画像提供:京都府立植物園

京都市民にとって、京都府立植物園はかけがえのない憩いの場所です。広い園内は四季おりおりの草花や樹木で満ちていて、どこからか鳥のさえずりも聞こえてきます。お弁当を持ち寄ってピクニックをした経験のある方も多いのではないでしょうか。京都の観光地というと、狭い場所に人が集まってぎゅうぎゅうになってしまいがちですが、植物園では広々とのんびり楽しめます。また、2024年でなんと開園100周年を迎える歴史のある施設でもあります。

もちろん京都観光の方にもおすすめです。たとえば春は、破格の入園料で美しい桜が広々とたっぷり楽しめます。何より、京都府立植物園では「桜品種見本園」「桜林」「大芝生地」という3つのエリアで、180品種もの異なる桜を観賞することができるんです。一般的な桜の名所は、ソメイヨシノという1品種が何百本も植えられているようなところがほとんどなので、これはとても珍しいこと。桜の木の下に敷物を広げてピクニックもOKです!桜ライトアップの期間は、美しい夜桜を愛でることもできます。美しい写真も撮れそうですね。ちなみに秋は紅葉を背景に、秋桜を観賞することもできるんですよ。

ところでなぜ、京都府立植物園には180品種もの桜が咲くのでしょうか?江戸時代の桜を保護して連綿とつなげてきた歴史や、その人々について、また開園100周年の意義について、桜守(桜を守り育てる人)かつ京都府立植物園の樹木医である中井貞さんにたっぷりお聞きしました。

2024年 京都府立植物園 桜ライトアップ情報
開催日  3月23日(土)~4月7日(日)
開催時間 日没~21時 ※入園は20時まで

京都府立植物園で桜が見られるエリア説明

京都府立植物園で桜が見られるエリア説明

画像提供:京都府立植物園

桜守の中井さんへインタビュー

京都府立植物園の桜守(樹木医)である中井貞さん

京都府立植物園の桜守(樹木医)である中井貞さん

中井「京都府立植物園は『生きた植物の博物館』です。植物の美しさだけでなく、魅力を深く広く知ってもらうための場所なんです。たとえば一般的な『桜の名所』だと同じ種類の桜が何万本とあり、規模で桜の美しさを見せることが多いんですね。しかし京都府立植物園では『桜の多様性』を知ってもらいたいと考えており、なんと180種もの桜が見られます。バックヤードを含めると200品種。この品種量は日本全国でも屈指です。桜の通り抜けで有名な大阪造幣局の桜が140品種なので、それより多いんです。国の研究機関ならありますが、このような公共の場所ではなかなかできないことです。京都では桜や紅葉の季節は人で溢れ、ベルトコンベアみたいに人の流れができて好きな場所で止まることができませんよね。京都府立植物園はまだまだ穴場なので、ゆったり桜を見ていただけますよ。」

桜の品種

京都府立植物園で見れる桜の品種説明

京都府立植物園で見れる桜の品種説明

画像提供:京都府立植物園

ー見られる桜だけで180種あると伺いましたが、桜ってそんなにたくさんの種類が存在するんですね。桜といえばソメイヨシノのイメージが強いのはなぜでしょう。

中井「桜は日本を代表する植物です。一般的な桜である『ソメイヨシノ』は3月の終わりから4月はじめにかけて開花して、1週間で満開になって散ります。ソメイヨシノは日本の津々浦々にあり、全て人間によって植栽されました。とても有名な品種ですが実はすべての木が遺伝的に同一で、たった1本のソメイヨシノのクローンなんです。」

ークローンなんですか!至る所に植えられているのに、すべて同じものなんですね。

中井「桜は多様な植物で、ヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガンなど10種類ほどの野生種があります。さまざまな地方で交配交雑や突然変異を繰り返し、品種が増えていきました。珍しい品種を人間が接ぎ木や挿し木で増やしてきた歴史があります。そのような桜の園芸品種を『サトザクラ』と呼びます。起源は奈良時代までさかのぼれ、現在は数百の品種があります。人間は古来から、文化として桜を観賞することを続けてきました。つまり、人の手で守っていかないと存在している多くの桜はこの世から消えてしまうんです。桜を保護して、次の世代に伝えるのが私たちの大きな役割です。」

