「琵琶湖の水止めたろか」は実現可能なのか。 理系エンジニア集団が徹底検証してみたvol.2~科学技術で本気でとめてみた~

前回は「琵琶湖の水とめたろか」を実際に実行すればどうなるかをシミュレーションした。

▶︎【前回の記事】琵琶湖の水止めたろか」は実現可能なのか。 理系エンジニア集団が徹底検証してみたvol.1 よろしければご参照ください。

結果はなかなかに残酷なもので、水を止めると滋賀広域が水没したあげく、貯まった水はまず京都に流れ出すといったものだった。このままでは滋賀県民の脅し文句が京都人や大阪人の脅し文句になってしまう。

これはなんとかせねば(?)、というわけで打開策を模索していきたい。
このシミュレートでは瀬田川洗堰を閉めることで水を止めた。

国土地理院発行電子地形図を加工して作成

果たして水を下流に流さない方法は本当にこれだけだろうか。冷静に考えてみれば、既存の設備を使う必要はないはずだ。と、いうわけで本記事では“滋賀に水を貯めずに水を止められる新たな方法”を空想科学していきたい。

水を流さない方法は?

前述の通り、水を止めても滋賀ごと水没するだけである。では、どうして水没してしまうのか。簡単である。水であるからだ。もっと言うなら液体であるからだ。液体だから流れてしまうだの水没するだの考えてしまうのだ。

そう、液体でなくせばいいのだ。

ではどうすれば水を気体か固体にできるのか。もっとも簡単な方法は高温 or 低温にして沸騰 or 凝固させてしまうことだろう。だがこれは放置しておけば液体に戻ってしまう。いくら京都や滋賀が夏は暑く、冬は寒くなりやすい盆地といっても限界がある。
何かいい方法はないだろうか…

ここで自称・化学屋である著者として、この方法を提唱したい。
「作戦:水を電気分解してしまう」というものだ。

※化学屋:化学の研究開発をしたりしている人が自分のことをこう言ったりする。偏見だが年配の人が使いがち。なお著者は自称若い。

水を電気分解するとどうなるか

水は電気分解すると水素と酸素になる。つまり気体にできる。
しかも水素は昨今注目されているクリーンエネルギー。酸素は化学製品への酸化剤や溶接用のガス、医療目的など様々な用途があげられる。大量の水素、酸素が生産できるとなれば、軍資金まで得られるのではということでこの方法について考えてみたい。

まず電気分解というだけあって、水を水素と酸素にするには電気が必要だ。
この反応を化学式で書くと以下のようになる。

なんのこっちゃという方もおられると思うので、簡単に説明すると「水分子2つを分解すると酸素分子1つと水素分子2つができる」という意味。とりあえず「水を電気の力でバラバラにしたら酸素と水素になる」と思っていただきたい。

「化学屋とか大層な言い方をしたのに、提案した方法は中学化学やん!」とか突っ込まれていないかを気にしながら、この反応を起こすためには水分子1つにつき電子2つが関与するので…などと色々計算したところ次の結果が分かった。

瀬田川流出量は 48.4 億トン/年、天候や時期によりその流量は変化するが、単純に平均をとると1秒で約150kgの水が流れることになる。これを全部水素と酸素に変えて大気中に流すと、体積にして水素372m3、酸素186m3、合計558m3もの量になる。分かりにくいので例えると、京都市営地下鉄の電車2車両分よりも大きい。1時間にすると電車150車両分ほどの気体が生成されるわけである。シンプルに置き場に困る量だ。

となれば貯める方法か使う方法を考えないといけない。

ここで折角なので水素の貯蔵についてお話ししたい。
「水素を貯める」と聞いて工業レベルのガスを貯めるとなれば、この画像の施設が思い浮かんだ方も多いのではないだろうか。

筆者が子供の頃、勝手に「恐竜の卵」と呼んでいたこの丸いやつは正式名称を”ガスホルダー”という。大量に気体を貯めるという方法としては正解だが、実は水素には金属をもろくする性質があるので普通に鋼鉄のガスホルダーに入れることは普通に危ない。そんな背景も相まって、水素の貯蔵には様々な方法が生み出されているのだ。

