京のくらしと京ことば  新年を迎えて 

新年はいつから

昨年末の11・12 月の2か月間、まるまる入院生活を送っていた。なんとか正月は家で迎えられたが、最悪の年末であった。「新年を迎えて」と小題を付けたが、本来、新年は1月1日からであるのに対して、私たちの生活ではその準備段階からが新年と捉える概念もある。

京都では事始めから新年が始まる。いつもニュースでは、京舞井上流家元の稽古場に鏡餅が飾られる中、芸舞妓たちが「おめでとうさんどす」という挨拶を交わし、1年の謝意と来年への抱負を語ると、家元からは「おめでとうさんどす。おきばりやす」という挨拶にご祝儀の舞扇が渡される。これが12月13日の祇園の事始めなのである。

それは、年末は忙しくなる、つまり迎春準備でやることが多くなることから「事が多い」ということを表したのである。ゆえに、祇園をはじめ、この日を境に「おことう(お事多)さんどす」と挨拶を交わすのである。一般的には、「忙しおすな」という挨拶であるが、商売人などは、忙しいことは、商売繁盛で何よりという意味合いで使った。もともと宮中では13日に正月の準備を始める事始めを行っていたことから、京都では13日に定着したようである。ちなみに江戸では、幕府が8日を事始めとした。

昨年のことを言い表す京ことばは……

ところで、私の場合は、12月末まで正月の準備どころか、本来の年の瀬が境となったことで「おことうさんどす」などと言っている間もなかった。すぐに新年になったので、「『ふゆとし(冬年)』は、『えらい』目に遇うて、……」などと挨拶を交わした。

この「ふゆとし」は、ちょうど旧暦の冬の期間、10月から12月を指すので、年が明けて早々に使ったが、一般的には旧年を指すので「『ふゆとし』はいろいろとお世話になり、ありがとうございました。本年も相変わりませず、よろしゅうお願いします」などと挨拶を交わす。

他にこの旧年を表すことばとして「ふるとし(古年)」、古くなった年という意味で使う人もあった。「えらい」は、ここでは「とんでもない」の意味であるが、「大変な」「ずいぶんな」という意味合いよく使われる。「えらい人や」「えらい損をした」などと使う。他には「ああえらい」などと言えば、疲れた、苦しいという意味合いになることは以前にも書いた。

お餅を表すことばは、町方と御所とそれぞれに

さて、お正月といえば、雑煮である。京都では丸餅で白味噌仕立てであるが、餅以外には、頭芋に子芋、家庭によっては、鼠大根に金時人参を入れるようである。この餅を「あも」もしくは、「あもさん」と呼ぶ。女性や子どもが使う言葉であるが、餅自体が甘いことからついた命名であるとも言われている。宮中では「かちん」とか「おかちん」という。杵で米を搗(つ)くことを「かち」といい、古語で餅を意味する「つきまぜた飯」のことを搗飯(かちいい)というところからきているとも言われている。

ところで、私の子どもの頃は家で餅をついていたが、その頃、雑煮用の餅をつくのに、餅の上りを早めにして、ちょっと荒いといえばいいのか、粘りのある餅ではないつき方をしていたことを覚えている。父が鏡餅用、切り餅用、雑煮用などとつく前にその用途を言っていたのだ。

もちろん鏡餅は神様に備えるゆえ最初に搗くと思うが、雑煮用などと言っているのは、まさに餅の質的なものを考えてのものだったのではないかと推測するが、今となってはもう聞くことはできない。しかし、白味噌によく搗いた粘りのある餅を入れて炊くと、餅自体がどろどろになって溶けてしまうので、ちょっと箸で切れるくらいの硬さに搗くのである。そういえば、最近袋に入った餅を雑煮に入れているのだが、餅の形が半分くらいなくなってしまっている。正月を祝う雑煮はやはり特別なものなのである。そして、3が日、お雑煮いただく前には、「おいわいやす」と言いながら食べる。普段ならいただきますであるが、1年間の家族への幸を各々が願うことばでもある。

昔は凧ではなく

ところで、正月といえば、昔は凧揚げであった。私の年代では凧と言ったが、大正末から昭和の初めの頃に生まれた人の中には「いか」という人もいた。そのあたりが境で、それよりも以前の人は「いか」である。御所ことばでも「いか」であった。凧揚げのことは「いかのぼり」と言った。

このことは江戸時代後期の三都の「京・大坂・江戸」の風俗や事物を説明した、いわゆる百科事典である『守貞謾稿(もりさだまんこう)』にも江戸の「たこ」に対して、関西では「いか」が使われていることが記述されているし、式亭三馬の『浮世風呂』にも「凧とはいはず、いか、いかのぼりといふが、上方の詞(ことば)なり」ともある。数十年前までは、洛北や洛南では「いか」ということばが使われていた。10月に図書館で京ことばの講演をする機会があったので、そのことを尋ねてみると、お1人木津川から来られた方が「いか」を使うと話された。京都府の方言分布では、市内部と亀岡辺りまでは「たこ」で、丹後や木津川あたりには、「いか」の分布が示されていたが、もうその分布もだいぶ変わっただろうと思う。

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この記事を書いたライター

 
京ことば研究家
故井之口有一・堀井令以知両氏の「京ことば研究会」で、京ことばとことばの採集方法を学ぶ。京ことばの持つ微妙なニュアンスの面白さを追い続けている。

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