京都のお盆は忙しい?前編 ~みたまと語らう京都の8月(1)~【京都人度チェック】

8月に入ると、今まで真っ白やったお日さんの光に、急に色が付いたような気がしませんか?立秋を過ぎたら少しずつ木の影が長うなって、蝉の声が物悲しく聞こえるような…8月は、過去に悲しい出来事がたくさんあった月。そして、遠いところに行ってしもた人たちと再会する大事な時期でもあります。

月が代わってすぐ、多くの京都の人はお盆の準備にかかります。京都では年中行事は大体旧暦、お盆も旧暦の7月、つまり新暦の8月にあります。7月には季節柄動かせへん祇園祭があるし、それになによりこれから夏が始まる7月ではどうも仏さんが来られる感じがしませんね。他の行事もほぼ旧暦で立て続けにあります。8月の7日あたりに七夕でお盆の準備をして、お盆が終わったら大文字の送り火、そして地蔵盆。みんな連動してるのです。

さてこのお盆、どうやって始まったのか知ったはりますか?有名な話でもありますが、ここでおさらいしておきましょう。これは、お釈迦さんがおられたころの話から始まります。お盆という言葉は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」からきているのですが、この「盂蘭盆会」の元の言葉はサンスクリット語の「ウラバンナ」です。この意味を知るとちょっとびっくりしますが、「逆さづり」なんやそうです。なにが逆さになったかというと、お釈迦様のえらいお弟子さん・目連さんという方のお母さんなんです。「餓鬼道」でご飯も食べられず、苦しんだはりました。しかしお母さんには直接ご飯をあげても全部火になって食べられへん。そこでお釈迦さんが言わはるには、「夏までの90日間夏安居(げあんご)という修行をしている僧侶に、最終日の7月15日にご馳走してお母さんの回向をしてもらいなさい。」と。目連さんは藁にもすがる思いでその通りにしやはったら、その功徳のおかげでお母さんは無事成仏して極楽へ行くことができたということです。

この仏教のお話が古来から日本でずーっと行われてきた「祖先を崇拝する行事」が合わさって、今のお盆になったそうです。「お盆」も由緒を知るとなかなか深いもんなんですね。

 

京都人度チェック おしょらい迎えはどこに?

京都人も、8月にはお盆の準備の手始めとして「おしょらい迎え」に行きます。おしょらい迎え、わかりますか? 先祖の精霊を京都では「おしょらいさん」と呼びます。お盆の間おしょらいさんを家でおもてなしするために、お迎えに行くことを「おしょらい迎え」というのです。

それから先にここで一つお断りしておきますが、これからご紹介するお盆行事は、仏教では浄土真宗の門徒さん、そして仏教以外の信徒さんのお家は行ったはりません。ここでの「おしょらい迎え」の説明は、浄土真宗以外の大体の仏教徒の方+うちの家がやっていること、そしてお盆中の行事は私の家でおこなっている行事中心にご紹介したいと思っています。

ではここで最初の京都人度チェックです。

①京都の人はおしょらい迎えのためにどこへ行きますか?

この時期、この話題でようテレビとかに取り上げられるお寺としては、まず一番目に六道珍皇寺(臨済宗)が挙げられます。「六道まいり」ですね。この「六道」とはなにかというと、六道珍皇寺さんのHPの説明が分かりやすいのでそのままご紹介しますね。

「六道」とは、仏教の教義でいう地獄道(じごく)・餓鬼道(がき)・畜生道(ちくしょ
う)・修羅(阿修羅)道(しゅら)・人道(人間)・天道の六種の冥界をいい、人は因果
応報(いんがおうほう)により、死後はこの六道を輪廻転生(りんねてんせい)する
(生死を繰返しながら流転する)という。

つまり人は死後、生きていたときの行いにより6つの世界のどこかに生まれ変わると。そこで自分のご先祖さんが良い世界に生まれ変われるように願い、また、生まれ変わる世界が決まる節目(ここでは三回忌)には特に心をこめて供養するのが「お盆」であり、その供養のためにご先祖さんをお迎えにいくのが「六道まいり」やということです。

六道珍皇寺さんでは、戒名を書いてもろた水塔婆をお線香の煙にかざし、高野槙で水をかけて回向をして、鐘をついてご先祖さんをお迎えします。六道珍皇寺さんがある場所は東山区の祇園さん(八坂神社)のちょっと南、清水坂の入口近くです。私らが住んでる上京区からはちょっと遠い。ということで、私の周りの人たちはここよりも千本えんま堂さんや千本釈迦堂さんにお参りに行く人が多いようです。この2つのお寺でも亡くなった方の菩提を弔い、良い世界に生まれ変われるように願うという目的は同じです。えんま堂さんでは、鐘を撞くのは一緒ですが、水塔婆は水の上に浮かべて流します。ようそんな写真を見かけますが、残念ながら私は撮ったことがありません。

