手作業で模様を作り出す織物?「西陣絣」とは 〜知る人ぞ知る素敵な布、西陣絣〜

西陣絣をご存じですか?

わたしは京都でライターをしながら、西陣絣(にしじんがすり)という織物を伝える活動をしています。西陣絣も他の伝統工芸と同じで深刻な後継者不足に直面していますが、とても素敵な布なので何とか次世代につなげることができないだろうかと試行錯誤を続けているところです。
そんな日々のなか、ときどきふと考えてしまうことがあります。それは、「西陣絣をご存じですか?」と尋ねて「知っていますよ!」と答えてくれる人は、この世に一体どれくらいいるのだろうか……ということ。正直なところ、世の中のほとんどの人が西陣絣をご存じないと思うのです。
西陣絣唯一の若手職人である葛西郁子さんによれば、開業当初は和装業界の方が見学に来られても、西陣絣をご存じないケースが結構あったそうです。業界人でさえそうなのですから、一般の人は言わずもがな。わたし自身も人のことは言えません。京都で長年ライターをして和文化を取材してきましたが、葛西さんと知り合うまで西陣絣の存在を知りませんでした。

そもそも織物に興味がないと、「絣(かすり)」という字さえ読めない場合もあるでしょう。大学の授業で学生さんに西陣絣についてお話しするときも、まずはそこからスタート。「餅(もち)ではありませんよ、絣です、『西陣絣』。今日は名前だけでも覚えて帰ってくださいね」と、挨拶するのがお約束です。
では、そんな「知る人ぞ知る西陣絣」とは、どんな布なのでしょうか。
一言で説明すると「西陣織の品種のひとつで、先染めした糸をずらしたり組み変えたりして模様をつくり出した絣織物」です。
うん、ややこしいですね。これを聞いてすぐ理解できるのは、関係者か織物ツウの人だけでしょう。

織機にかかっている西陣絣

西陣織にも絣はあるのです

名前から察した読者もおられると思いますが、西陣絣は西陣でつくられている絣です。西陣織といえば、金・銀・色糸を使ったゴージャスな帯を思い浮かべがちですが、実はそれ以外の織物もあるのです。西陣織工業組合のサイトを見てみると、絣を含め12の品種があると書かれています。
余談になりますが、西陣織の「西陣」とは行政区域の地名ではなく、エリア一帯の呼び名です。応仁の乱で西軍の山名宗全が陣地を置いたことから呼ばれるようになったといい、2022年の今年で呼称555年なのだそう。「伝統」という言葉がぴったりですね。しかも平安京には織りや染めをつかさどる織部司(おりべのつかさ)がありましたので、もちろんその歴史も西陣織のなかに息づいているわけです。1200年かけて時代時代の職人さんたちが連綿と技を磨き、技法を生み出し続けているのですから、西陣織の品種が12種類もあっても納得がいくというもの。さすが、京都の織物といったところでしょう。

そして、布というものが生まれてからずっと、人類は模様づくりに情熱を注いできました。それが、「染織」という営みです。白い糸で織った布に色や模様を染めたものを「染物(そめもの)」、先に糸を染めて織って布にしたものが「織物」。織物は、染物素材の白生地と分けるため「先染の織物」と言われるときもあります。
赤なら赤、黄色なら黄色と単色の色糸を何色も使って織りなす他の西陣織とは違い、絣は1本の糸を部分的に染め分けることで模様をつくります。経糸(たていと)を加工したものは「経絣(たてがすり)、緯糸(よこいと)を加工したものは「緯絣(よこがすり)」。日本各地に産地があり、それぞれに特徴があります。西陣絣の場合は絹糸の経絣が中心で、織る前の経糸の段階ですでに模様ができています。凝ったものになると経糸と緯糸の両方を加工するものもあり、とても素敵です。
絣糸を織ったときに模様の端が少し「かすれ」たように模様が出るのですが、これが絣の語源であるともいわれています。そしてこのかすれた部分こそが、絣の魅力なのです。

上半分は布、下半分はまだ織られておらず経糸のみの状態の西陣絣。経糸の段階で模様ができていることがわかる。

西陣絣職人は、絣を織らない

西陣織の一番の特徴は、分業制だと思います。糸から織物になるまでに20以上の工程があり、それぞれに専門の職人さんがいます。町全体が工場のようになっていて、糸はそれぞれの職人さんのところを経て、最後に布になります。
西陣絣の職人さんが担当するのは、絣加工のみです。よく「絣を織っている」と言われるのですがそれは間違いで、織るのは織り屋さんです。また、糸を染めるのも専門の糸染め屋さんが担当します。

では西陣絣の職人さんはどんな仕事をしているのでしょうか。
大きく分けると
糸を染め分けるために「防染加工」をし、染め屋さんに染めてもらうこと 
染めわけた糸を、ずらしたり並び方を変えたりして「織るための経糸をつくる」こと
の2種類です。
デザイン通りに染めわけた経糸を必要本数順番に並べ、「ちきり」に巻きとればお仕事完了。そのちきりを織屋さんは織機にセットして、布を織っていきます。
分業制の場合それぞれの職人さんは部分的にしか織物に関わらないわけですが、やはり前後の工程をわかっていないと良いものはできません。染め屋さんや織り屋さんと連携し、ひとつの織物をつくりあげていきますので、染め屋さんが染めやすいように、織り屋さんが織りやすいように、ものづくりすることが大切になります。

わたしは西陣織や西陣絣のすごみもまた、こうした分業制にあると思っています。何しろすべての工程に専門家がいるわけですから、すべての工程が洗練され、先鋭化しています。それらが積み重なってできあがる西陣織や西陣絣の技術力や洗練度合たるや、推して知るべしではないでしょうか。糸づくりも糸染めも織りももちろん絣加工も、すみずみまで高度な技術が駆使されている「すごさの塊」のような織物なのだと思います。

ちきりに巻き取られ、手織機にセットされた経絣。
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この記事を書いたライター

染織や紙を中心に地元京都の工芸を取材し、WEBや雑誌に寄稿。
2014年に西陣織の職人さんたちと西陣絣を伝える「いとへんuniverse」を結成。個人でも西陣絣の研究活動を続けている。また、2020年より染色作家岡部陽子と手染毛糸Margoを立ち上げ、インディダイヤーとしても活動中。


|いとへんライター・文筆家|西陣絣/伝統/職人/糸