ネット社会の発展とともにアマゾンなどの通販が飛躍的に増加し、またコロナ禍をきっかけにUberEatsをはじめとした飲食の宅配サービスが注目を浴びています。これら配達のお仕事をひと言でいえば「指定された住所に品物をお届けする」ということになります。つまり、住所をどう読みとるかがカギといえます。配達員にとって「やたらと長い」「上ル下ルで表記される」など独特の特徴をもつ京都の住所とはどのようなものなのか?少々オーバーにいえば「あるときは味方であり、またあるときは敵となる」という、ルパンにとっての峰不二子みたいなナンギな存在なのであります。

で、このテーマを語るに最適な人物はいないかとリサーチしたところ、1名発見しました。それも編集部内に。てゆうか、かくいう私でした。私、約30年前に宅配業界に身を置いていたことがありました。しかも配達エリアが上京区であり、まさしく「上ル下ル」の碁盤の目を縦横無尽に駆けておりました。そんな私がナンギな京都の住所にどのように挑んでいたのかを綴ることといたします。

 

配達員の一日

京の住所と配達員との関係を知っていただくために、まずはカンタンに配達の流れを説明いたします。

①棚にある荷物を取り出し、ザックリと配達順に分ける。
②配送車に荷物を積み込む。
③地図で配達先をチェックし、伝票を正確な順に並べる。

ここまでが前日準備です。次に配達当日はこうです。

④配達所を出発 ~ 配達終了。
⑤配達所にもどり、不在の荷物を棚に戻す。
⑥伝票整理や代引の精算など事務作業。

ざっと、こんな感じです。配達所によって多少異なることもありますが、おおむね変わりはないでしょう。ちなみに私は京都の老舗某百貨店・上京配達所に所属しておりました。

さて、この一連の流れで配達員は伝票を何回見るか?つまり住所に何回目を通すのか、わかりますか?正解は4回。①②③④の工程でそれぞれ住所を確認します。もちろん慣れれば、ある程度省略することは可能ですが、誤配などのトラブルを避けるために、プロを自任する私は逐一チェックを心がけていました。


「京都の長~い住所」がもたらすロス

小林氏のご指摘にあった通り、京都の住所は「通り名×通り名+方角(上ル下ル/西入東入)+町名」となるため非常に長くなります。その理由は「同一区内に同一町名があって、通り名がないと場所を特定できないから」でした。ではこの長い住所が配達員にどのような影響を与えるのでしょうか?

ひとつは時間のロスです。たとえば住所を読みとる時間が、他府県より余分に1秒かかるとしましょう。つまり「1秒×4回×荷物の数」がロスタイムとなります。私の場合、お中元お歳暮の繁忙期には、1日平均約200個の荷物を持ち出していました。

するとこうなります。1秒×4回×200個=800秒=約13分のロスをしていたわけです。ちなみに私の1日の最高持ち出し数は約450個なので、その場合は30分のロスとなります。配達は時間との戦い。この30分はデカすぎです。特に冬は陽が落ちるのが早いので焦ってしまいます。当時はそれが普通と思っていましたが、こうやって京都の住所の特殊性を考えると、改めて「うーん、そうだったのか…」とちょっと損した気分になりました。

でもそれ以上にナンギなのが目の疲れなんです。配達って意外に目を酷使するんですよ。運転中はもちろんですが、配達先を地図でチェックする作業は、細か~い地図を相手にニラメッコとなるからです。これ、思った以上にツライもんなんですよ。2~3日くらいならともかく、毎日毎日続くとダメージが蓄積されて、シーズン後半には心身ともにバテバテになってしまいます。特にカーボン紙で薄く写った文字や、芸能人のサインのごとく解読が必要な走り書きの文字を読むのは、更なるエネルギーを消耗します。みなさん、メンドーなお気持ちは重々承知しておりますが住所は強く、そして優しく書いてあげてください。

「上ル下ル」表記の功罪

さて、ここで配達の極意について少しお話ししたいと思います。何の仕事でもそうだと思いますが「配達こそダンドリが8割」これが持論です。ダンドリとは事前の準備、つまり「before配達」が勝負ということです。なかでも最大のポイントは「配達そのものにかかる時間をできるだけ短くすること」です。つまり、「車に乗って配達先に着いて、荷物を渡してハンコをもらう」の一連の動作にかかる時間をどれだけ圧縮できるかということです。そこでまず1つ目の極意がこれです。

 配達の極意① 現地で地図を見ない

ま、これは極意というより「イロハ」です。地図はお守り代わりにいちおう車に積んでおりますが、まず見ることはありません。繰り返しますが、配達は時間との戦いです。運転席で「さて、次はどこやったっけ?」と地図を広げて…な~んて悠長なことをしてたら、あっという間に空は夕焼け小焼け。こういう人は配達先近くに来てからも一軒一軒の表札を見ながら「え~と、ここでもない、そこでもない…」とキョロキョロしながらの挙動不審運転になります。これって時間のムダはもちろんですが、なにより危険ですよね。だからといって全ての家を暗記できるわけもありません。ではどうしているか?伝票の空欄にアンチョコを書いとくのです。このとき「上ル下ル」はとっても便利なツールとなります。たとえば、「千本通一条上ル泰童片原町」という住所を地図でチェックしたら、こう書きます。2本の線をクロスして交差点をつくり、そこ起点に目的地の位置までの軒数を書き込みます。

もちろん地図の原則にならって「北が上」です。つまり、タテの線が千本通、ヨコの線が一条通となります。いかがです?千本一条の交差点さえわかれば、「交差点を北に行って3軒目の西側」とすぐにわかるでしょ。碁盤の目の町ならではのテクです。


 

どこまで上ルねん?

