仕事にミスってつきものですよね。あるエラい人の言葉に「ミスをするのは仕事をしている証拠」みたいなのがありました。そう、失敗を恐れていちゃ何もできないのが人間という生き物なんです。
もちろん配達のお仕事にも、いろいろなミスがあります。中でも4大ミスといわれるのが「誤配・荷落とし(紛失)・破損・約束不履行」の4つ。最後の「約束不履行」ってのが法律用語みたいでわかりにくいですよね。要は「配達指定時間を守れなかった」ってことです。遅れるのはもちろん、フライングもNGです。
さて、これらの中でもっとも私が恐れていたのが「誤配」です。配達の現場を離れてずいぶんと経つ私ですが「誤配」の2文字を見ると、いまだにドキッとしてしまいます。そこで「京の宅配ドライバー上ル下ル東奔西走記」PART4の今回は、誤配はなぜ起こるのか?を上ル下ルに代表される「京都独特の住所と誤配のメカニズムの関係」と題して究明してみたいと思います。
誤配とは?
誤配とは、読んで字のごとし。本来のお届け先とは違うお宅に誤って配達してしまうことです。私の配達所では先ほどの4大ミスの中で、誤配が最も罪が重いとされていました。なぜ誤配が重罪なのか?理由は2つ。まずはご迷惑をかける関係者が多いことです。たとえばAさんからBさんへの贈り物を誤ってCさんに届けたとします。この場合、AさんBさんCさんの3者にご迷惑をおかけすることになります。特に厄介なのが、間違って受け取ったCさんが、誤配に気づかずに食べてしまったというケースです。食べたものを返してくれというわけにもいきません。もちろん代品は配達所が用意することになります。
しかし、それ以上に厄介なのが「AさんがBさんに贈り物をした」という事実が第三者に知られるということです。たとえば、Bさんが学校の先生で、Aさん家がその生徒という関係であり、かつ間違って受け取ったCさん家がAさんとクラスメートであったとします。
このCさんが噂話大好きの俗にいう「スピーカー」であれば「Aさんからの贈り物を受け取ったB先生は、Aさんをエコヒイキしてテストの点数に下駄をはかせた」なんて噂を立てないとも限りません。しかも、Cさんはご丁寧に話を盛って、贈りものは3,000円くらいのお菓子だったのに「松坂牛焼肉セット1万円也」にグレードアップしていた、なんてことも…。
このように、誤配が元で個人の(機密&怪しい)情報がダダ漏れになるので、誤配は罪が重いとされるのです。なお、この話は限りなく実話に近いエピソードを元に書いております。レアなケースではありますが、間の悪いことってあるものなんですよね。事件当時の配達所長は、関係各所に怒られ倒し謝り倒して憔悴しきっていました。ちなみにこの事件の張本人となった配達員が私ではないこと、自分の名誉のためにも念のため記しておきます。
誤配のメカニズム ~人はなぜ誤ってしまうのか?~
では、本題の「誤配のメカニズム」に入りましょう。ひとくちに誤配の原因といっても色いろなパターンがあり、その理由によって罪の重さも変わってきますが、大きく分けると次の3つになります。まずはもっとも普遍的なパターンからご紹介します。
①住所が異なる同姓同名のお宅に届けてしまう
【正しいお届け先】桜木町の田中太郎さん
【誤って届けた先】桜井町の田中太郎さん
伝票には「桜木町」って書いてあるのに、配達員が「桜井町」と勝手に思い込んでしまったことが原因です。では、なぜ思い込んでしまうのか?よく行くお届け先は名前を見ただけで、その家の映像が配達員の脳内に再生される。配達員にはそんな習性があります。その配達員にとっては、お得意先(?)の「田中太郎さんといえば桜井町」と脳が勝手に判断し、住所が置き去りにされてしまうパターンです。京都の住所は長いので、住所より名前に目がいってしまいがちです。初心者を卒業し、配達に慣れてきた頃によくあるケースです。では次に、言い訳のしようがない問答無用のケースをご覧ください。
②住所も姓名も異なるお宅に届けてしまう
【正】武者小路町の田中太郎さん
【誤】聖天町の山本花子さん
論外の外。何ひとつ合っていませんね。ふつうに考えるとあり得ないミスですが、疲れが溜まってくる繁忙期シーズン中盤以降にありがちなんですよ。いずれにしても上記2つは、弁解の余地なしのアウトです。いっぽうで唯一「情状酌量の余地アリ」となるのが次のケースです。
【正】毘沙門町の田中太郎さん
【誤】毘沙門町の田中太郎さん
「え?同じやん?」となりますよね。でも立派な(?)誤配となりました。
つまり、
③「住所が同じで、かつ姓名も同じ」なのに誤配となった。
というケースです。
これは京都独特の住所とも関わる厄介な例で、2つのシチュエーションに分かれます。
③-a 同じ町内に2組の同姓同名さんが住んでいる
これ、意外とあるんですよね。本シリーズPART2でお話しした上京区の北町や相国寺門前町など1つの町内に数百軒の住宅があるような広い町では、神経衰弱ができるのでは?と思うくらい何組ものペアがありました。
加えて困ったことに、京都特有の「上ル下ル」表記が、誤配を生みだしてしまうという悲劇もあります。「通り名+上ル下ル」とだけ書かれて町名表記がない場合、その「上ル下ル」の該当範囲に同姓同名のお宅が2軒あれば、この時点で誤配率50%となってしまいます。なんといってもナンギなのが、「上ル下ルとはどこまでの範囲を示すのか?」についての明確な線引きがないことです。下の図は「千本通今出川上ってスグの田中太郎さん家にお届けしたが、正解はなんと500M上ルの田中太郎さん家だった」という例を示しています。これを誤配としてトガめられるのは正直、辛いものがあります。
