プロの配達員が語る京都の宅配事情 part3

路地にユーウツとなる配達員

冒頭から恐縮ですが、路地沿いにお住まいの方にお詫び申し上げます、ゴメンナサイ!正直にいいます。配達時に路地内のお宅があると、私は少~し(いや、けっこう)ブルーになりました。理由は、ただただメンドーであること。自慢じゃないですが、私はかなりのメンドくさがり屋です。なので、配達中もできるだけ家の真ん前に車をつけるようにしていました。だって、重たい荷物を持って歩くのはシンドイじゃないですか。しかも、お留守だったら、帰り道もモレなくも荷物つきですよ。だから、車のドアとお届け先のドアをピタリと合わせる「ドアtoドア」を原則としていました。でも、たいがいの路地は狭くて車が入れないので、ドアtoドアを断念しなくてはなりません。そして、歩く距離が長いということは、すなわち時間もかかるということです。配達は時間との戦い、このロスタイムは痛い。「メンドイ、シンドイ、時間かかる」の三拍子ゆえに路地を見るとユーウツになるのでした。

黒門今出川下ルの路地

道なき道を往く配達車

そういうわけで、私は路地であっても多少なりとも道幅があれば、車で乗り入れるようにしていました。路地に入るときはバック運転が鉄則です。前進で入ると出るときがバックとなり、出口の出合い頭事故となる危険が高まるからです。とくに配達の前半では、荷物をたくさん積んでいるので、バックミラーに移るのは荷物だけ。後方視界ゼロの状態で出口を抜けるのはかなり怖いです。何ごとも安全第一ですからね。「それやったら、歩いて行ったらええやないか」って?ごモットモなんですけどね。そこで問題になるのが私の「イラッチ」な性格なんです。

上京区慈眼庵町

「京都の道は狭い」とよく言われます。ということは、路地がある前の道も狭いことが多いんですよね。するとどうなるか?配達車が道をふさいでしまうことになり、後続の車が来てしまうとクラクションを鳴らされることになります。たぶん、みなさんも経験あるんじゃないですか?こうゆうときの反応って性格が出ますよね。「スイマセンスイマセン」と小走りで車に戻ってくる人、何ごともなかったかのように、ワルツのごとく悠然と来る人。イラッチな私は待つのも待たせるのも大嫌い。「じゃかましいわ!ちょっとくらい待てんのか?!」という心の叫びとともに、イライラメーターがいきなりマックスに振りきれてしまうのです。このイライラモードに耐えられず、お届け先のピンポンだけ鳴らしてそのまま立ち去る「ピンポンダッシュ」をやってしまったこと、一度や二度ではありません。いい年こいた大人が何やってんでしょうね。でも、これはまだ「お届け前」だからマシです。最悪なのが代引き、つまり代金引換の商品のときです。

代引き悲哀物語

代引きってメンドーなんですよ。お金を用意して待ってくれている良心的なお客様率は10%くらい。「え~と、ナンボやったっけ?」といいながら財布を取りに奥まで引っんで、なかなか出てこないお客さんや「そんなん買うた覚えがない」と言いだす人も時どきいます。一番ナンギしたのが、ある奥さんにネックレスだったかの貴金属をお届けしたときのことです。玄関に出てきたのがダンナさんで、代引き明細を見てケゲンな表情を見せます。どうやら奥さんはダンナに内緒で買っていた模様。なにせ代引きですからね、金額もバレバレです。最初は夫婦でボソボソとした会話だったのですが、だんだんヒートアップし、ついにはバトル開戦に至ってしまったのです。「おいおい、かんべんしてくれよ。奥さん、アンタ脇が甘いわ。せめて代引きやなしにカードで買えよ…」と思いながら、頃を見計らって「あの~、キャンセルされます…?」と仲裁がてら2人の間に割って入り、結局お金はもらえました。バトルの続きが気になったのですが、荷物が第一なので次のお届け先へと向かったのでした。

スミマセン、話を戻します。代引きでいちばん厄介なのが、つり銭切れのときです。もちろん、ある程度のつり銭は用意しておくのですが、代引きが何件も重なると手元に万札しかないこともあります。この心もとない状況で次も代引となると、祈るような思いでの訪問となります。「頼むで、万札はやめてや…」と恐る恐るお客様の差し出す手に目をやります。千円札を見てホッと胸をなでおろすときもあれば、ヌッと突きつけられた福沢諭吉さんに「アチャー!」となるときも。こんなときは「スミマセン、お釣りがないんで…」「いや、そんなん言われても…」の押し問答です。ナンダカンダで細かいお金を出してくれることが多いのですが、つり銭を用意して出直すハメになることも多々ありました。

あるとき、究極の三重苦に見舞われたことがありました。つり銭切れ状態で向かった路地奥のお宅で、1,800円くらいの代引き商品に万札が出てきたのです。さらに背後からは「ブッブー」というクラクションの音が。悪いことは重なるもので、この次に時間指定のお客さんが控えていて「タイムリミットまであと10分足らず」という極限状態に追いこまれました。たぶん私の額の血管はピクピクと脈打っていたと思います。で、どうしたか?ウルトラCの大技を炸裂させたのです。なんと!「本日は特別大サービスで、代金まけときますわ!」と言って代金の受け取りを辞退したのです。「つりはいらねえよ」の逆バージョンですね。お客さんのポカンとした顔を背に、ダッシュで路地を駆け抜けていくのでした。1,800円の自腹出血よりも、時間指定の約束を優先したアッパレな配達員魂?いやいや、このときの私はイライラのあまり、損得勘定よりもココロが秒で判断していたと思われます。


