案している。
具体的には、サービス付き高齢者住宅、コミュニティ銭湯、介護予防軽運動スペース、障がい者グループホーム、地域福祉テナントスペース、短期居住・ユースホステル、低家賃住宅などが想定されている。
これらの機能は単体で存在するのではなく、互いに連携しあう必要があり、その役割を担うのが「地域交流サロン」である。
この地域交流サロンでは、地域の人々を対象にした交流イベントが行われ、日常的にとの接点を持つことができることを目指した。
この地域交流サロンは、「マチカフェ」として実際の再生事業においても取り入れられている。

図7.建替え棟・改修棟に応じた機能の挿入イメージ

6.おわりに

今回は、「堀川団地‘やわらかい’まちづくり再生ビジョン」の内容の一部を紹介した。
先述したとおり、この再生ビジョンは「完成図」ありきで考えるのではなく、まちの将来の変化に柔軟に対応するという‘やわらかい’団地再生を提案している点が大きな特徴である。
この再生ビジョンの中では、紹介したもの以外にも「堀川京極の再生」という商店街を含むエリアの再生に関する提案、「まちづくり会社の設立」という団地を含むエリアをマネジメントする組織作りに関する提案も行っている。
ご関心のある方は参考文献にURLを記載しているので、本文をご一読いただきたい。

実際の再生事業は、西陣の玄関という堀川団地の立地を踏まえ、「アートと交流」というコンセプトが加えられた。
‘やわらかい’団地再生という理念に立てば、2020年までの再生事業は、まだ第一段階とも言うべきものであり、まちの変化に合わせて今後も団地再生のまちづくりを継続していくことが重要である。

一方、再生ビジョンの理念の継承という課題を感じている。
再生ビジョンの提案から8年が経過し、再生ビジョンの内容を理解している関係者はほとんどいなくなってしまった。
個人的には、「アートと交流」というコンセプトをアップデート(進化)させる時期に来ていると感じている。
今までの再生事業を振り返り、次の再生をどのように展開していくのかについて、改めて議論を深めていくべきではないだろうか。

参考文献

京都大学髙田光雄研究室(監修:髙田光雄,執筆:安枝英俊,生川慶一郎,森重幸子,宮野順子,土井脩史,織田幸司,荒木公樹,牧野高尚):堀川団地‘やわらかい’まちづくり再生ビジョン,2012.3
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この記事を書いたライター

 
住宅計画研究者。博士(工学・京都大学)、一級建築士。
京都橘大学現代ビジネス学部都市環境デザイン学科・専任講師。
京都・大阪を主な研究対象として、これからのストック活用時代における住宅計画のあり方について研究している。

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