祇園祭は疫病に負けていない。
役所でいう新年度を迎えて早々、4月20日に山鉾巡行と神輿渡御を行わないことが発表されました。それを間近で聞いていた私は、そのご決断は、まさしく世界の安寧、人々の幸せを願う祇園祭の理念そのものと感じました。
昨年、祇園祭創始1150年記念事業を通じ、多くの関係者の皆さまと接する機会をいただき、祭の起源と理念を見つめなおす機会をいただいたためなのか、残念だと思いながらも、素直にそう感じました。
さて、1151年目の祇園祭について思うこと感じることを書き出すと、私の未熟な知識と能力がついていかず、まとまりがなくなってしまうため、すこし固い話になりますが、京都市の文化財保護課として祇園祭がコロナ禍のもとでも脈々と先を見据えて取り組んでいることを書こうと思います。
有形と無形、ダブルで文化財指定されている山鉾を守る
祇園祭の象徴的な行事である山鉾行事は、「京都祇園祭の山鉾行事」として、国の重要無形民俗文化財に指定されていることはよく知られていると思います。
さらに、山鉾のうち29基は国の重要有形民俗文化財に指定されており、残る5基の内、蟷螂山と綾傘鉾、大船鉾、そして現在復興途上にある鷹山が、江戸時代の巡行に用いられていた遺品に限定して、京都市指定有形民俗文化財となっています。
このように、国が『有形』と『無形』の文化財としてダブルで指定されている山鉾屋台の行事は、全国的にもあまり例がなく、わずかに5件を数えるばかりです。
祇園祭の山鉾の維持継承に対して、行政としては次のような支援を講じています。
そのひとつは、国の補助制度に加え、京都市と京都府の補助も合わせて行う「山鉾修理事業」、二つ目が京都市と京都府の補助制度による「新調事業」、そして最後に京都市の外郭団体である京都市文化観光資源保護財団と京都府が補助を行っている「小口修理事業」というものがあります。
このコロナ禍においても、山鉾連合会様や各保存会様といった関係する皆様と連携し、それらの事業は例年に変わりなく、着々と進めております。
また、それらの事業とは別に、令和4年に巡行復帰を目指している鷹山も保存会で復元検討会を立ち上げられ、そこに行政として参加しています。
それでは、すこし固い話になりますがあまり触れられる機会も少ないと思いますので、それらの事業について簡単に説明します。
山鉾を守る3つの事業
1.山鉾修理事業
まず一つ目の「山鉾修理事業」は、山鉾本体及び装飾品の中で、江戸時代までのものを中心に修理するためのものです。
場合によっては、復元品を作り、オリジナルを保全するということも行います。この事業を実施するに当たっては、オリジナルの調査を綿密に行い、その素材はもちろんのこと、その製作技術もまたできるだけ復活するいうことを目指します。
2.新調事業
二つ目の「新調事業」は、布類の装飾品に限定して、新たなデザインで制作することに対する支援制度です。
このような制度は、文化財の修理としてはあまり類を見ないのですが、装飾品を着せ替えることによって、常に人の目を驚かせるという風流(ふりゅう)の精神を発露してきた山鉾の歴史性を維持するためのものであるといえます。
3.小口修理事業
三つ目の「小口修理事業」は、緊急修理的な意味合いを持つ助成制度です。祇園祭の山鉾は、当然ながら、現在でも実際に用いられているものであり、一度の巡行でもいずこかの部材が傷んでしまうことがあります。
そのまま放置しておくと翌年の巡行に支障をきたすこともあるため、早めの修理を行うことを企図した制度となります。
これらの事業で修理を実施するにあたっては、貴重な文化財である山鉾行事を維持継承するために、最善の手法が探られます。
祇園祭山鉾連合会では、有識者を「祇園祭山鉾装飾品等専門委員」に委嘱しており、それぞれの修理に適した専門家による監修を行っています。多くの修理事業において、そもそも修理が必要かどうかに始まり、修理をするならばどのような技法を採用するのか、新調するならどのようなデザインがよいか、そして注文通りにきちんと修理できているかまで、その都度、各委員による監修が入ります。
このようにして、文化財としての価値を損なわないよう、多くの関係者が十分に協議して進めるように努めています。
そして、江戸時代に休み山となりました鷹山の復興もしっかりと進めています。ここでは、いわゆる有形のものの復元事業について簡単に記します。
鷹山の復興に当たっては、
① 文政期の巡行最末期の形態とする
② 御神体人形を「見せる」山である点を重視する
③ ①②を考慮しつつ、安心・安全な復元を旨とする
という方針のもとで、鷹山復元検討会において、まずは木部、懸装品、御神体人形について復元検討が進められています。
鷹山保存会様は、昨年の巡行に「唐櫃巡行」で参加されました。
これは、令和4年に曳山の形で正式に復興する決意表明を意味します。
行政の立場として、できる限りお手伝いができればと思っています。
最後に
最後に、すこし個人的な感想を。
祇園祭は新型コロナウイルスに負けていない。と私は思っています。
このコロナ禍のもと、祭に関係される皆さまが、例年とは違うそれぞれの形で祇園祭にご奉仕されるお姿を目の当たりにして、そう確信しています。
一方で、祇園祭は新型コロナウイルスに勝ってはいない。とも思っています。
こじつけのようですが、災厄退散であり撲滅や根絶ではないのです。「勝つ」のではなく「負けない」のです。これからのウィズコロナ社会に向き合い、しなやかに変化していくことも必要だと思います。でも、やっぱり山鉾と神輿がある祇園祭を来年は見たいとつくづく思います。