ではどのように保管するかというと

1.アルミニウム合金などで作った特殊なタンクに貯蔵
2.合金に水素を吸わせて貯蔵
3.アンモニアなど別の物質に変えて貯蔵
4.低温にして液体化させて貯蔵
などが代表的だ。
また貯めるとは少し話がずれるが
5.パイプラインで水素を使う場所にすぐ供給する
のも有効な手段といえる。

水素を使う方法として有名なのは水素カーであろう。水素で動く自動車は流通数こそまだ多くないが、実際に製品として販売されるステージまで来ていることは言うまでもない。

国土地理院発行電子地形図を加工して作成

ここで滋賀の地図を見直してみよう。

何とも都合のいいことに琵琶湖南部には国道1号線や名神高速道路があるではないか。
国道1号線は東京から静岡を経由し、滋賀や京都、大阪を通る規模の大きな国道だ。
また名神高速も大阪-京都-名古屋をつなぐ高速で交通量は多い。

パイプラインで長期保管、長距離輸送しなくとも将来的にはかなりの量を売れるのではないか。まさか嫌がらせが金儲けの手段にまで変わるとは…。
琵琶湖の水を止めると国道が水没して全国から怒られると思っていたが、この方法なら感謝する人も出てくるかもしれない。滋賀に交通の要所が多いことがこんな方向で役に立つとは…
視点を変え、新たな手法にチャレンジすることはやはり偉大であったか。

ちなみに酸素や水素を使う話ばかりしているが、適当に垂れ流すのは絶対にやってはいけない。酸素が多いと尋常じゃないぐらいものがよく燃えるようになるのに、水素と酸素が大量に混ざった気体は火の気があれば大爆発を起こす。そもそも酸素濃度が高すぎても低すぎても人は一瞬で死に至る。高濃度では酸素中毒に、低濃度では意識を失い、そのまま酸欠になるのだ。

酸素濃度は命にかかわるので、例えば科学実験では細心の注意が必要になる。化学屋が液体窒素を使う際、最初に教わる事でもある。

話を切り替え、この大量の水電気分解に必要なエネルギーを計算してみよう、すると必要なエネルギーは1時間で1340kJ。なお2017年に環境省のデータによると近畿の1世帯あたりの平均消費電力が1日で約11kJらしい。計算すると約3000世帯当たりの消費電力が必要ということだ。京都府で例えると綴喜郡 井手町が約3400世帯ほどなので、この電気分解のために町1個分の電力が使われるといっても差し支えないだろう。

どうやってこの電気を賄うかだが、どうせ琵琶湖の水を全部止めるのならば、水力発電しつつその電気で水電気分解をしてみるのはどうだろうか。なお気になる発電量だが瀬田川の流出量を考えれば、難しい話ではないだろう。我ら京都人がおなじみの蹴上発電所の発電量と比べてみればあきらかである。蹴上発電所とは琵琶湖から京都市に水を引くために琵琶湖疎水が作られた時に作られた発電所である。その発電された電気が当時の京都の街頭や電気鉄道で使われ、京都の近代化に大きく貢献したことは京都人の中では有名である。

 1891年に第1期蹴上発電所が作られたが、発電量が足りなくなったため、1912年に第二期蹴上発電所が建てられた。第二蹴上発電所の発電量は1時間当たり4500kJを超える。当時の発電技術ですら必要な電気量を賄うことができている。そもそも第二蹴上発電所で使われていた疎水の水の量はざっくり瀬田川の1/10程度なので正直かなり余裕だ。

あれ?最初は悪ふざけで言い始めたが、思ったよりかは実現できそうに見えてきた。これなら京都人もちゃんと脅せそうだ。

実際に水を止めるとどうなるか~与える影響について~

実際に水を止めたときの影響について、想定できることをいくつか紹介したい。

日本という国はかなり水に恵まれているからこうやって「水を止めるぞ」とネタにできるが、世界ではそうできないも地域も多い。

例えばテキサス州とニューメキシコ州にまたがる国際河川、リオグランデ川の水資源問題は紛争にまで発展したこともある。
なんとこの河川の水の仕様配分がリオグランデ協定で定められるほどであり、水不足や一部地域の水の使いすぎは市民の生活、特に農業に大きな被害を及ぼしてしまうのだ。

