「堀川団地は立体型京町家!?」 堀川団地にまつわる物語 その2

はじめに

京都市上京区の堀川通り沿いに「堀川団地」と呼ばれる下駄履き住宅団地がある。この「堀川団地にまつわる物語」では、筆者が行ってきた堀川団地に関わる調査研究の成果を交えながら、堀川団地について多面的な視点から紹介している。1回目の前稿は、堀川団地の誕生に至るまでの経緯について解説させていただいた。

戦後最初期の下駄履き住宅団地の誕生

 堀川団地は、6棟それぞれに個性あるデザインや間取りとなっており、建築的な視点から見ても魅力的な団地となっている。堀川団地について様々な調査をしていく中で、堀川団地は「立体型京町家」とも言うべき特徴を持っていることが分かってきた。2回目の本稿では、このような堀川団地の建築的な特徴について解説させていただく。


立体型京町家としての堀川団地

堀川団地は、全て3階建て鉄筋コンクリート造の建物であり、1階が店舗付き住宅(上長者町団地は店舗のみ)、2,3階が専用住宅として計画されている。
先述の通り、堀川団地は「立体型京町家」とも言うべき特徴を持っている。堀川団地の計画が始まった1950年当時、全国的に戦後復興のための住宅団地が作られ始めていたものの、まだ団地の標準設計という考え方が浸透しているわけではなかった。そこで、京都の人にとって最も身近な住宅である京町家を参考にしながら堀川団地は作られていったと考えられる。ここでは、堀川団地で最初に建設された出水団地(写真1、図1)を例にその特徴について解説していくこととしたい。

写真1.出水団地2棟の外観
図1.出水団地2棟 1,2階平面図

1階の店舗付き住宅は手前が店舗となっており、各店舗には京町家と同じように道路から直接入ることができる。奥の住居部分はいわゆる2Kの間取りとなっている。現在では、この住居部分まで店舗空間としているが、建設当初は住みながら店舗を経営するという職住共存の住まいとなっていた。実際に10年ほど前までは店舗を経営しながら奥の住居で暮らしている方もいたという。住戸の奥の裏庭まで繋がる動線が確保されており、土間にはなっていないものの京町家のトオリニワを思わせる空間である。
 2,3階の専用住宅は、片廊下型のアクセス形式となっており、階段室型が主流であった当時としては珍しい。2階住戸の手前には、幅約4mの共用ベランダが設けられている(写真2)。このベランダも通りを交流空間として活用してきた京都らしい空間であり、建設当初は地蔵盆などの行事にも使われていたようだ。

写真2.2階ベランダ

住戸は、面積約30㎡の2Kという間取りとなっている。1階と同様にトオリニワのような廊下に水回りが固められて配されている。2つの和室には2方向に窓が設けられており、ここにも風通しを重視する京町家に通じるものがある(写真3)。また、内装も竹小舞を組んだ土壁となっており、鉄筋コンクリート造の建物の中に木造の京町家をはめ込んだような意匠となっている。さらに、天井に丸みをもたせた左官仕上げも特徴であり、押し入れの中というほとんど見えない部分までに丁寧に作り込まれている(写真4)。その他にも、キッチンと和室の間には小さな配膳窓(写真5)や造り付けの食器棚(写真6)など、住戸内の細部にも随所にこだわりが見られる。

写真3.和室の様子
写真4.押入れ内部の左官仕上げ
写真5.配膳窓
写真6.造り付けの食器棚

個性豊かな堀川団地

堀川団地は各住棟で少しずつ異なる意匠が採用されており、個性豊かな団地になっていることも特徴である。
団地の外観(ファサード)を見ると、先程の出水団地は水平ラインが強調されているのに対して、下立売団地では水平ラインと垂直ラインを組み合わせた意匠となっており、外観の印象が出水団地とは大きく異なる(写真7)。

写真7.下立売団地の外観

住棟のアクセス形式について見ると(図2)、6棟目に完成した上長者町団地は階段室型であり、それ以外の5棟は片廊下型となっている。上長者町団地については、6棟の中で最も敷地の奥行が小さく、階段室型を選択せざるをえなかったと考えられる。また、同じ型廊下型でも、下立売団地と椹木町団地は共用ベランダの幅が小さくなっており、その分住戸面積が約40㎡と広くなっている。

図2.各住棟の全体平面図(全て2階)

住戸について見ると(図3)、同時期に建設された出水団地は3棟ともほぼ同じ間取りとなっている。上長者町団地はアクセス形式が異なるものの、平面構成は出水団地に近い構成となっており、住戸面積も約30㎡と出水団地と同程度の広さである。一方、住戸面積が約40㎡と少し広めに計画されているのが下立売団地と椹木町団地である。下立売団地は中央に三畳間をもった3K、椹木町団地はダイニング(食事室)が設けられた2DKの間取りとなっている。椹木町団地のDKプランは、1951年に提案された団地の標準設計51C型の流れを汲んだものと考えられる。また、下立売団地や椹木町団地でも造り付けの食器棚が設けられており、団地の開発が進むにつれて徐々に立派になっていくのも大変興味深い(写真8,9)。

図3.各住棟の住戸平面図
写真8.下立売団地の造り付け家具
写真9.椹木町団地の造り付け家具

 このような堀川団地の違いについて、今から10年前ほど前(2010年頃)に上長者町団地の設計担当者であった三谷昭男氏から話を伺うことができた。上長者町団地は堀川団地の中では後期に作られた団地であったが、前の団地を参考にしながら設計が進められたこと、2ヶ月という極めて短い設計期間で作業が行われたこと、三谷氏の思いとして前に作られた住棟とは違うことをしないといけないという思いもあったこと等が語られた。このような堀川団地の作り手の気概や意気込みが個性的な堀川団地の建設につながったのではないかと考えられる。


まとめ

以上のように、堀川団地は鉄筋コンクリート造の集合住宅でありながら、「立体型京町家」とも言うべき特徴を持っており、平面形状から細部に至るまで魅力が詰まった団地になっている。
堀川商店街の店舗に行かれたときには、団地のデザインにも目を向けていただけると面白いかもしれない。また、堀川通りの東側を南北に歩いて対面の堀川団地を眺めると、6棟の外観の違いがよくお分かりいただけると思う。お近くの方は散歩がてら堀川団地を見に行っていただけると幸いである。

参考文献
•土井脩史,髙田光雄ほか:各住棟のキャパシティからみた堀川団地再生の方向性の検討-市街地型の公的住宅団地の再生に関する研究 その2-,日本建築学会学術講演梗概集(北陸)E-2分冊 pp.63-64,2010.9
•高田光雄,大島祥子,土井脩史,生川慶一郎:堀川団地の記憶と未来,2012.4

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この記事を書いたライター

 
住宅計画研究者。博士(工学・京都大学)、一級建築士。
京都橘大学現代ビジネス学部都市環境デザイン学科・専任講師。
京都・大阪を主な研究対象として、これからのストック活用時代における住宅計画のあり方について研究している。

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