③-b 同一区内で同じ町名が複数ある
さらに、町名が書かれていてもまだ安心できません。もう1つの落とし穴が待っています。同じ町名が同一区内に複数存在し「場所は全く異なるが、町名は同じ」という言わば「飛び地」で同姓同名がある場合です。
本サイトの人気シリーズ「京都の町の不思議」を執筆されている小林氏の調査によると、この「同一区内同一町名」が上京区、中京区、下京区、東山区の4区で、252例あるそうです。たとえば「亀屋町」という町名なら上・中・下京の3区で計11例もあります。このように「区名+町名」だけでは特定できないケースが多いので「通り名×通り名+上ル下ル」が表記されるようになったのですが、今度は「通り名だけ」の住所表記が増えて、やっぱり同姓同名が複数あると特定できないというジレンマに陥るのです。
ちなみに私のホームグラウンドであった上京区内には、同一町名の組み合わせが30組ありました。そのうち同じ町名が3つあるケースが6例、4つもあるケースが2例あります。
これらのケースの大半は「通り名+町名」の表記がされれば、ほぼ解消されます。しかし、長~い住所を書くのはメンドウなもので「通り名だけ」「町名だけ」という省略パターンに配達員が翻弄されるわけです。したがって、このケースの誤配は罪一等が減じられることが多く、また口八丁の所長であれば、「不可抗力の事故」としてノーカウントに持ち込まれることもありました。
誤配とペナルティ
ところで、本稿では「情状酌量」だの「重罪」だのと、裁判まがいの重たい言葉が登場していますが、実際のところ誤配した配達員はどうなるのか?これは配達所によってマチマチです。明確なペナルティを設けて罰金という名の減給となる配達所もありますが、我が配達所の憔悴所長は寛大で、そのようなペナルティを課しませんでした。でも、さすがにストレスはたまるようで、誤配発覚後の24時間はず~っと独り言のようにブツブツとボヤいてました。なので誰がやらかしたかは、ソッコーでわかります。そして誤配犯は「みなさん、犯人はこの男です!」という無言の非難の声とともに、さらし者となってバチバチと火花が散らんばかりの白い目を浴びます。プロを自任していた私にとっては、目先のお金よりも職業人としての誇りを大切にしていたので、罰金のほうがマシだと思っていました。
そんなこともあってか、私の誤配率は極めて優秀だったはずです。一般的に誤配が起こる頻度は数千個に1回くらい、「万が一」とは言いませんが「万が2~3」くらいだと思います。つまり確率0.02~0.03%の世界です。対して、私の誤配前科は1犯でした。私の通算の配達個数はおそらく7~8万個だったと思いますから0.001%です。私の場合、時の配達所の事情でジプシーのように、あちこちのエリアを転々としました。おかげで上京区全エリアの町名に精通することになり、様々なリスクを事前回避することができたのだと思います。加えて前述の「白い目」の恐怖が、お届け先での確認を徹底させてくれました。それだけに、やらかしてしまった唯一の誤配はキョーレツな印象として残っており、25年以上たった今でも忘れられません。「大島さん」の表札と伝票を。
さて、ここで少しだけH君という配達員の余談におつきあいください。彼は確率「万が2~3」のはずの誤配をなんと1日に3回もやらかしたのです。この時の所長のボヤキは1週間、止むことがありませんでした。ちなみに私の携帯にH君の名前は「誤配大王」という名で登録されています。今でも。いつだったか、それを本人に見せたら満更でもない顔をしていました。ちょっとも懲りていないようです。人生の誤配をしないよう祈るばかりです。
人と荷物に想いを馳せて
さて、いかがでしたでしょうか。誤配が起こる原因にはいろいろなパターンがありますが、京都は独特の住所表記であるがために、より誤配率が高い地域だということがお分かりいただけたかと思います。もちろん多くの人にご迷惑をおかけする誤配はゼロを目指すべきものではあります。が、100%防ぐとなると「すべての荷物に同姓同名の可能性があることを想定して、隈なくチェックする」ことが求められます。PART1,2の記事でご紹介した「〇〇通り上ル1000m」や「同じ番地の中に100軒の家がある」といったケースで、地図内を迷走しながらやっとの思いでお届け先を見つけたという場面を想像してみてください。配達という重労働で体はもちろん、目と脳みそがヘロヘロになった状態で「同姓同名の家がもう1軒あるかもしれないから、念のために隈なく探せ」というのが酷なことを、わかっていただけると幸いです。また、そこまで求めると労働時間がバクハツ的に増加し、交通事故の危険性が急上昇するのは間違いありません。
そこで、京都のみなさんへお願いです。時代の流れで宅配物は増加の一途であり、誤配の被害者となる可能性も高まるかと思います。もし、誤配に遭遇したらお怒りはごモットモだと思いますが、その時はどうかこの記事を思い出してください。少しは「しゃーないな」と怒りが和らぐかもしれません。これも京都に住むことの一興ととらえていただければ幸いです。いっぽうで配達員諸氏は、荷物にはお客様の真心と様々なオトナの事情に包まれていることを再認識し、「限りなくゼロ誤配」を目指して洛中の大路小路を駆けてください。
(編集部/吉川哲史)
【参考文献】 上京区精密住宅地図/京都吉田地図株式会社▶︎Kyoto Love.Kyoto「京都の住所はなぜ長い?」-京都の「町」の不思議(その1)/小林孝夫氏