文章とマーケティングの共通点
文章の書き方を説く本シリーズで、マーケティングの話とは唐突に思われたかもしれません。しかし、文筆家の端くれとして、またかつて広告会社でマーケティングをかじった一人として「文章とマーケティングには共通点が多い」と実感しています。
その相通じるものを語る前に、そもそも「マーケティングとは?」についてカンタンにお話ししておきます。現代マーケティングの第一人者ともいえるフィリップ・コトラー氏は「どのような価値を提供すればターゲット市場のニーズを満たせるかを探り、その価値を生み出し、顧客に届け、そこから利益を上げること」と語っています。わかったような、わからんような話ですね。これを超ザックリと翻訳すると「商品やサービスが売れる仕組みをつくること」となるそうです。これなら、わかりやすそうですね。つまり、マーケティングの目的、ゴールは「商品が売れる」ことにあります。ちなみに、私の解釈はこれをさらにアレンジしたものですが、それは後ほど述べることにします。
さて、では「文章の目的」は何でしょうか?本シリーズで、私は「文章の目的は、相手(読み手)に自分の望む行動をとってもらうこと」だと繰りかえし述べてきました。先ほどのマーケティングの目的と比べていかがでしょう?「相手に望む行動」が「商品を買う行動」だと考えれば、両者はイコールの関係にあるといえます。要するに、文章もマーケティングも「相手に行動を起こしてもらう」という点で共通しているということです。
マーケティング理論と文章術
ここ20年で広告のあり方がずいぶんと変わりました。いうまでもなくデジタル化とともにWEBの比重が大きくなったことです。かつては広告の王者として隆盛を誇ったテレビCMもWEB広告の後塵を拝するようになりました。そのWEBマーケティングで、よく使われる理論に「AISAS」と「カスタマージャーニー」があります。これまたザ~ックリ説明すると「顧客は、どのようにして商品を知り、理解し、興味を持ち、購買に至るか。また、買った後の評価をどうしているか」という顧客の行動を分析するものです。これらのマーケティング理論をさかのぼると「AIDMA」にたどり着きます。AIDMAは、インターネットが世に普及する以前から提唱されてきた古典的マーケティング論といえ、次の5つの単語の頭文字をとったものです。
Attention (注意)…気づいてもらう、知ってもらう
Interest(関心)…興味をもってもらう
Desire(欲求)…欲しいと思ってもらう
Memory(記憶)…記憶してもらう
Action(行動)…行動(買う)してもらう
この理論は「伝わる文章」にそのまま当てはめることができます。Attentionは、タイトルやキャッチコピー、メールの件名などにあたります。ここで読み手の目を引きつけないと、読んでもらうことすらできません。次のInterestは、文章の「ツカミ」といえます。このツカミで読み手の興味や関心を得ないとその先を読んでもらえません。なお、ここでいう興味とは「単に面白そう」という意味だけではなく「自分に関係のあることだ」と思ってもらうことを含みます。てゆうか、そちらの方が大事です。自分ごとだと思ってもらえたその次はDesire、つまり「○○してみようかな」と思ってもらうことです。
ここまできたら後はそれを忘れないように記憶に残してもらうこと、つまりMemoryになります。要点をくり返し書く、あるいは「超重要です」のように強調するなど、読み手の脳内に記憶を刻み込んでいきます。この5つの流れを途切れさせることなく、つないでつないでActionというゴールにたどりつきます。
「3C」「販売促進」と文章
古典的理論といえば、もうひとつ「3C」理論との共通点も挙げておきます。3Cとは「Customer、Competitor、Company」の頭文字をとったものです。市場(顧客)、競合、自社を分析することで、課題やとるべき施策を見出すという理論です。
これを応用したものが永井孝尚氏による「バリュープロポジション」という理論になります。詳しくは氏の著書を読んでいただくとして、例によってザックリ説明すると「顧客が欲するもので、自社が提供できるもの。かつ、競合が提供できないもの」という下図にある3つの円が交錯する黄色の部分が「自社商品が選ばれる」ゾーンとなります。
