光秀の心の内

ここで実行犯である光秀サイドの視点に立ってみましょう。もともと光秀は伝統的な権威である天皇や朝廷を尊重するスタンスでした。したがって天皇および朝廷をないがしろにする信長にギモンを抱きはじめたと考えられます。そもそも光秀が信長の配下となったのは、信長なら天下統一を果たし戦国乱世から泰平の世に導いてくれると信じていたからです。ですから光秀も粉骨砕身、信長の覇道につき従い尽力したわけです。ところが信長の朝廷への態度を見るにつけ、「あれ?この人は俺が考えていたこととは違う方向に進んでいるぞ」となり、信長への不信が強まるようになりました。加えて信長の徹底した成果主義に加速がかかると、家臣の誰もが自分の将来に不安を抱くようになります。特に老齢の光秀は過敏になっていたでしょう。となると「このまま信長を突っ走らせてよいのか?」という疑念がどんどん膨らみます。このとき光秀と朝廷の利害が一致し、本能寺へと走らせた…。という推論は十分にアリだと思います。

また、朝廷が直接には関与していなかったにしても、間接的に光秀を本能寺へ導いたという見方もできます。もう一度、光秀の立場で考えてみましょう。信長ほどの男に逆らうのは相当な覚悟が必要です。失敗したらおそらく一族皆殺しでしょう。神経質な光秀のことですから悩みに悩みぬいたと思います。もしかしたら、明智家の家紋である桔梗の花びらを1枚ずつちぎりながら「殺る、殺らない、殺る、殺らない、殺る、殺らない…」と堂々巡りをしていたのかもしれません。

そんなとき、彼の耳にもう一人の光秀の声がささやきます。「おい、自分。何をためらっているんだ。天皇を貶めようとする信長を成敗するのに遠慮はいらん。正義は我にあり!」とこのように自分で自分を説得し、天皇の名のもとに大義名分を作り自分の背中を押したであろうことは想像に難くありません。

 

天皇家の野望?

このように天皇、そして朝廷は有形無形のチカラで光秀に働きかけ、信長襲撃をアシストしたのではないでしょうか。そして、この有形無形のチカラこそが万世一系の天皇家を支えてきたものだと私は考えます。歴史上、天皇家を脅かした者は、非業の最期を遂げています。古代、聖徳太子の息子を殺害するなど天皇家を意のままに操ろうと蘇我氏は、宮中で斬殺されました。これが大化の改新につながる「乙巳の変」です。また圧倒的な権力で天皇家を乗っとろうとした疑いのある室町幕府第三代将軍・足利義満は毒殺されたとの説があります。そして信長しかり…。天皇家に背いた者には何らかの作用が働き、俗な言葉でいえば「天罰」が降ると思われていたのかもしれません。天皇家の血脈が2000年以上も続いた理由のひとつは、ここにあると思います。そして平安時代以降、すなわち「天皇=京都」の時代が、この時点ですでに約800年も続いていました。この連綿たる歴史の積み重ねによって京都そのものがパワースポットとなり、天皇を守ろうとする不思議な力が宿っていたのかもしれません。だから仮に光秀が謀反に及ばなくても、誰かが本能寺の変を起こしたのではないでしょうか。それが歴史の流れだと思います。

清水寺上空に漂う積乱雲。聖なる神秘の力が京都に集結する様は、まるで元気玉?

ところで本能寺の変後、朝廷は光秀に対し「明智光秀を政権担当者として認める」旨を伝える使者を送りました。しかし、光秀が秀吉に山崎の戦いで敗れると、一転して秀吉に祝いの使者を向けます。同時に証拠隠滅のために様々な書状が焼かれたといわれます。もしかしたら、その中に朝廷が本能寺の変に絡んでいた証拠があったのかもしれません。いずれにしても光秀vs秀吉の戦いに際し、朝廷は二股をかけていた可能性があり、勝者になびくことでその命脈を保ちました。これを「ズルい」とみるか、「したたか」とみるか。当時の天皇や公家はイコール京都人です。私はこのズルさも含めたしたたかさに今日の京都人の原型を見るように思えます。

本能寺の変。それは天皇家が天皇家であるために、有形無形の力学によって引き起こされた事件ではないかと思います。天皇家の最大のミッションは「存続」すること。さらにいえば、永続することが天皇家の野望だともいえます。とすると、信長の野望を食い止めたもの、それは天皇家の野望だったのかもしれません。

(編集部/吉川哲史)

参考文献
「安土城の空間特性」/大沼芳幸 ※公益財団法人滋賀県文化財保護協会『紀要』より抜粋
戦国エンターテイメントマガジン歴史人「信長と光秀 本能寺の変の謎」
歴史マガジン文庫「信長死す」/小和田哲男・井沢元彦他
歴史の使い方/堺屋太一
逆説の日本史10/井沢元彦
明智光秀と本能寺の変/小和田哲男
戦国武将の政治力/瀧澤中
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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員
吉川 哲史

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

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