なんでかというと、私は今までおしょらい迎えのためにご紹介してきたお寺へ行った事ないんです。しかしそんなことでは「なんや、年中行事の説明するとかいうて何にもしてへんのかいな。」て言われそう。そしたらうちはどうしてるか言わんとね!うちはね、当たり前すぎて面白ないんですが、菩提寺に行ってます。お寺参りをして、そこでお供養してもろて、ご先祖さんを担いで(?!)帰ります。子どもの頃、お寺からの帰り道、母はよう笑いながら言うてました。

「ほうら、背中にいっぱいご先祖さんが乗ったはるわ。重たいやろ?」
「え、見えるの?ホンマに乗ったはるの?」

小さい頃は、そう言われると本当に肩が重くなったような気がしたもんです。いや、今でも山のようにたくさんのご先祖さんをおんぶしてますよ。両親が亡くなってからは、いろんな意味でその重みが増したような気がします。

そんなことで、京都市内に住んでいる人でもお迎えに行く場所は人それぞれやと思います。六道珍皇寺・千本ゑんま堂・千本釈迦堂などの場合はここが亡き人の霊の集合場所、そこにそれぞれのお家がお迎えに行く図式でしょうか。お迎え待ちの霊の方はそれぞれ顔見知りの人はいませんが、お参りに来たお家の人が鐘を撞いて呼び出しをすると、「はーい!」と手を挙げて出てきやはります。お寺が1つのプラットホームになってるような形。私みたいに菩提寺に行くパターンでは、お待ちの霊の皆さんはもちろんみなお知り合い。普段から隣近所で仲良くお過ごしです。そこへお家の人がお墓参りをしに来ると、お参りされたご先祖さんは他の人(霊)に「ほなお先に」て言うて、お家の人の背中にひょいと乗って帰らはります。こちらはお迎え待ち中の保育園に似てるかも。毎年そんなイメージを持ちながらお迎えに行ってますが、どちらにしてもお迎えに来てもらえた霊の方々は嬉しいと思います。

ていうことで、浄土宗の我が家ではお盆前におしょらい迎えをするので、お盆にはご先祖さんは家にやはります。そやし、お盆中には留守になってるお墓へのお参りはしません。でも宗派によってはお盆の最初にだけ、あるいはお盆中にお参りするところもあります。そしてこれらにはそれぞれに理由がありどれが間違っているということはありませんので、ご自分のお家に伝わるやり方を続けていっていただきたいです。


 

京都人度チェック② お盆は何するの?

さて、おしょらい迎えに行って家にご先祖さんを連れて帰ったら、いよいよお盆の細かい準備に入ります。

というところで、2つ目の京都人度チェックは

②お盆には何をしますか?

ちょっとざっくりしすぎた質問ですが、答えも大まかな流れを答えてもろたらよろしですよ。つまりこの3つ。

 1)お供えをする
 2)お坊さんを呼ぶ(棚経)
 3)おしょらいさんを送る

おしょらい迎えをするお家では大体この流れになります。
ここで一番大変なのが最初の「お供えをする」です。

まず最初の準備段階としては、お供えをするものを買うて来(こ)なあきません。今はお盆休みのないスーパーもありますが、お飾りするものを揃えられるような地元のスーパーや個人商店はこの時期お休みになるので、ほとんどのお供えの品は12日までに揃えとかなあきません。お供えの種類はホンマのとこものすご多いです。自分が一人でするようになったころは大変やなぁと思いました。これから毎年やっていけるやろかと。そやけど毎年買う物は一緒やし、リストを作って買うようにしてみたら随分楽になりましたよ。

▲お盆用買い物リスト

まず第1弾、買うて来たのがこれ。

おんなじ物が2つありますが、「お盛物」といいます。夏に穫れる野菜と果物がセットで販売されてます。うちの近所のスーパーでは野菜と果物が別々にして販売されてますが、両方買ってお供えすると数が多すぎて場所がなくなるので、野菜セットに果物代表のブドウだけを加えています。なぜ2つあるかというと、お供えする相手が違うからなのですが、これはまたあとで説明させてもらいますね。

京都のお供えは乾物中心。冷蔵庫が無い時代、この暑い時に生ものはもちません。
ということで自然とメニューに乾物が増えることになります。

あらめも乾物。お盆のお供えの中でもとっても大事な食べ物です。必ず要るので早めに買わんと売り切れてしまいます。これは最後の日に使うんですよ。あらめはひじきと同様海藻の一種ですが、最近は残念ながら京都でも知らん人が多くなってきてますね。ひじきは細かくて角が無く、ちょっと真ん中がふくらんだ棒状の形をしているのに対して、あらめはもう少し角張り、細長い紐のような形です。形は少し違いますが、お料理の仕方はひじきとほぼ同じです。私とこでは普段からひじきは食べず、小さい頃からあらめばっかりでした。学校で給食で見るまでひじきを知らんかったんですよ。あらめは細長いので、「ひじきはなんでこんなに短く刻んであるのやろ」と思ったのを覚えています。今はあらめを見て逆の感想を持つ人が多いでしょうね。