農業関連でいえば、中央アジア西部にあるアラル海のことも紹介したい。琵琶湖よりも大きな湖で知られるアラル海は、近代農業のためにその水量が半世紀で1/10ほどまで減ってしまったことで知られる。

アラル海の縮小。半世紀もしないうちにこんなにも湖の水が減った。

アラル海に流れ込む大河の水を綿の栽培や灌漑農業などのために使ってしまったために起こった被害であるが、この事件はただの水不足だけでは済まなかった。
塩湖であるアラル海は水分が少なくなったことに加え、塩分濃度が上がり塩害が発生。アラル海に住む生物に大きな影響を与えてしまった結果、漁業は壊滅状態にまで陥った。

琵琶湖・淀川水系の生態系について特筆しておきたい。というのも琵琶湖は日本最大の湖として有名だがそれだけではないのだ。400万年以上もの歴史を持つ日本最古の湖であり、世界でも20ほどしかない古代湖の一つなのだ。古代湖とは、固有種の住む貴重な自然環境を有し、10万年以上もの歴史をもつ湖を指す。琵琶湖の水を止めることは、琵琶湖に住む約60種の固有種をはじめ、近江盆地に住む動植物やその他淀川水系に住む生き物に大きな被害を与えてしまう。固有種のビワコオオナマズ、絶滅が危惧されるビワタナゴ、回遊魚である鮎など、数え始めるときりがない。

そのような貴重な生物のなかで個人的に取り上げて話したいのはイチモンジタナゴという日本固有種だ。

イチモンジタナゴ(イラスト)
その名の通り、体に一文字(イチモンジ)の模様がある。

元々近畿では琵琶湖・淀川水系に幅広く分布していた淡水魚だが、外来種の影響で琵琶湖からは姿を消してしまった。

ただ平安神宮神苑の池では琵琶湖疎水に浄水装置が設置されていたおかげで外来魚が侵入されていなかった。そのおかげでイチモンジタナゴが平安神宮神苑の池で生き残っていおり、これを繁殖させて琵琶湖に復活させようという取り組みがされている。
この記事ではさんざん京都と滋賀がいがみ合っているかのような話ばかり書かれているが実際はそうではない。実はかなり協力していたりもするのだと他府県民に向けてアピールしておきたい。
少し話がそれたが、このようなイチモンジタナゴ繁殖の活動をはじめ、琵琶湖・淀川水系では外来種から在来種を守る活動が多くされているのだ。

このような活動に敬意を示す意味も込め、急な手のひら返しではあるが、琵琶湖の水は絶対にとめてはならないとここで断言させていただきたい。

まとめ

今回の空想科学を通じて、琵琶湖の偉大さや影響の大きさが感じられた。琵琶湖の大きさだけでなく、我々関西圏に住む人の生活への影響、生態系の豊かさなど素晴らしい点が多く、その自然の恵みを享受しながら生活している実感も得られた。

 もし滋賀県民の方で、京都人や大阪人を飲み会の席なんかで脅したくなった時は
「琵琶湖の水を止めるために瀬田川に発電所つくって水を全部電気分解するぞ」
といいながら、このHPを見せる方法が有効だという新説を立てさせていただいて終わりとさせていただく。

 なお京都大阪が壊滅した時に、国道1号線と名神高速の利用者数がどうなるかは疑問が残るので水素が売れるのかは怪しいし、そもそも京都、大阪、一部の兵庫壊滅なので近畿の経済、日本の経済も壊滅するので水素売ってる場合じゃねぇとなりそうだと、最後に補足だけしておきたい。

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この記事を書いたライター

京都が好き。美味しいものを食べるのも好き。
でも実は一番好きなものは化学や物理学などの自然科学。
京都あるある、近畿あるあるを呟くはずのツイッターbot(手動)を運営中(
@kyoutojin_bot)。
『京通信』でも色々執筆中。