「シンプル」「ベーシック」「ナチュラル」……
ファッション誌などで、何度も見かけたことのある言葉ではないでしょうか。
インテリアや洋服を選ぶとき、余分な装飾のないデザインは実用的で、私自身シンプルなものをよく選んでいるように思います。
でもたまに、出会ってしまうのです。
「この装飾がなくても使うには困らないはず…でもかわいい…!」
今回のテーマの「金物(かなもの)」も、私にとってはそんな存在の一つ。
今回は、昔ながらの「伝統金物」についてお伝えしたいと思います。
「伝統金物」との出会い
「金物(かなもの)」に出会った時の私は、そもそも「金物」という言葉を普段使うことがなく、あまり馴染みのない響きだなぁと感じたのを覚えています。
釘やネジ、蝶番(ちょうつがい)、襖(ふすま)の手をかける部分など、私たちの暮らしの中のいたるところに存在する「金物」たち。
そのデザインは、町家や和室で目にする装飾性の高い「伝統金物」から、洋室の戸棚やクローゼット、家具などにも多く使われる「現代金物」へ、私たちの暮らしの変化に合わせてシンプルなデザインに変わってきたようです。
私に金物の面白さを教えてくれたのは、金物卸の会社が出版されたこちらの冊子「河長金物絵巻」。
職場の「aeru gojo」で、出版記念のお披露目トークイベントを開催させていただいたご縁で出会った一冊です。
昔ながらの伝統金物と、今の暮らしを支える現代金物について、手書きのイラストでわかりやすく解説されたこの冊子を読み、「こんなに奥深い世界が身近にあったなんて!」と驚きました。
中でも、趣向を凝らした装飾がされている伝統金物は、最近デザインされたわけではないはずなのに、今見ても古臭くなく素敵だなと感じるものばかり。
実用性と装飾性を兼ね備えた、伝統金物という存在に目を向けるきっかけをいただきました。
「和の空間」を演出する金物たち
さて、この「河長金物絵巻」のお披露目トークイベントの中で、目から鱗のお話がありました。
私たちが「和風だな」「日本らしい趣があるな」と感じるのは、いったい何を見てそのように思うのだろう?というお話です。
私たちはいったい何から、日本らしさを感じ取るのでしょうか。
こちらの写真の和箪笥(わだんす)を例に、考えてみたいと思います。
引き出しを開ける時に手をかける場所には、「たんすかん」と呼ばれる取っ手がついています。
また、「たんすかん」だけではなく、鍵を差し込む部分や引き出しの四隅にも、金物が使われていますね。
では、こうした金物たちを全てはずし、現代風の取っ手に付け替えるとどうなるでしょう。
この和箪笥から受ける印象が、ずいぶん変わるのではないでしょうか。
つまり、「和風だな」と私たちがなんとなく感じている時、実は金物たちが大きな役割を果たしているということがわかります。
小さな金物たちは、「和の空間」を生み出す影の立役者だったのです。
一見目立たない色をしていますが、しっかりと空間を演出してくれている……
さりげない華の添え方はなんだか控えめで奥ゆかしく、このお話を聞いてから、私にとって金物がとても気になる存在になったように思います。
“Simple is the best.”は本当?
先日、京都から少し足を延ばして奈良を訪れた際、一般公開されている町家「奈良町にぎわいの家」に立ち寄りました。
こちらのハンガーかけは、この「奈良町にぎわいの家」で見つけたもの。
よく見ると、ゆるやかにカーブした金物が使われています。
金物だけではなく、美しい木目の一枚板が使われていたり、板の上に据えられた1本の竹がさりげないアクセントになっていたり。
(前回の記事、「職人さんに教わった“木目”のこと」もぜひ合わせてご覧ください。)
モノにあふれた時代だからでしょうか、私たちの身の回りにあるもののデザインは、無駄を削ぎ落としたシンプルなものが主流になってきています。
そのため、このような装飾も「無駄」であると言われてしまうことがあるかもしれません。
でも私はいつも、細部まで行き届いた職人さんの遊び心や美意識に触れた時、何十年も前の職人さんとの心の交流が生まれるように感じます。
「誰か気づいてくれるかな」とちょっとワクワクした気持ちで作ったかもしれない職人さんの思いを受け取り、「見つけましたよ!素敵ですね」と、時空を超えて会話しているような気持ちになるのです。
“Simple is the best.”という言葉の対極にあるもの。
無駄のないデザインの美しさとはまた違った魅力を、小さな金物たちが教えてくれているようです。
金物を訪ねて、桂離宮へ
最後に、私が今一番気になっている金物について、ご紹介しておきたいと思います。
以前から「ここの金物を見に行きたい!」と機を伺っているのが、桂離宮です。
冒頭でご紹介した「河長金物絵巻」によると、桂離宮にはよく知られた金物、「月」の漢字からデザインされた襖の引き手(手をかける部分)があるとのこと。
桂離宮には、「月」のデザインが様々な箇所に取り入れられているそうですが、襖の引き手一つまでこだわって仕上げられた空間、訪ねてみたくなりませんか。
職人さんから教わったことがきっかけで、どこかに足を運んでみるのも面白いものです。
日本の伝統について知れば知るほど、京都で訪ねてみたいスポットが増えていく。
今までの自分が気にかけていなかったことに興味がむくむくと湧いてくるのは、新しい自分に出会うような感覚でもあります。
みなさまにも、そんな感覚をお届けできていると嬉しいです。