と、このように書くと「京都は『交差点+上ル下ル』で通じるさかいラクなんちゃうの?」と思われるでしょう。「千本通一条上ル」と書いてあれば、町名が書いてなくてもほぼ場所の見当がつきます。文字数も少ないから目にも優しいしね。その一方で「上ル下ル」でエライ目にあうこともあります。私の悲しき体験談を聞いてください。

ある日、「寺町通今出川上ル」とだけ書かれた荷物があり、地図で寺町今出川を起点に、視線をどんどん上にやっていきました。ところが、探せど探せど該当する家が見つかりません。ふつう「上ル下ル」といば1筋分、つまり次の道がくるまでの間です。たいていは100m、長くても200m、いや300mくらいかな。なので、ある程度上っても見つからないときは考えても仕方ないので、さっさとお届け先に電話するに限ります。が、この時はあいにく番号が書かれていませんでした。となると残る手はひとつ、地味~な現地調査となります。

一軒一軒の表札を見て回ることもありますが、メンドーなので私は聞き込み調査をしていました。配達先で「あの~つかぬことを伺いますが、このあたりに○○さんてお宅ご存じないですか?」ってね。でもこの時はなかなか有力な証言が得られず、困っていたら酒屋さんがあったので、ソッコーで暖簾をくぐりました。近隣事情に詳しい酒屋のおっちゃんから得た手掛かりとして3軒の候補が捜査線上にあがってきました。そうやって苦心の末に探し当てたお届け先は、なんと今出川から上ルこと約1,000mの鞍馬口通りの手前だったのでした。

この現実を目の当たりにしたときの私の脳内を再現してみましょう。

↓↓↓
これやったら「今出川上ル」やなしに「鞍馬口下ル」やろ!ナンボなんでも手ぇ抜きすぎやろ!ほな何かい?「御所南」エリアはステータス高いからゆうて御所の南はず~っと果てしなく「御所南」て言うんかい?違うやろ!どーしても「上ル」て言いたいんやったら「今出川上ル1,000m」て書いとけ!ア●、ボ●、カ●!!
↑↑↑

という都人にあるまじき品のないワードが爆竹のように炸裂していたのでした。これはかなりレアケースですが、「○○上ル200~300m」てのはけっこうあり苦労しましたね。できれば不動産広告みたいに「上ル○○m」とか「上ル徒歩2分」って書いてもらえると助かります。


 

上がった後が問題

前述のとおり、上京区の住所は「交差点+上ル下ル(西入東入)」でおおむね事足りるのですが、大通りとなるとそうもいかないことがあります。たとえば「堀川通今出川上ル」が目的地であれば、車は堀川通の西側に停車することになりますよね。でも配達先が東側だったら、向こう岸まで渡らなければなりません。といって堀川通は市内有数の道路幅を誇り、車もビュンビュン飛ばしてます。そこをビールの贈答品を2~3箱持って、えっちらおっちらと渡るのは、かなり勇気がいります。てゆうか、私がドライバーやったら間違いなくクラクション連打して「ア●ンダラ!ちゃんと横断歩道渡らんかい!」と怒鳴ってます。となると大人しく横断歩道まで迂回し、信号待ちをすることになります。しかも往復。このようなロスがあると時間だけでなく、精神的にくたびれてペースがガタ落ちになります。このケースでは、上ル下ル+町名まで書かれていると、通りのどちら側かが判別します。一部例外はありますが、大通りの場合は道を挟んで町名が分かれるケースが多いですからね。このような例は堀川通の他にも千本通、烏丸通、河原町通、今出川通、丸太町通で起こり得ます。

ところで、こんな配達員の苦労を知ってか知らずか、堀川通は今出川を下ったとたんに優しい住所表記になります。今出川通から御池通までの堀川通には、川を挟んだ東側にバイパスのような道があります。ここも堀川通ですが、この場合は「東堀川通」と書かれます。したがって、何も書かれていない「無印」の堀川は西堀川と解釈してまず間違いありません。このように上ル下ルだけで表記する場合は、そこに「西側」「東側」という2文字を足してもらえると大変ありがたいです。メンドーだったら「西」「東」だけでも救われます。

さて、今回は「上ル下ル」を中心に京都独特の住所と配達現場の実際を語りましたが、ナンギな住所はまだまだあり、一回では書き尽くせませんでした。なので、いったんここで前編の了とし、近々に後編を綴りたいと思います。

(編集部/吉川哲史)

【参考文献】
上京区精密住宅地図/京都吉田地図株式会社
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この記事を書いたKLKライター

八坂神社中御座 三若神輿会 幹事 / (一社)日本ペンクラブ会員
吉川 哲史

祇園祭と西陣の街をこよなく愛する生粋の京都人。

日本語検定一級、漢検(日本漢字能力検定)準一級を
取得した目的は、難解な都市・京都を
わかりやすく伝えるためだとか。

地元広告代理店での勤務経験を活かし、
JR東海ツアーの観光ガイドや同志社大学イベント講座、
企業向けの広告講座や「ひみつの京都案内」
などのゲスト講師に招かれることも。

得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
上京区の大路小路を知り尽くす。
夏になると祇園祭に想いを馳せるとともに、
祭の深奥さに迷宮をさまようのが恒例。

著書
「西陣がわかれば日本がわかる」
「戦国時代がわかれば京都がわかる」

サンケイデザイン㈱専務取締役

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得意ジャンルは歴史(特に戦国時代)と西陣エリア。
自称・元敏腕宅配ドライバーとして、
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