1.はじめに

これまでの「堀川団地にまつわる物語」では、4回に分けて堀川団地、並びに、堀川京極時代を含む堀川商店街に関する魅力や歴史について紹介させていただいた。
5回目の今回からは、堀川団地の再生にまつわるお話をさせていただくこととしたい。

堀川団地では、「アートと交流」をメインコンセプトとする再生事業が行われている。
この再生事業では、多様な世代が助け合いながら豊かな生活を実現することや、地域のまちづくりやコミュニティの活性化に資することを目指している。
6棟のうち4棟改修、2棟建替えという方針で事業が進められており、2013年から開始された4棟の改修事業は、2020年3月をもって完了した。
建替え2棟に関してもその内の1棟が「堀川アートアンドクラフトセンター(仮称)」として2021年度に整備される予定である。

 しかし、堀川団地の建替えについて議論が開始されたのは30年以上前のことであり、紆余曲折を経てここまでたどり着いたというのが実情である。
今回は、堀川団地がどのような経緯で今の再生に至ったのかについて紹介させていただく。

写真1.改修後の堀川団地

写真1.改修後の堀川団地


(写真提供:京都府住宅供給公社)

2.うまくいかなかった「建替え」の議論

戦後の復興住宅のモデルとして全国的に注目された堀川団地であったが、建物や設備に老朽化が目立つようになった1980年頃から建替えの議論が行われるようになった。
1990年代に入ると、建替え事業を進めていくために、空住戸及び空店舗の新規募集が停止された。
その後、それが原因で商店街の賑わいが薄れたという商店街の意向から、1997年には1階の店舗に限り空き家募集で新規入店者を迎え入れている。
堀川団地再整備検討委員会等において建替えに関する議論が2003年頃まで続けられたが、結局提案はまとまらず一旦建替えの議論が途絶えることとなった。

3.堀川団地の建替えは何が難しいのか?

ここで、なぜ堀川団地の建替えはうまくいかなかったのかについて少し考えてみたい。
なお、この考察はあくまで筆者の私見であることをお断りしておく。

図1に示すように、堀川団地は、日本に数多く存在する「郊外型」の住宅団地とは異なり、既成市街地の中に位置する「市街地型」の住宅団地である。
それゆえに、建替えにあたっては、周辺の市街地に対して十分に配慮した計画が求められる。
特に、堀川通り以西はいわゆる西陣エリアと呼ばれる低層の町並みが残るエリアであり、裏側の葭屋町通りには京町家も多く残っている。
堀川通り沿いの敷地は20mの高度地区となっているが、周辺市街地の住環境を考慮すると、建替えによって高層化することが難しかったのではないかと考えられる。
加えて、堀川団地は下駄履き住宅であり、1階が店舗、2,3階が専用住宅という構成になっている。
1階の商店主と上階の団地住民という価値観の異なる入居者が存在したことも建替えを困難にした要因と推測される。

 その他にも要因はあるかもしれないが、「市街地型」の住宅団地という堀川団地の特性が建替えを困難にし、事業が進まなかった要因の一つと考えられる。

図1.堀川団地の周辺の状況の関係

図1.堀川団地の周辺の状況の関係

4.「建替え」から「再生」への転換

表1に今日までの団地再生の経緯を年表にまとめている。

2003年以降、堀川団地の建替えに関する議論は途絶えたが、2009年4月に「堀川団地まちづくり懇話会」が開催されたことをきっかけに議論が再開された。
この懇話会では、団地入居者・商店主・地域住民ら15名との意見交換の場も設けられた。
この意見交換の場において、必ずしも団地の建替えが望まれているわけではないということが判明し、懇話会においても「建替え以外の方法」を検討するという提言が示された。
また、建物のハード整備だけではなく、「多世代の交流の場、地域コミュニティの起点」となる役割も堀川団地には期待されることから、「まちづくりの観点」を重視するという提言がまとめられた。
この懇話会をきっかけに、「建替え」から「再生」へと事業の方針が大きく転換したと言える。

 2010 年8 月には、懇話会の提言に基づき、団地入居者や地域組織を含む多様な主体が参加する協議の場として「堀川団地まちづくり協議会」が設立された。
2011年9月の協議会において、「中4棟改修、両端2棟建替え」という方針が示され了承を得ている。