ー桜は、人の手が入ることが前提で存在できている品種が多いんですね。それだけ人と桜は長い年月を一緒に生きてきたんですね。

ナショナルコレクションの認定

中井「生物多様性の保全には大きく2つのやり方があります。1つは、絶滅危惧植物を保護すること。もう1つは、人間の営みの中で育ててきた植物を守ることです。これは、いま存在している多様な品種をコレクションするということです。
日本植物園協会では2017年より、日本で栽培されている文化財、遺伝資源として貴重な植物を守り今後に伝えていくことを目的とした植物コレクションの認定、保全の制度である『ナショナルコレクション認定制度』が開始されました。新たな品種の開発、遺伝子の解析、生物多様性の保全など様々な場面での将来の活用が期待されています。
先日、京都府立植物園の桜コレクションも、このナショナルコレクションに認定されました。貴重な桜品種を守り、後世に伝えるためには重要なものですので嬉しく思っています。」

ーナショナルコレクションの認定をきっかけに、より桜コレクションへの関心が高まるといいですね。

江戸時代の園芸文化とその危機

画像提供:京都府立植物園

中井「日本の桜の栽培品種は、ほとんどが江戸時代に生まれたものです。江戸時代は園芸文化が日本に広まった時期なんですね。たとえば殿様が椿が好きだから変わったものを育てて献上するとか。戦がなくなったため、武家たちは園芸で競争して文化が深まりました。熊本の『肥後椿』はそうしてできたもので、100品種以上あります。」

ー平和になったから園芸が発達したんですね。戦より楽しそうで良かったです!

中井「『センリョウ(千両)』『マンリョウ(万両)』も、その名前通りの価値がある植物だったといわれています。園芸文化は武家や公家から町人(商人)へ広がり、世界的にもトップクラスの水準だったんです。たとえば、標準的な桜は花弁5枚なんですが、八重桜は花弁が5枚以上あり、10枚、30枚、50枚、100枚、300枚なんていうものもあります。色も濃いピンク、赤、緑、黄などさまざま。変わった桜ができるたびに、人々は「接ぎ木」の技法を通して後世に命をつなぎ、桜を愛でてきました。

しかし、明治維新でいろんな価値が転換します。日本はそれまでの文化を否定し、植民地にならないように西欧と同じことをせよ、富国強兵だという方針になってしまいます。武家はなくなり、廃仏毀釈でお寺も大打撃を受けました。どちらも多くの桜を育てていた場所だったのに、桜を維持できなくなってしまいました。」

ー桜にかける金銭的・時間的な余裕も、育てる場所もなくなってしまったんですね。

この江戸の終わりごろに、ソメイヨシノができたといわれています。それまでのお花見はソメイヨシノではなかったんです。明治政府は成長が早くて、派手な花が一瞬で散るというソメイヨシノを気に入り、全国の学校や公園に植栽しました。また、第二次世界大戦後も復興のシンボルとして日本中にソメイヨシノが植えられて広まっていきました。

江戸時代の桜品種を守った人々

ー江戸時代にたくさん生み出された桜の品種たちは捨て置かれて、ソメイヨシノだけが広まっていくことになったんですね。

中井「桜品種を残すために力を尽くした人々がいます。まず駒込の植木屋である『高木孫右衛門(まごえもん)』がこの状況を見かねて自分の畑で桜品種を残そうとしました。

つぎに江北(こうほく)村の『清水謙吾』が、荒川堤防の治水工事の際に、高木孫右衛門が残してくれた江戸時代の桜を植えようと発案し、78種の桜を約6㎞にわたって植栽しました。資金は地元住民が出したといわれています。これは「江北の五色桜」と呼ばれて評判になり、一大花見の場所として人気になりました。

近代の桜の権威は『三好学』です。荒川の土手の桜を、絵図と実物を見て1本ずつ調べ、学名をつけて記録しました。これにより多くの桜品種が植物学的に位置づけられたんです。これがあるから、今の私たちはこれらの品種を知ることができます。

ー残した人、植えた人、調査した人、それぞれの想いが多くの桜品種を救ったんですね。

京都府立植物園は1924(大正13 )年に開園しました。大正天皇即位の大典記念で植物園が作られることになり、明治神宮の設計もしている『寺崎良策』を呼んで作ることになりました。その頃、荒川では治水工事をやりなおすため桜の維持ができないという状況でした。桜は小石川植物園や新宿御苑に分植されましたが、寺崎が14代目の佐野藤右衛門に桜を送ります。佐野が増やした桜が京都府立植物園に送られ、多くの桜品種が保護されることになったんです。

ー江戸の桜が、紆余曲折あって京都にやってきたんですね!200品種も持っている理由がわかりました!!

