願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃

願はくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃

<現代語訳>
「できるものなら春に桜の花の下で、人生の幕を閉じたい。そしてできれば、仏さまが亡くなった(旧暦)2月15日の、満月とともに果てたい」

旧暦の2月15日は現代の3月23日頃にあたり、ちょうど桜が咲きはじめるタイミングです。おそらく璋子を桜に見立てて、せめて最期は愛する人とともにあの世に旅立ちたいと願ったのではないでしょうか。もしかすると、ふたりが契りを結んだその夜は満月だったのかもしれません。たとえ一夜でも西行にとっては永遠の瞬間として心に刻まれたのでしょう。不倫とはいえ生涯、璋子を愛し続けた西行の純愛が表われています。そして10年後の2月16日に西行は亡くなります。1日遅れではありますが、彼の願いは叶ったわけです。西行が璋子を想いながら植えた桜はいつしか西行桜と称され、勝持寺は「花の寺」と呼ばれるようになりました。この勝持寺は京都西山の麓にあり、西行が出家した寺でもあります。俗世間とは離れるにせよ璋子と同じ京都の地に身を置きたかった西行の心のうちが見てとれます。

ところで、さきほど「生涯愛し続けた」と書きましたが、じつは璋子と出会ったとき、すでに西行は妻子持ちだったのです。つまりお互いにパートナーがいたわけで、今ならワイドショーで連日これでもかというくらいの袋叩きに遭うところですね。こうして見ると人間の営み、特に男女の関係については現代に生きる我々となんら変わらないものがありますね。

爾来800年もの間、西行桜は京の街の移ろいと、それでも変わらぬ人の心を見続けてきました。間もなく洛西の勝持寺にも開花の便りが訪れます。

勝持寺

京都洛西の小塩山にあるこの古寺に100本もの桜が艶やかに咲き誇ります。例年は4月上旬に満開を迎えますが、今年は暖冬の影響で少し早まるかしもれません。コロナの影響でいつものようなお花見宴会が難しそうな今年は、西行の和歌とともに桜を愛で、ワビサビに想いを馳せるのも「いとをかし」ではないでしょうか。


(編集部/吉川哲史)

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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員
吉川 哲史

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

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