玄武やすらい祭 4月第2日曜日午前8時30分
拝殿にて、今日一日無事にお祭りが斉行できますようにお祓いを行います。
次に花傘もお祓いします
次に拝殿で踊りを奉納します。
その後、拝殿を出て隣に鎮座しています三輪明神の前でも踊りを披露したのち、いよいよ氏子区域(紫野・柏野・鳳徳の計106町内)をめざして一日練り歩いてまいります。
ではこのあたりで玄武やすらい祭の由来・伝来をお伝えいたしましょう。
やすらい花は、春の花が飛び散るときに、疫神や悪霊も同時に飛び散って人々を悩ませるという言い伝えから、この疫神を鎮めるために行われた鎮花祭の意味合いを持ち、無病息災を願い行列の花傘にはいることによって悪霊を取り去り、疫病にかからないとされると今日に伝わっています。
やすらい祭の始まりは平安時代中期に京都で発生した大洪水の後に疫病が流行したことから、大和の国(奈良県)の三輪大社の鎮花祭のならわしにより玄武神社で行うよう天皇の命令があったといわれています。さらに疫病の流行により再度勅令があり、それ以降玄武神社で永代勤めることとなりました。
現在、大ぶりの傘の周囲に緋色の布を垂らし、傘の頭部に桜や椿などの花を生けた花籠をのせた「花傘」とよばれる風流傘を中心に、白襦袢、白袴の上に緋色の衣をはおり、頭にシャグマを冠ろった4人の鬼とよばれる踊り手、緋色の衣に袴をはきシャグマの上に烏帽子をかぶり、胸に鞨鼓(かっこ)をつけた2人のカンコ、音頭とり、笛などで構成され玄武神社の境内と氏子区域の定まった場所へ歌を囃子詞、笛を伴奏に4人の踊り手がシャグマを振り乱し、鉦・太鼓を打って激しく踊ります。
昭和62年1月、国の「重要無形民俗文化財」に指定を受け、その後連綿と現在に至っています。
今年の玄武やすらい祭は4月14日(日)に斎行します。
花傘も人も無事戻って〆の踊りを境内にて披露します。 18時ごろ