こちらも文章に当てはめてみましょう。「読み手(顧客)が読みたい(欲する)ことが書かれていて、かつ他の人(競合)が書けないことを、自分(自社)が書いたもの」が、読まれる文章となります。ここでいう「他の人が書けないこと」とは、なにも世界的な発見などという大それたことではなく「自分なりの視点」で書かれた文という意味です。たとえば、あなた自身が経験したことは、あなた以外の誰にも書けません。
また、マーケティングのゴールが売れることであるならば、販売促進は重要な一翼を担うことになります。その販売促進に「言葉」は絶大な力を発揮します。CMのコピーはもちろん、企画書やセールストークに至るまで、およそ販売に関わるシーンで言葉が登場しないことはあり得ません。そして、文章の「原材料」はいうまでもなく言葉です。「キャッチコピーと文章は全く違う」という声もあろうかと思いますが、キャッチコピーとは何百、何千文字と書かれた商品の説明文を「ひとこと」で言い切ったものだと私は考えています。もちろん、そこにはセンスや独特の視点が必要となりますが、根っこの部分は同じだと思います。
ポイントは、どちらも「相手」が存在すること
先ほど「マーケティングとは、商品が売れる仕組みをつくること」だと述べましたが、私はこれを「商品を買ってもらえる仕組みをつくること」だと解釈しています。ポイントは「誰の目線か?」です。「商品が売れる」は、売り手の目線です。対して「買ってもらえる」は、買い手の目線が重要になります。いくら商品スペックが凄かろうが自社の機械が優れていようが、そんなことはお客様にとってはどうでもいいことです。お客様にとって大事なのは「商品が自分にどんなメリットを与えくれるのか?」その1点です。そこに視点がいかないと、とても独りよがりな販売になります。かくいう私が散々それで失敗してきたので、よ~くわかります。
これ、文章でもまったく同じです。自分が伝えたいことばかりを一所懸命に書き並べても、相手がそれを読みたいと思わなければ、ただの独り言になります。相手が読みたい=知りたいと思うことと、自分が伝えたいことの折り合いをどうつけるか。どこに接点を見出すか。それが「伝える」ではなく「伝わる」文章にできるかどうかの大きな分かれ目になります。
マーケティングも文章も、相手の目線に寄り添うこと、つまり「相手ファースト」の気持ちがポイントになります。ここで、登場するのが最近のマーケティング界隈で頻出する用語「ペルソナ」です。似たような用語に「ターゲット」がありますが、ペルソナとターゲットの違いは、個人と集団の違いといえます。ターゲットは年代や地域、職業などで区分けした一定の「層」を指します。いっぽうのペルソナは具体的な一人を想定します。なぜ、特定する必要があるのか?例をあげましょう。
よく「20代の女性をターゲットにした商品」などといいますが、ひと口に20代の女性といっても様々な人がいます。たとえば、同じ年齢の女性でも「27歳の独身キャリアウーマン」と「1歳の子供がいる27歳の専業主婦」とでは、行動パターンも興味も悩みも、かなり異なるであろうことは容易に想像できるかと思います。この2人を一緒くたにしてセールスするのは乱暴にすぎますよね。「20代女性をターゲットにする」とはそういうことです。むしろ「比較的最近に出産した40歳の女性」や「イクメンパパ」の方が、共通点が多いかもしれません。
現代のように多様化した社会では、集団である「ターゲット」で絞ると、的外れになる危険があります。ニーズを探るには、興味関心や悩みを想像することです。「本人でもないのに、そんなのわかるわけない」という方もいるかと思います。その通り、だからこそ特定の一人をイメージして、とことん具体的に考える必要があるんです。
一般に、マーケティングが多くの人を対象とするのに対し、文章の場合は読み手が特定できるケースが多いので、その点はラクかもしれません。でも、最近はネットで発信することも多く、その場合は不特定多数の人に読んでもらうことになるので、やはりペルソナをイメージすることが大切になります。
京都が生んだ偉大な経営者、稲盛和夫