京都の桜品種

画像提供:京都府立植物園

中井「平野神社や御室桜など、京都にも桜の名所がいっぱいあります。しかし江戸由来のものと比べたら、来歴がわからないものが多いんです。京都府立植物園はこのような品種の調査も行っています。

『オオハラナギサ(大原渚)』という京都府立植物園でずっと栽培されてきた品種があります。名前はついていますが、どのようなものかよくわかっていなかったんです。DNAを調べたら、なんと新宿御苑の『ミギワザクラ(汀桜)』と同じものでした。

大原の寂光院には、平家物語に出てくる『汀桜』があります。後白河法皇が建礼門院を訪れた時に詠んだ和歌『池水に汀の桜散り敷きて  波の花こそ盛なりけれ 』に出てくるものです。実際、寂光院に桜を見に行ったら、なんと『汀桜』と『オオハラナギサ』の花びらが同じだったんです。このように、品種のきちんとした位置づけも植物園の役割のひとつです。」

ー植物園と新宿御苑と寂光院にそんなつながりが!探偵みたいです。
伊達政宗のモッコク(木斛)

伊達政宗のモッコク(木斛)

中井「また、京都の神社仏閣の有名な古木のクローンをつくり、それを植物園で預かって栽培展示しています。万が一オリジナルに何かあった時にはお返しできるように準備しています。これは伏見の海宝寺の『モッコク(木斛)』で、伊達政宗が手植えしたといわれている古木のクローンです。」

ー京都は由来のある古木が多いので、とても素晴らしい取り組みですね。

開園100周年の意義

中井「京都府立植物園は2024年の1月で100周年を迎えました。ということは樹齢100年の木があるということです。これは他の植物園にはない魅力で、儲けとは異なる軸での価値になります。100年前の先輩が植えたものを、さらに100年先に見てもらうためにいま、私たちは苗木を植えています。次の100年がある植物園にしていくために、苗木を植え続けないといけません。

ソメイヨシノの腐った幹から新しい枝が生えてくる

ソメイヨシノの腐った幹から新しい枝が生えてくる

桜は寿命が短いといわれますが、面倒をみてあげると長生きする植物なんです。『桜切るバカ』といわれるのは、桜が腐りやすいということです。でも芽吹く力・発根する力がある。これは、古いボロボロのソメイヨシノです。ボロボロだと切られてしまうことが多いですが、大事に育てたら次の世代につなげることができます。桜は不定根を出す力がとても強く、新しい枝がどんどん出てきます。今も復活しようとしている最中なんですよ。」

ー桜は強い植物なんですね。京都府立植物園が200周年を迎えられるように、京都市民としてぜひ応援したいです!本日は有難うございました。

おわりに

京都府立植物園の桜守である中井さんからのお話に、目からウロコが出る想いでした。のんびりできるだけではない、京都府立植物園の真のすごさが少し分かった気がします。今年の桜は「きれいだな~」だけではなく歴史に想いを馳せて観賞したいです。

京都府立植物園ではお花見も可能ですが、園内でのアルコールはNG、お花見のゴミも家に持ち帰ってくださいね。「植物に近寄って見てもらいたい」という植物園の想いにより、桜の下で敷物をしいてご飯を食べるのはOKです!ロープ柵があるところだけは、中に入らないようにしてくださいね。公園では桜の根を踏むとよくないので敷物禁止のところもあるんですが、京都府立植物園では冬の間に根の下をほぐしたり、肥料をやって、お花見のための準備してくれているんです!ぜひ京都府立植物園で、京都の春を楽しみましょう。

⚫︎参考文献
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