では、次は食べ物以外のご紹介。

まずは仏さんのお花。蓮とミソハギの花(ピンク色の小花)が入っているものがお盆用のお花です。自然の摂理に従いそのまま枯れるのが良いというので、母からはお花の水を替えたらあかんと言われてました。でも、最近は高温のせいで1日で水はなくなり悪臭がして2日目にはもう枯れ始めてしまいます。こんなことはホンマに昔はなかったですよね。それで今はせめて3日目くらいまではもつように1回は水を替えてます。こうやって少しずつやることが変わり、それにつれて意味や常識が変わっていくのですね。

蓮の葉はお供えするときの大事なアイテムです。大きな葉が2枚と小さい葉が1枚。槙(高野槙)を1本。
大きな葉はお盛物を乗せるお皿になります。小さい葉は水を入れた器の中へ。お水は仏さんが飲まはるというので必ず毎日取り替えます。

槙はお水をあげるためのブラシ的なもの。お寺さんはお膳の上に水を撒くのに使わはりますが、おさがりをいただく私らはそうすると後が食べられんようになるので、お寺さんが来られる日以外は格好だけで実際には使いません。

これは「麻木(あさぎ)」といいます。全国的には「苧殻(おがら)」て言うものですね。
昔は京都のどこへ行っても「麻木」で通じましたが、最近は全国展開のスーパーには京都しか通じない言葉では置いてないので、京都でもこの言葉を知らない人が増えてきました。寂しいけれど、そのうち無くなる言葉なんやろなぁと思います。他の地方では迎え火も送り火もこれを焚かはるようですが、うちではお膳のお箸にしか使いません。

 

お供え物をする意味

さて、なんでこんなお供え物をするのでしょう?これ、大事ですね。ご先祖さんに食べていただくように、と思うのはたしかに一つの大きな理由です。そやけど仏さんは口から食べやはることはできません。母なんかは「匂いだけ上げたらええのん」と言うてました。しかしホンマに大事なのは「戻って来られたご先祖さんにご飯を差し上げよう」という気持ち。この「差し上げる」行為や気持ちがお布施(ほどこしをすること)になり、ええことをしたということで「功徳」というポイントがたまっていくんです。

そしてその「功徳」ポイントをご先祖さんに渡すと、これが「楽になるチケット」に交換できるんです。このチケットを使って今おられる(地獄かもしれん)世で、ご先祖さんにちょっとでも幸せに過ごしてもらうことができるのです。これが「お施餓鬼供養」ということなのですが、次の記事のお供えのところで説明させてもらいますね。

 

ご先祖さんの生きた証を自覚する

お盆に備えて、もう一つ大事なのはおぶったん(仏壇)の掃除です。これは掃除するだけやなくて、ご先祖さんとの対話を行う作業。仏さんの依代(よりしろ)である仏像は、うちは浄土宗なので本尊の阿弥陀さんがおられます。他にももう100年以上前に亡くなった方が大事にしてたお舎利や懐中仏さんがやはるので、お一人ずつきれいに拭いて行きます。この作業するたんびに、子どものころ読んだ「木仏長者」のお話を思い出すんですよ。お金持ちが持ってる全然拝みもせずホコリのかぶった金の仏さんと、貧乏やけど真面目に働いている人が見つけて拝み続けていた木片の仏さんが相撲取らはったら、木仏が念のこもった力を発揮して勝った、というお話です。うちの仏さんも仏像としての価値はそんなにないかもしれません。そやけどみんなが何百年も手を合わせてきやはった仏さんなので、きっとものすごい力を持ったはる。そう信じて毎年きれいにきれいに磨いています。

掃除が済んだら、普段ゆっくりと見ることができひん過去帳とお位牌をじっくりと見ます。今までに会うたことのないご先祖さんやけど、母から聞いてる祖父の祖母のおしかさん、その父親の里杏さんの名前もあります。みんなたしかにこの世に生きたはった方ばかりなんです。私はその人たちの生きた証を受け継いできたのやなと思いながら、お位牌に向かってお名前を呼んでいます。

次は実際のお供えからおしょらい送りまでのお話をしたいと思います。

【次回の記事】京都のお盆は忙しい?(その2)~みたまと語らう京都の8月~
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この記事を書いたライター

 
上京の、形になりにくい文化(お祭・京都のおかず・伝統工芸・京ことば)の継承のお手伝いをする「京都上京KOTO-継の会」会長。
「鳴橋庵」店主。
「能舞台フェスタ in 今宮御旅所」実行委員会会長。

組紐とお抹茶体験を鳴橋庵店舗にて行っております。
合間合間に京都のお話を挟みつつ、楽しく体験していただけます。
お申込みは「鳴橋庵」HPまで。

|鳴橋庵 店主・京都上京KOTO-継の会 会長|お盆/織田稲荷/京都人度チェック/パン/氏子/十三参り