マーケティングは経営の重要な活動です。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』で有名なP.F.ドラッカー氏も「企業の第一の機能としてのマーケティング…」と述べています。ついでにいえば「マーケティングは、顧客の欲求からスタートする」とも書かれていて、やはり「相手目線」の大切さに言及しています。
さて、京都で経営・マーケティングを語るとなると、稲盛和夫氏を忘れるわけにはいきません。残念ながら2022年に他界された稲盛氏は、京都市中京区で産声をあげた町工場を「世界の京セラ」に、第二電電(当時)をNTTのライバルとするべく現在のKDDIに育てあげました。また、近年ではJALの再建も果たすなど、昭和から平成にかけて立志伝を築いた偉大な経営者であることは、皆さんご存じのとおりです。
京セラもKDDIも業界としては後発、JALは事実上の倒産からの再生でした。ふつうに考えると、カルロス・ゴーンばりの豪腕をもってバッサリと斬りすてる合理的な「利益最優先」のスタンスでなければ、これだけのことを成し遂げられないと思いますよね。実際、氏の著書には「経営には燃える闘魂が必要だ」と、アントニオ猪木を彷彿させる魂のゴング、もとい魂の言葉が綴られています。しかし、稲盛氏がもっとも大切にしていたのは「利他の心」でした。
「利他」という言葉になじみがない方でも「利他の反対は利己」といえば、その意味をつかんでいただけるかと思います。他人を利する、つまり人の役に立つことを第一とするのが、稲盛氏の経営理念でした。かといって学校の道徳みたいに、自己犠牲の尊さだけを説いたわけではありません。利益とは「人の役に立つこと、つまり良い仕事をしたことへの見返り」というわけです。また「利己的な考えでも一時的な利益を得ることは可能だが、それを継続することはできない」とも。つまり、企業を継続させるには、人の役に立ち続けるしかないということです。『情けは人のためならず』の格言は、まさしくこのことを言っているわけです。ただし、そのためには凄まじいまでの努力が必要であり、それゆえに燃えるような闘魂が経営者に求められる。稲盛氏が言いたかったのはそういうことです。
利他の心と文章
利他の心は、文章にも当てはまります。SNSの普及で「承認欲求」という言葉をよく目にするようになりました。この承認欲求は利己の心から来るものであり、それ故に承認欲求がロコツな投稿をすると、冷ややかな目で見られることになります。では「利他の文章」とは何でしょうか?やはり、相手の「役に立つこと」が書かれた文章といえます。「役に立つ文章」にも色いろなパターンがあり、経済的なメリット、いわゆる「オトク」情報や、知識やノウハウといった実利的な情報が得られる文章もあれば、ホッと心を癒してくれる言葉や、思わず笑みがこぼれてしまう話など人の心に潤いを与えてくれる文章、あるいは思い悩んでいる人に勇気を与えくれる文章もあるでしょう。そう考えると、役に立つ方法はいくらでもあることに気づくはずです。
私の愛読書『ドラえもん』には、100話に1つくらいの割合で深~い話が掲載されています。私のお気に入りエピソードは、しずかちゃん結婚前夜の章です。未来の世界で、のび太との結婚を前に不安に襲われたしずかちゃんがいました。ある意味、至極もっともな不安ともいえるのですが、彼女のお父さんはこんな素敵な言葉で愛娘を送りだしました。「あの青年は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それが人間にとっていちばん大事なことなんだ。だから、のび太君を選んだ君の判断は正しいと思うよ」と…。
言葉には、目に見える情報としてのチカラと、人の心を揺さぶる目に見えないチカラ、この2つの価値をもった力学が働いていると思います。私は承認欲求を否定するわけではありません。承認欲求は社会に生きる人間であれば、誰にだってあって然るべきものだからです。もちろん私にもあります。ただ、それが全面に出すぎるとみっともないということです。要はバランスの問題です。相手を利する内容で承認欲求を満たせる、そんな文章を書きたいものですね。
以上、いかがでしたか?
