トロリーバス(通称トロバス)ってご存知ですか。正しくは「無軌条電車」(レールのない電車)といいます。見た目はバスですが、架線から電気を取ってモーターで走る「タイヤの電車」です。架線が2本あるのは「+」と「-」で、ハンドルがあるので架線からポールが離れない範囲で、道路上左右に振ることができますが、バスのように追い抜くことはできません。終点では大きくループして、向きをかえて戻ります。
 
 
これが京都の街にも走っていたのです。京都の主な街路にはかつて市電が縦横に走っていましたが、四条通の大宮~西大路間だけは市電は走っていませんでした。この区間には今は高架になっていますが、国鉄山陰線(現JR嵯峨野線)が地上を走っており四条通とは踏切の形で交差していました。ここに市電を通すとなると国鉄と市電は平面交差することになりますので国鉄からは「NO」が。それでは七条通のように山陰線の下を市電をくぐらせばよいと考えるのですが四条通の地下には新京阪(現阪急京都線)がすでに走っていたのです。余談ですがこの西院~大宮間は関西初の地下鉄道で昭和6年3月開通です。 

 
そこで導入されたのがトロリーバスでした。これなら山陰線と市電のレールが交わることはありません。昭和7(1932)年4月にまず大宮~西大路間が開通しました。都市交通としてのトロリーバスの導入は京都が日本初でした。当初の車両は英国から輸入しましたが、とにかくスピードが出ず「トロバス」ではなく「ノロバス」と揶揄されていたようです。

四条大宮でUターンする初代の英国製トロリーバス

四条大宮でUターンする初代の英国製トロリーバス

後ろに京阪神急行(現阪急)の大宮の駅舎が見える。昭和27年撮影(撮影:大西 卓)

ところで梅津地区には大きな工場があり、戦時中の工員輸送のため昭和20(1945)年8月、終戦直前に西大路四条~梅津(高畝町)間に市電梅津線が敷かれましたが、京都の人でも知らない人が多いようです。電車の系統も番号ではなく、ここだけ「梅津線」と表示して500型の中でも改造されたやや小ぶりの電車が走っていました。それを昭和33(1958)年12月にトロリーバスに置き替え、さらに37(1962)年5月に松尾橋東詰まで延長され、最終的には四条大宮~松尾橋間(5.2km)をトロリーバスが行き来するようになりました。今も松尾橋の東側に、市バスがUターンするスペースがありますが、ここでトロリーバスがUターンしていた名残りです。このロータリーにはかつてのトロリーバスの架線を支えていた電柱が照明灯に転用されて残っています。

市電梅津線がトロリーバスに転換される直前の梅津付近

市電梅津線がトロリーバスに転換される直前の梅津付近

昭和33年撮影(撮影:大西 卓)

山陰線の列車の通過を待つトロリーバス

山陰線の列車の通過を待つトロリーバス

昭和44年撮影(撮影:鈴木康夫)

松尾橋東詰めでUターンするトロリーバス

松尾橋東詰めでUターンするトロリーバス

昭和44年撮影(撮影:大西 卓)

車庫は、開業時は四条御前通の四条車庫(現リハビリテーションセンター)でしたが延伸後は梅津車庫が基地でした。また車両整備の関係から四条大宮から後院通を壬生車庫まで回送できるようにトロリーバスの架線も張られていましたが、ここにはおもしろい工夫がありました。先に書きましたようにトロリーバスの架線はプラスとマイナスの2本ですが、この区間ではそのプラス線を市電の架線と共用したのです。ところが市電のビューゲル(集電装置)がプラス線とマイナス線を同時に擦ったらショートしてしまいますから。それを防ぐためにマイナス線だけやや高めに張っていたそうです。そうすればビューゲルはプラス線だけと接して電気を取ることができます。かなりマニアアックな話ですが、わかりやすい工夫です。

そしてピーク時には3形式26両のトロリーバスが保有されていましたが、特殊な車両でコストがかかることもあって昭和44(1969)年9月末に廃止されて、バスに転換されました。ちなみに最後まで車掌さんも乗務しているツーマンカーでした。なおトロリーバスを運転するには、電車を運転する免許と道路上を走る大型Ⅱ種免許の2つが要るそうです。
東京や大阪などの大都市にもトロリーバスは走っていましたし、世界の各都市には今もたくさん走っています。トロリーバスは排気ガスも出さず、環境にやさしい乗り物ですが、日本では根付かなかったのが残念です。

現在の松尾橋東詰めのロータリー

現在の松尾橋東詰めのロータリー

トロリーバス時代の電柱が残る。

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島本 由紀

島本由紀(しまもとよしのり)
昭和30年京都市生まれ
京都市教育委員会学校指導課参与
鉄道友の会京都支部副支部長・事務局長

子どもの頃から鉄道が大好き
もともと中学校社会科教員ということもあり鉄道を切り口にした地域史や
鉄道文化を広めたいと思い取り組んでいる。

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