泣き婆さんのお話
南禅寺の門前に、“泣き婆さん”と呼ばれる女性がいた。彼女は雨が降れば降ったで泣き、天気が良ければ良いで泣く。雨でも晴れてもいつでも泣いていた。南禅寺の和尚が不審に思い、こうお尋ねになった。
「一体、おまえさんはなぜいつもそう泣くのか」
すると婆さんは言うのだった。
「私には息子が二人おります。一人は三條で雪駄屋(せったや)をやっております。もう一人は五條で傘屋をやっています。良い天気の日には、傘屋の方がさっぱり商売になりませんので、まことにかわいそうでなりません。また、雨降りになりますと、雪駄屋の方は少しも品物がはけませんので、困っているだろう。そう思いますと、泣くまいと思っても、泣かずにはいられません」
そこで和尚は「なるほど、話を聞いてみれば一応はもっともな様であるが、そう考えるのは下手じゃ。わしがひとつ、一生涯うれしく有難く暮らせる方法を教えよう」とおっしゃった。婆さんはひざを乗り出して「そんなけっこうな事がありますならば、是非ともひとつお聞かせください」と言った。
和尚は次のような話をした。
「世の中の禍福はあざなえる縄の如しというて、福と禍とは必ず相伴うものである。世の中は、幸福ばかり続くものではなし。かといって不幸せばかりが続くものでもない。お前は不幸せな方ばかりを考えて、幸せのほうをいっこうに考えないから、そのようにいつも泣いていることになる。
天気の良い日は、今日は三條通りの雪駄屋は千客万来で目の回るほど繁盛すると思うが良い。雨の降る日には、今日は五條通りの傘屋の店では品物が飛ぶように売れていると思うが良い。こう考えれば、晴れれば晴れたで嬉しいし、雨が降れば降ったで嬉しいであろう」
それ以降、泣き婆さんは楽しく暮らしたという。
このお話の意味するところは、後述に譲るとして、まず、このお話に出てくる「南禅寺」「三條」「五條」の紹介をさせていただきます。
南禅寺
南禅寺は、京都市左京区にある臨済宗のお寺で、南禅寺派の大本山です。「※虎の子渡し」と呼ばれる庭園が有名で、桜、紅葉の季節になると観光客で賑わいます。そして、南禅寺といえば、聞いたことがある人もいるでしょう、歌舞伎の「桜門五三桐」の演目で石川五右衛門が言う「絶景かな、絶景かな」を。南禅寺三門をくぐり、桜が満開の景色を見たセリフと言われています。桜の時季はぜひとも見てみたいものです。
三條
三條とは、現在の三条通をいいます。東は山科から、西は嵐山までの市街地を東西に貫く通りです。
三条といえば、東海道五十三次の終点で知られる「三条大橋」があります。三条大橋から鴨川を見ると、納涼床のお店が並んでおり、夏にはこの床で食事ができるので、一度は行ってみたいですね。
また、三条通の中心部には、二つの商店街があります。一つは、「三条会商店街」といい、千本通から堀川通にかけての商店街です。地元の方がよく利用するので、平日でも活気づいています。全長が一キロ近くにも及び、見てまわるだけでも楽しめます。
もう一つは、河原町通から寺町通につらなる「三条名店街商店街」です。こちらは、修学旅行生や観光客で賑わっています。私自身も中学高校がその近辺でしたので、よく遊びに行っていました。
来年はこの三条通を文字通り東西に貫く連載企画として実現したいと思いますのでご期待ください!
五條
五條とは、現在の五条通をいいます。五条通には牛若丸と弁慶が戦った五条橋があります。五条通については、山田正太郎氏の「松原通(かつての五條大路)」の記事で紹介しておりますので、詳しくはコチラをご覧ください。
さて、今回のお話のように物ごとは見方によって良くも悪くも捉えることができます。
最近の京都では「観光公害」といわれる現象がそれにあたるのかもしれません。
多くの観光客が京都に来られ、街が賑わうありがたさの一方で、市民の足であるバスの混雑や、静かな住環境の侵害などがいわれています。
京都に来られる観光客への満足度を高めつつ、市民の生活も守れるような「知恵」が京都に求められているのだと思います。
編集部 寺谷
※虎の子渡し:虎は三匹の子供がいると、その中の一匹は特に凶暴になるそうです。子供たちだけにすると、どう猛な虎(以後Aと称します)が他の子を食べてしまうので、河を渡る時、子供たちだけにならないよう気をつけなければなりません。まず、Aを向こう岸に運び、次に二匹目の虎を向こう岸に運びます。そのときにAを元の岸へ連れて戻り、三匹目の子を向こう岸に運びます。最後に再びAを向こう岸に運ぶと、子供たちだけになることはありません。
庭は、砂と石と松で構成されています。虎を石で模し、河を白砂であらわし、虎が河を渡る姿を表現しています。