 

路地にも名前を

至るところに路地がある京都。「あじき路地」や「三上家路地」など食や織物で名のある路地もありますが、多くは名もなき路地ばかり。あるとき、○○さんというお宅を目がけて路地を入っていきました。ところが、進めど進めど○○さんのお宅は見つかりません。「おっかしーなー。表札を見落としたかな?」と帰り道、もういちど左右をキョロキョロしながら見渡しましたが、やはりナッシッング。やむなく車に戻って地図を見ると、○○さんちはもう一本北にある路地の中にあったのでした。それ以来、路地に入るときは入口になる角の家を地図でチェックし、伝票に「□□宅路地」と路地に名前を付けて書くようにしました。

三上家路地
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あと、路地って必ずしも一本道とは限らないんですよ。L字型、コの字型、卍もどき型など様ざまなタイプがあります。最後の卍もどき型になると、さながら迷路のようになり、実際私は何度か「路地内迷子」になったことがあります。カンを頼みに歩みを進めると「あれ、ここさっき見た家や」と同じところをグルグル回っていることに気づくのです。そんなこともあるので、なおさら入口をしっかりとチェックしないと「ない家を探し求める迷宮コース」という不毛なツアーに陥ります。何ごとも最初が肝心ですね。

 

一方通行を制する者、配達を制す

路地とならんで、京都の道路で特徴的なのが「一方通行の多さ」です。大阪も多いと言われていますが、あちらは幹線道路の一方通行。京都は住宅街など幹線道路の内側、俗に「せこ道」と呼ばれる脇道の大半が一方通行なのであります。となると、このイッツーをどう攻略するかが京都における配達のキモとなるわけです。このとき、もう一つのカギとなるのが「いかに信号と大通りを避けるか」問題です。

ロスタイムとなる信号待ちをなくすには、そもそも信号の多い大通りをパスするのが一番。そこで碁盤の目の町・京都ならではのテクニックをご紹介します。サンプルとして堀川丸太町をあげてみます。堀川も丸太町も幹線道路で、かつては西南の角にホテルニュー京都がデーンと構えていた交差点です。さて、この堀川丸太町より北東のエリアを配達するとします。ここで問題になるのが東堀川通りです。小川のせせらぎが聞こえる「堀川」を挟んだ東にあるバイパスで、南行の一方通行となっています。この東堀川での信号待ちが、めっっっちゃくちゃ長い!!のです。念のためさっき現地で計ってきました。青信号がわずか15秒に対して赤信号がなんと120秒も続くのです!青と赤が1:8の比率ですよ。いくらなんでも不公平すぎません?しかも、青になったと思っても、数人の歩行者待ちがあると2~3台の車しか通れないこともあります。この大いなるロスを避けるためのルートが、次の図です。かなりややこしいので順に説明します。

堀川丸太町 北東エリアの配達ルート

①東堀川を南下し、丸太町の手前まで配り終えると、②ギュイーンとバックし椹木町通りまで戻り、③東に入ります。④油小路を再びギュイーンと丸太町までバックしてから、⑤油小路沿いの配達を片づけます。これぞまさしく上ル下ルの配達術です。これは油小路の道幅が比較的広いからできるワザであります。もちろん、バックで十字路を通過するときは細心の注意を払うのは言うまでもありません。荷物が減って後方視界が確保される、配達コースの後半でしか使えない裏技です。 

※ちなみに一方通行のバックも「逆通行」となり違反となります。今をさかのぼること約四半世紀前のできごとであり「若気の至り」として大目に見てやってくださいませ。

 

一方通行のプチ謎

先ほどの裏テクは他の場所でも活用できますが、一方通行の関係をしっかりアタマに叩き込んでおくことが大前提です。原則的には「北行→南行→北行」と交互に入れ替わることが多く、その場合はコースも組みやすいのですが、「北行→北行」と同じ方向の一方通行が続くと、空回りのロスが生じます。では、ここで「京都の不思議、一方通行編」をご紹介しましょう。まずは一方通行がぶつかりあう千本下立売の交差点です。東西の通りである下立売通の一方通行が、千本通で西行きと東行きが正面衝突します。他府県ナンバーの車がときどきパニックになって立ち往生しています。面白いことにこの1つ北の交差点、千本出水では、逆に千本通りを境に西行きと東行きの両別れとなっています。

千本下立売の交差点

当時の配達所の所長が大阪出身で、「こんなん大阪ではありえへん」と言ってました。千本通りは平安京におけるメインストリートであり、かつ千本下立売一帯は天皇が住まう内裏があったことと関係しているのかもしれません。と自説を披露しようと思ったら、西陣郵便局の東にある今出川浄福寺も、両サイドに一方通行が別れていました…。この不思議現象の理由をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ編集部までお知らせください。

千本出水の交差点

というわけで、今回は「碁盤の目の町」の攻略法をお話ししました。現役ドライバーのころは、目の前にある山のような荷物をさばくことでアタマがいっぱいでしたが、今にして思えば配達をつうじて京都独特の町並みを楽しんでいたような気がします。そこで、京都で配達する現役ドライバーの皆さんへメッセージです。そんな余裕がないことは百も承知のうえですが、同じ仕事をするなら京都を体感し、町を楽しみながら走っていただければ、京都人として嬉しく思います。あ、でも私のマネはしないでくださいね。

(編集部/吉川哲史)

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この記事を書いたライター

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

|八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員|戦国/西陣/祇園祭/紅葉/パン/スタバ