【能楽師が語るシリーズ】

第1回「能面のような顔」
第2回 能楽師の世界
第3回「能楽師の修行」 ◀︎イマココ

約700年続く日本の伝統芸能「能楽」。
五流派ある中の一つ、金剛流は唯一、京都に本拠地をおく流儀。
筆者は金剛流現宗家である金剛永謹師のもと内弟子修行を終え独立しました。
 
 

稽古の様子

稽古の様子

能の修行期間

能楽師の世界は一生修行だと言われます。これは一つの道を極める仕事ならば、恐らくいずれの世界でも同じことだと思います。そのような果てしない道の中にも下積みとよばれる段階があります。これが世間一般でいうところの修行期間にあたると言えます。
私は東京を離れ、ご縁あって京都へ身をうつしました。それから大学卒業後に先生のもとに住み込み、本格的な修行となりました。今回は修行に焦点をあてて、話を進めたいと思います。

玄関

玄関

修行の必要性

まず、能楽の玄人(プロ)になるためには、必ず下積みの修行が必要です。分かり易く例えるならば、接客業などのアルバイトにおける研修のようなものです。
この修行期間は、技芸を身に着けることはもちろん、舞台に立つ者としての姿勢や責任、素養を学ぶことが目的です。修行の方法には様々な形がありますが、その中でも私は「内弟子修行」に身を投ずることになりました。
 
 

最も厳しく、最も贅沢

内弟子修行とは、一昔前の書生さんや丁稚と似たようなもので、先生の家に寝泊りをして、身の回りのお世話をしながら技芸を学びます。つまり修業が終わるまで、ほとんど自由の無い日々が続きます。これは修行の中でも最も厳しい環境と言えます。
それと引き換え、能舞台とは毎日隣り合わせの生活となり、いつでも舞台での稽古が可能となります。そればかりではなく、師家に伝わる文化財級の能面や能装束を常に間近で拝見することができます。これは能楽師にとってこの上なく良い環境です。また先生の背中を間近で見て、能楽師の家の基本を学ぶ場でもあります。
 
 

修行の日々

内弟子は修行部屋に住まわせて頂きながら、お使いやお留守番、掃除などの仕事が日課となります。稽古は合間に行います。また内弟子は、お供の仕事が重要となります。これは先生の行く先々に付いてまわり、着替えや身の回りのお世話をします。
内弟子生活も三年目くらいに差し掛かると、先生の手を出すタイミングや雰囲気などを見て、求められていることが次第に判かるようになります。
このような「察する能力」は実際の舞台においても必要となります。舞台では原則、言葉を交わさずに意思疎通をします。従って、立役や一緒に働く先輩方の僅かな動きにも反応して行動しなければなりません。例えば、舞の途中に身に着けている物が落ちる事などの想定外の事態が起きた時、機転の利かせ方ひとつで舞台の明暗を分けます。
他にも、早着替えの技術や楽屋での気配りなど、能楽の世界での身のこなし方のようなもの知る必要があります。
 
 

日課も稽古

内弟子の生活は、挨拶から始まり、挨拶に終わります。起床後の支度を済ませると、先生へのご挨拶があります。その後、門を開けて箒を持ち外へ出ます。私の頃は決まって烏丸通りから掃き掃除を始めました。紅葉の季節になると、通りに並ぶ銀杏の落葉が道路を一面に埋め尽くすので、非常に大変だったことをよく覚えています。それでも掃き終えた後の爽快感は心地よく、まるで心が洗濯されたような気持ちになります。
外の掃除から戻ると、次は能舞台に上がり舞台を磨きます。先人たちが守ってきた大切な舞台を一枚ずつ丹念に乾拭きしていきます。舞台を磨くうちに、端から端までの距離感や板目の感覚、汚れやへこみの位置まで覚えます。こうして毎日舞台に触れることにより、あらゆる感覚が養われます。能面を掛けた視野の狭いなかで演技をする能楽師にとって、舞台に慣れることこそ上達の近道と言われています。

舞台の板の目

舞台の板の目

毎日の勤めが終わると、公演のお手伝いや、先生のお供に行くなど、日によって予定は様々です。特に公演日の付近は能楽師の家は大忙しとなり、能装束の支度や小道具・大道具の制作、小物の整理など一日が追われるように過ぎていきます。

小道具の制作

小道具の制作

能装束の管理

能装束の管理

さて、しばしば聞かれるのが修行中の休暇のことです。私の場合は、丁稚奉公の藪入りのように盆暮れなどの決まった休暇はありませんでしたが、公演の少ない二月頃に帰省休みを頂戴することが多かったように思います。特に能楽師の家は年末年始や春秋のシーズンは多忙のため休むことはできません。

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山田 伊純

金剛流能楽師
平成元年生まれ。京都市在住。
金剛流二十六世宗家金剛永謹のもと内弟子に入門。
平成28年に独立。同志社大学文学部卒業。
舞台の傍ら能楽講座や謡曲仕舞教室を開く。
公式LINEブログ掲載中。

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