殺人事件の捜査のイロハに「被害者が亡くなって得をしたのは誰か?」があります。本能寺の変によって多くの武将の人生が大きく変わりました。中でも一番大きなメリットを受けたのが秀吉であり、秀吉黒幕説が唱えられるユエンです。ただし、その動機は単純に「天下を取りたかった」というよりも、もう少し根深いものがあるように思います。ご存知の通り、秀吉は貧農の身分に生まれました。そして母の再婚相手である継父との仲が悪く少年期に家を飛び出します。その後の秀吉は生きるために必死でした。あるときは商人として身をたてようとし、またあるときは盗賊まがいのことにまで手を染めていたようです。この時代に少年がひとりで生き抜こうとすればやむを得なかったのでしょう。

このときの藤吉郎(秀吉)のアタマは「生き残るにはどうすればいいか?地べたを這いつくばるような貧しさから逃れるにはどうすればいいか?」でいっぱいだったと思います。その解決策が金を得ることであり、出世することだったと思います。ひと言でいえば「欲望」を満たすことが生きる支えだったと思います。欲望のために生きたのではなく、生きるために「欲望」が必要だった。搾取や略奪が当たり前であった戦乱の時代とはそういう側面をもっていました。「欲望」というとなんなとく悪いイメージを持たれがちですが、人間の大きなエネルギーとなるのは間違いありません。ただし、欲望の怖いところは際限なく次々と求めてしまうところにあります。貧農だった自分が足軽となり、侍大将となり、ついには一国一城の主となりました。それでも欲望は留まることなく「次」を求めます。いつしかそれが「信長にとって代わり天下人になる」となったのでしょう。そして、そのチャンスが現実のものとなったのが本能寺の変の直前といえます。

太閤秀吉の栄華と悲哀

秀吉といえば大坂城が代名詞であり、大阪人のイメージがありますが、実は京都の発展にも大きく関わっています。関白すなわち公家の最高位の座に就いたことで、京都に本拠をかまえることになった秀吉は、洛中のど真ん中に政庁であり城でもある聚楽第を建てました。内装まで金色に輝く絢爛豪華なその造りは京都人の度肝を抜きます。関白の座を甥の秀次に譲り太閤と称してからは伏見城を建て、京都と大坂をつなぐ街として発展させました。城の周囲には大名屋敷が並び、現在の伏見にも「加賀屋敷町(加賀前田家)」「桃山町正宗(伊達政宗)」など当時を偲ばせる地名が多く残っています。また洛中洛外の区画整理を行い、現在も残るお土居やお寺が立ち並ぶ「寺町通」を造ったのも秀吉です。貧しかったころの秀吉にとって、天下を意味する京都に足を踏みいれることは想像もできないことだったでしょう。それが自分の思うがままに京の街を描けるようになるとは、ジャパニーズドリームそのものであったと思います。

秀吉はある意味、金の力で天下人になりました。欲しいものはおよそほとんどの物が手に入ります。彼の欲望はほぼ満たされようとしていました。しかし、最後の最後に秀吉が欲したものは手に入れることができませんでした。ひとつは子宝であり、もうひとつは子孫の繁栄です。子宝については晩年にようやく2人の男の子をもうけることができましたが、長男は幼くして病死、次男(秀頼)は、その成長を見届けることなく秀吉はこの世を去ってしまいます。秀吉が死を悟ったとき、家康をはじめとする重臣たちに「秀頼の行く末だけが心残りだ。皆さま、どうか秀頼のことをお頼み申します」と涙ながらに訴えるのです。そこには天下人の威光はなく、この世に未練を残すひとりの老人の悲哀がにじみ出ています。しかし、彼の死後その願いは叶うことなく豊臣家はあっけなく滅亡し、秀吉が最後に欲したものは手にすることができませんでした。

歴史とは人間が紡ぎだす物語であり、そこには生々しい人間の姿、人間の性があぶり出されています。それゆえ歴史とは人間を知る学問でもあると私は考えます。豊臣秀吉の生き様は、権力やお金だけではどうにもならない幸せがあることを教えてくれました。

秀吉 辞世の句

秀吉 辞世の句

(編集部/吉川哲史)

参考文献
歴史人/光秀と秀吉
明智光秀の生涯/外川淳
明智光秀と本能寺の変/小和田哲男
戦国時代の京都を歩く/河内将芳
歴史捜査 明智光秀と織田信長/明智憲三郎
日本で一番出世した男 豊臣秀吉の秘密/米原正義
誰も知らなかった豊臣秀吉/後藤寿一
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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事
吉川 哲史

「西陣がわかれば日本がわかる」という大胆な著書を上梓した京都と西陣をこよなく愛する生粋の京都人。
 
日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を取得した目的は、難解な都市・京都をわかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、企業向けの広告講座、オンラインイベント「ひみつの京都案内」などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。自称・元敏腕宅配ドライバーとして、上京区の大路小路を知り尽くす。夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

サンケイデザイン㈱専務取締役

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|八坂神社中御座 三若神輿会 幹事|戦国/西陣/祇園祭/紅葉/パン/スタバ

   

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