今も西陣織の原料となる生糸問屋、織物問屋が並ぶ大宮通。大宮通のなかでも、今出川通と大宮通が交差する「千両ヶ辻」は、江戸時代から一番たくさんの仕事の往来があった場所でした。なんと、一日に千両が動いたという界わいやったそうです。

現在の千両ヶ辻を今出川通北から望む。

 そのころから300年ほども経ちましたか。
今はマンションの立ち並ぶ中、まだ少しは西陣織の会社も残ってはいながらも、その情景は昔語りとなりつつあります。そやけど、最近はちょっとまた、ここで商いをしたはる方々が、その面影をたどるように年に2回ほどイベントを行うようにならはりました(後でお話を)。さぁ、また昔のような往来がまた復活してくれるとええなぁと、ここらで帯揚げなんぞを品定めしながら、数百年前の大宮通を思い浮かべます。

大きな町家もまだいくつかは残るが、
織物関連問屋は数を減らしている。

 実は、ここは私とこの家にとっても、ゆかりの深い場所。いや、この大宮通の大店と軒を並べた、とかそんな大層な話やありません。150年ほど前に、千両ヶ辻をちょっと東に行ったところ、今の今出川通の真ん中にうちの家は建っていました。「真ん中」て何?て思わはるかもしれんけど、それには訳があります。うちの家は今出川通に面して建ってましたが、明治40年に市電が走ることが決まってから拡張されました。その時うちの家も退かされて、もとの家の位置が通りの真ん中になってしもたんです。昔は子どもを家で産んで、その家の床下に胞衣(えな→胎盤)を埋めたもんでしたが、私のお祖父さんは、「わしの生まれたときの胞衣は、今でも今出川の真ん中にあるわ」て笑(わろ)たはったそうです。

鳴橋家はここ、
今出川通の真ん中にあった。

私とこの家のあった北側にある京都市考古資料館の東に細い道があって、そこには昔、小さなお社がありました。ここ20年ほど前に引っ越してしもたお稲荷さんですが、名前を「織田稲荷」て言いました。名前からおわかりでしょうが、ここには織田信長が祀られてたんです。400年前、この地には阿弥陀寺というお寺がありました。

 天正10年、明智光秀によりあの本能寺が燃やされた日、ここは人知れず、もうひとつの大きな舞台となりました。阿弥陀寺の住職・清玉上人は密かに本能寺に入り、信長の遺骸をお寺に持ち帰って埋葬した、と言われています。あの混とんとした状況の中、ほんまのところ何が起こったのかはわかりません。そやけど、太閤さん(秀吉)は変のあと、この阿弥陀寺に葬儀をするように命じたはるのです。信長の何かがここにあったことは間違いない、と思われるできごとでした。

 その後、結局お葬式は大徳寺で行われて、阿弥陀寺は太閤さんの命で寺町の北のほうへ引っ越して行きました。そして「その跡」にはお社が作られて、いつのことか「織田稲荷」と言われるようになったのです。お寺のあたりの人は知ったはったに違いありません。やっぱり、跡を残しておかなあかんほど大事な場所やったのでしょう。

 なんでこんなに「織田稲荷」にこだわるかていうたら、実は、私のお祖父さんの母方のお祖父さんの家が、この「織田稲荷」のお守りをしていたことがあったて聞いたからです。どのくらいの期間か、いつの代からかは知りません。でも、これのおかげで、ここが「私」とこの「千両ヶ辻界わい」とをつなぐ、大事な不思議スポットとなったのです。

残ったのは、
ポラロイドカメラに収めたこの1枚だけ。

 私が二十歳になる少し前、父とこの地を訪れました。先祖の一つが織田姓なこともあって、興味があったのです。そのころはまだ織田稲荷はここにありました。私はどう思って手を合わせ何をお願いしたのか、今はもうすっかり忘れてしもたけど「ここに織田信長が埋葬されてたのか」となんとなく思いながらも、不思議な熱さを感じたことだけははっきりと記憶に残っています。

織田稲荷のあった小路。
昔の面影はあとかたもない。

織田稲荷は建勲神社の御旅所になったこともありましたが、数十年前に取り壊される危機にさらされました。しかし、ここの元伊佐町のみなさんが、氏神の今宮さんにお預かりをお願いしやはったおかげで、今は他のお稲荷さんとともに今宮さんの境内で大事にお祀りされたはります。

現在の織田稲荷。

今宮さんの中で、
今も静かに鎮座されている。

千両ヶ辻界わいでも、ここにお社があったことを知る人も少のうなってきました。跡地には別の建物が建っています。それでも、今でも毎年必ず、織田稲荷のもとへ町内の方がお詣りされます。土地とのご縁はそう簡単に切れるもんやありません。西陣の人たちは、町にやはる神さんやお地蔵さんを一つずつおろそかにせず、大事に大事にお祀りしています。私が感じた熱さは、西陣の町衆の祈りの力やったのかもしれません。

京都はこんな小さな神仏一つ一つに守られている町。小さな鳥居の奥から、どなたかが目を光らせたはります。お地蔵さんのそばを通り過ぎてなんとなく後ろ髪を引かれるような気がしたら、肩に手を掛けて、何かを語り掛けたはるのかもしれません。
「いつも見てますえ…」

 

<後記>


毎年9月23日、今出川を下った大宮通界わいでは、「千両ヶ辻」のイベントを開催されています。今も残る織物・生糸問屋を中心に、他業種も巻き込んで徐々に開催地域が広がりつつあります。晴明神社の「晴明祭」も行列が通り、にぎやかな往来がよみがえる風景が楽しめますので、一度お越しになってみてはいかがでしょうか。

「千両ヶ辻」サイト


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鳴橋 明美

京くみひも「鳴橋庵」店主。
上京の、形になりにくい文化(お祭・京都のおかず・伝統工芸・の継承のお手伝いをする「京都上京KOTO-継の会」会長。
上京区役所運営サイト「カミング」取材コーディネーター兼アドバイザー。
「能舞台フェスタ in 今宮御旅所」実行委員会会長。

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