 その後、2012年3月に、京都府から委託を受けた京都大学髙田光雄研究室(筆者も当時所属)において「堀川団地‘やわらかい’まちづくり再生ビジョン」がまとめられ、この再生ビジョンに基づいて具体的な再生事業が検討されていった。
2012年5月以降、改修棟の検討が先行的に進められ、国の補助事業を受けて実施されることとなった。
さらに、西陣エリアの玄関という堀川団地の立地を考慮し、「アートと交流」というコンセプトが京都府から提示され、現在の再生方針にまとまっていった。

実際の再生事業は、2013年度から改修棟4棟の事業が順次実施されてきた。
2014年に2棟、2018年と2020年に1棟ずつの改修事業が完了し、現在に至っている。
さらに2021年度には、株式会社大垣書店により進められている「堀川アートアンドクラフトセンター(仮称)」への建替え事業も行われる予定である。

表1.堀川団地の再生に関する年表

表1.堀川団地の再生に関する年表

5.実施された改修事業の内容

今回の堀川団地4棟の改修事業では、耐震改修に加えて様々な再生手法が採用されている。
共用部に関しては、高齢者や子育て世帯などが安心して生活できるようにエレベーターの設置が行われた。
また、堀川団地の特徴である2階テラスもデッキを貼った設えに改修がされている。

1階の店舗には新規店舗の入居だけではなく、団地入居者や地域住民の交流拠点となる「まちカフェ」や、「高齢者生活支援施設」も計画された。
2,3階の専用住戸においても、高齢者向け住戸、子育て世帯向け住戸、障がい者のグループホーム、クリエイター向けのDIY住戸、芸大生向け住戸など多様な人々が安心して生活することのできる住環境が整えられた。

写真2.改修前後の堀川団地(出水団地1棟)の外観

写真2.改修前後の堀川団地(出水団地1棟)の外観

(写真提供:京都府住宅供給公社)

写真3.改修前後の堀川団地(出水団地1棟)の2階テラス

写真3.改修前後の堀川団地(出水団地1棟)の2階テラス

(写真提供:京都府住宅供給公社)

写真4.改修前後のDIY住戸の内観

写真4.改修前後のDIY住戸の内観

(写真提供:京都府住宅供給公社)

6.まとめ

今回は、今日までの堀川団地の再生プロセスを振り返ってみた。
改めて振り返ってみると、「建替え」ではなく「再生」へと方針転換を行い、改修(リノベーション)を軸に団地再生を行ったことが、この事業が成立した要因であり、「市街地型」の住宅団地という堀川団地の特性に非常にマッチしていたと思われる。
改修の方針が提示された当初は、懐疑的な見方をされたこともあったが、事業が進行していく中で地域の方にも肯定的に捉えられるようになってきたように感じている。

堀川団地のように「市街地型」の住宅団地を再生した事例は全国的に見ても極めて珍しく、堀川団地は再び最先端な団地として注目を集めている。
現在4棟の改修事業というハードの整備は完了したものの、堀川団地が地域コミュニティの拠点としての役割を果たすためには、団地や地域に暮らす人々がいかに堀川団地を活用していくかが重要である。
これから一層、団地再生のまちづくりが盛り上がっていくことを期待している。

参考文献

・垣田悠三子,髙田光雄,神吉紀世子,安枝英俊,土井脩史,森重幸子,宮野順子,岡本陽平:堀川団地再生に向けた検討課題の整理-市街地型の公的住宅団地の再生に関する研究 その1-,日本建築学会学術講演梗概集(北陸)E-2分冊 pp.61-62,2010.9
・生川慶一郎,髙田光雄,安枝英俊,森重幸子,土井脩史,宮野順子,桜井俊彦:堀川団地の再生におけるまちづくり協議会の設立と展開-市街地型の公的住宅団地の再生に関する研究 その3-,日本建築学会学術講演梗概集(関東)E-2分冊 pp.185-186,2011.8
・京都大学大学院工学研究科建築学専攻居住空間学講座:堀川団地再生プログラムの研究開発報告書,2012.3

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この記事を書いたKLKライター

住宅計画研究
土井 脩史

住宅計画研究者。博士(工学・京都大学)、一級建築士。
京都橘大学現代ビジネス学部都市環境デザイン学科・専任講師。
京都・大阪を主な研究対象として、これからのストック活用時代における住宅計画のあり方について研究している。 

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住宅計画研究者。博士(工学・京都大学)、一級建築士。
京都橘大学現代ビジネス学部都市環境デザイン学科・専任講師。
京都・大阪を主な研究対象として、これからのストック活用時代における住宅計画のあり方について研究している。 |住宅計画研究|堀川団地/戦後/住宅/商店街

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