文章とマーケティングには、テクニックからその心構えまで、多くの共通点があることをご理解いただけたのではないでしょうか。この記事を読まれた方の中には、ビジネスの最前線で活躍する人も多いと思います。文章力を磨くことは、同時にマーケティング力を磨くことにもつながります。本稿が、たとえわずかでも皆さまの「役に立つ」ことができたのであれば、書き手である私にとってこの上ない喜びだといえます。
【コラム】稲盛和夫とアントニオ猪木の共通点
ビジネスの世界で生きた稲盛和夫と、プロレスの世界で名を馳せたアントニオ猪木。一見すると2人に接点はなさそうに思えますが、意外な点で通じるものがありました。「燃える闘魂」を座右の銘としたことと、裸一貫で始めた事業を世界に知れ渡る存在に育てあげたことです。
京セラ株式会社の前身は、1959年に稲盛氏がわずか8人の仲間とともに立ち上げた「京都セラミック」という会社でした。今でいうベンチャー企業としてスタートした当初から、稲盛社長は「この会社を世界の京セラにする」と宣言します。しかし、周囲の誰もが「名もなき社長の荒唐無稽な夢物語」として聞き流していました。それが当たりまえの反応だと思います。ところが、稲盛氏は己の信念を曲げることなく、不屈の闘志で途方もない努力を続けた結果、夢物語だったはずの「世界の京セラ」を実現してしまうのです。その後のさまざまな活躍は本文で述べた通りです。
いっぽうの猪木氏が日本プロレスから追放され、たった5人で新日本プロレスを旗揚げしたのが1972年春、倍賞美津子夫人との結婚から半年足らずのときでした。当時の新日本プロレスには、テレビ放映もなければ、有力な外国人ルートもないという「ないない尽くし」の状態でスタート。多数の人気外国人レスラーで、リングを華やかに彩っていたジャイアント馬場率いる全日本プロレスに対抗するには、「人と同じことをやっていては勝てない」と、あえてプロレス界の常識を次々と打ち破ります。
当時はタブーとされていた大物日本人同士の対決、ストロング小林との名勝負は「昭和の巌流島」として今も語り継がれています。かと思えば「インドの狂虎」タイガー・ジェット・シンとの抗争では、腕折り事件にまでエスカレートさせ世間を震撼させました。そして何といっても、プロボクシング世界ヘビー級王者であるモハメッド・アリとの異種格闘技戦を実現させたことで、猪木の名は世界に知れ渡ることになりました。
稲盛和夫とアントニオ猪木。2人の奇跡を支えたものは何だったのか。そこで登場するのがもう一つの共通点「燃える闘魂」です。燃える闘魂といえば猪木氏の代名詞となっていますが、実は稲盛氏も「燃える闘魂」と題した著書を発行するほどに、闘いの精神を大切にしてきました。逆境に立たされる度に稲盛和夫もアントニオ猪木もメラメラと闘志を燃やすことで、不可能を可能に変えてきたのです。
「闘魂とは己の魂に打ち勝つこと。そして闘いを通じて己の魂を磨くこと」 猪木氏はそう語っていました。いっぽうの稲盛氏も「正しい判断は、魂がもたらしてくれるもの。だからこそ、魂を磨かねばならない」と述べていました。2人とも魂の大切さを説き、その魂を磨くことこそ人生だと語っています。
闘魂の根っこにあるのは魂です。闘う相手は己自身であり、己との闘いを通じて魂を磨く。それが闘魂の意味だということを2人の生きざまが教えてくれました。スキャンダラスな事件を頻発させた猪木氏ではありますが、良くも悪くも己の信念を貫くことこそが彼にとっての「魂を磨くこと」だったと私は考えています。
闘魂の2文字で相通じた稲盛氏と猪木氏は奇しくも2022年に、その波乱の生涯に幕を閉じました。ビジネスと格闘。戦いの場は違えども、2人の魂は歴史の1ページとして語り継がれることでしょう。
【参考文献】
コトラーのマーケティング5.0/フィリップ・コトラー
最強フレームワーク/永田豊志
フレームワークを使いこなすための50問/牧田幸裕
100円のコーラを1000円で売る方法 1~3/永井孝尚
実践マーケティング戦略/佐藤義典
経営戦略シナリオ/佐藤義典
考える技術・書く技術/バーバラ・ミント
仮説思考/内田和成
佐藤可士和のクリエイティブシンキング
みんなに好かれようとして、みんなに嫌われる。/仲畑貴志
クリエイティブマインド/杉山恒太郎
すごい言語化/木暮太一
ドラッカーが『マネジメント』でいちばん伝えたかったこと/小宮一慶
マネジメント/P・F・ドラッカー
ミッション/岩田松雄
広告の基本/波田浩之
急いでデジタルクリエイティブの本当の話をします/小霜和也
考え方/稲盛和夫
生き方/稲盛和夫
稲盛和夫 魂の言葉108/稲盛和夫
燃える闘魂/稲盛和夫
ドラえもん第25巻
他